第04話 彼の名前






「皆様、お越しくださりありがとうございます」

 国王が大階段の上でそう言った途端、話し声がしなくなる。国王の存在に気がついていなかった者達も、声で国王の存在に気がついたのだ。

 全員の視線を受けながら国王は挨拶をしている。けれど私の視線は国王に向いてはいない。国王の左に立つ彼へと向けられている。

 黒い鳥人族の彼の名前はわからない。しかし、間違いはない。背中から生える黒い翼は、照明の光によって青や紫に輝いている。あのときと同じように。

 けれど、あのときとは違う部分があった。それは、彼の右の翼がないということ。私が子供のころはたしかに両翼が揃っていた。それなのに、何故か今は左の翼しかないのだ。どうして片翼しかないのか。失った理由は何か。

 国王の言葉は耳に入らず、彼のことばかりを考えていた。翼を失ったとき、痛くはなかったのか。そして、一番は彼の名前が知りたいと思った。

 話しかけるとしても、名前を知らなくては失礼だろう。相手に名前を尋ねればいいのかもしれないけれど、話しかけるのなら知っておいたほうがいい。あのように国王の側にいるのなら、多くの人が名前を知っていてもおかしくはないのだから。

「ねえ、母様」

「どうしたの?」

 小声で話しかけると、母様は答えてくれた。国王の話も丁度終わったようで、周りの者達も騒ぎ始めている。だから答えてくれたのかもしれない。

 母様ならきっと、彼の名前を知っている。父様はきっと覚えてはいないだろうけれど、母様なら一度聞いた名前を忘れることはないだろう。何故なら、一度しか告げていない名前も覚えているのだから。

「国王様の左右にいる人は誰?」

「女性は召使で、白鳥の鳥人族スワン・エレニー。いつも国王陛下の右側に控えているの。左側の男性はカラスの鳥人族、ギルバーツ・ノーマント。国王騎士で、いつでも国王陛下を守れるように左側に立っているのよ」

 そう言った母様は、やっぱり名前を覚えていた。他の召使いや、国王騎士は少し離れた場所で様子を見ているので何かあればすぐに駆け付けてくるのだろう。

 私が知りたかった彼の名前も教えてもらい、私は心の中で何度も名前を繰り返した。彼の名前だけを知ることができればよかったのだけれど、父様に彼を気にしていることを知られたくなかったのだ。

「スワンさんと、ギルバーツさん……」

 2人の名前を呟きながら、大階段を下り始めた彼らを見つめる。大階段の近くにいる者達は、国王から距離をとるように少しずつ離れて行く。もしもここで大階段から離れない者がいたら、ギルバーツさんが駆け下りて行くか、それとも国王から離れずに他の国王騎士が駆けつけるのだろう。

 離れた場所から国王に挨拶をする者や、大階段の周りにいる者達に近づいてそこから挨拶をする者、近づくこともせずに黙っている者など様々だ。

 父様も黙っており、少し落ち着いたら挨拶をしに行くのだろう。今挨拶をしに行っても、大勢が話しているので国王も誰が話しているのかわからないからだ。わかってもらえないのに、挨拶をする意味がない。父様はそう考えている。

 もしも父様が挨拶に行くことに私が気づく事ができたら、一緒に行くのもいいかもしれない。嫌がったとしても、きっと私を連れて行くだろう。ギルバーツさんに近づくことができるのなら、面倒に思える挨拶をしに行ってもいい。

 面倒だと思っていたパーティーだけれど、ギルバーツさんに会えたことで面倒だとは思わなくなった。本人と話しができなくてもいい、近くに行くことができればいい。父様が私を国王の近くに連れて行こうとしなかったらついて行こう。止められたら諦めるしかないけれど。

 最後の一口のジュースを飲み、グラスを近くのテーブルに置く。空のグラスは回収されるので、また飲み物を貰えばいい。

 挨拶がすんだ者達はそれぞれ話している。その中には先ほどの者達と同じように私を見て何かを話している者達もいる。明日になったら、国王主催のパーティーに『悪役令嬢』が参加していたと噂になっていることだろう。

 あることないことその噂には付け足されているに違いない。きっと、私が男性を探しに来たという噂も広がることだろう。どちらかというより、私が男性を探しているわけではなく父様が探しているのだ。けれど、突然パーティーに参加したらそう思われても仕方がないだろう。

 もう一度ジュースを貰おうと父様と母様から離れて1人歩き出した私から、周りの者達は離れて行く。けれど私は気にすることはない。

 そんな私に1人の女性が近づいてくる。けれど私に用事があるわけではないと気にせず前を通り過ぎようとした。

「ロベリアちゃん」

「え?」

 名前を呼ばれて立ち止まってしまった。前を通ろうとした女性から呼ばれた名前に驚いて、顔を確認した。すると、その女性は私が知っている久しぶりに会う者だった。










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