第07話 恐怖
それは、まだ学校に通っていたころで、たしか当時は7歳だったとロベリアさんは言った。包丁に触れることができなくなったのは、そのときの調理実習が原因だと言う。
7歳で調理実習は少し早いような気もしなくはなかったが、ロベリアさんの通っていた学校では入学して1年で調理実習があるのだという。
しかし、はじめての調理実習で担当教師が途中退室をしたのだと言う。急用ができたための、一時退室だったのだと言う。調理実習が行われているときに途中退室するのなら、他の教師が代わりに見ているものだが誰もこなかったと言う。
授業で教えられていたとしても、実習がはじめての子供達はどれだけ危険な物がその場にあるのか実感がなかったのだ。走り回る子供もいれば、包丁で遊びはじめる子供もいる。教師の指示がなかったため、大人しく待っていることができなかったのだ。
中には注意をする子供はいたが、言うことを聞く子供は誰もいない。ロベリアさんは、関わりにならないようにただ黙って教師を待っていたのだと言う。
けれど、遊んで包丁を振り回す子供がロベリアさんの側に来たときだ。周りを確認することもなく振り回していた所為で、それはロベリアさんの手を掠めたのだと言う。鋭い痛みが走り、血が滲みだしゆっくりと流れる。
それに気づいたのは、包丁を振り回していた子供とロベリアさんだけだったという。突然大人しくなった子供に、周りは首を傾げたが気にすることはなかったと言う。
ロベリアさんは持っていたハンカチで傷口を押えて、黙っていた。それは、包丁に恐怖していたから。間違った扱いをしなければ、こんなことにはならないけれど、それでもそのことが原因で包丁が怖くなってしまったのだ。
それから暫くして、子供達が遊ぶことを止めて自分達の椅子に座り、大人しくしていたように装いはじめた。包丁もきれいに並べ、触っていないかのようにしたのだ。
戻ってきた教師も「皆さん、大人しく待っていてくれてえらいですね」と、笑顔で言うほど何も気づかなかったと言う。ロベリアさんは、ハンカチで手を押えていたのだという。俯いて視界に入る包丁から目を逸らしていたのに、教師は気づくことがなかったのだ。
生徒1人1人を見ているようで、見ていない教師に俺は今怒っても仕方がないのに、怒りたくなった。代わりの教師に頼んでおけば、ロベリアさんは包丁にここまで恐怖を覚えることがなかったのではないかと。
それに、危ない物を置いているのに子供だけにするとは信じられなかった。教師なら、危ない物がある場所に子供だけにはしないだろう。様々なことが予想できるからだ。
「では、さっそく皆さんで協力して作りましょう」
笑顔で言ったその言葉に、ロベリアさんは逃げたくなったと呟いた。ハンカチで押えていたからか、出血は止まったけれど、恐怖は抜けていなかったのだと言う。
「お前、早く包丁で材料切れよ」
そう言って、包丁を手にしている子供は先ほどロベリアさんの手を切った子供だった。刃先をロベリアさんに向けて言う子供は、どうやら包丁を渡そうとして受け取らないロベリアに苛立っていたようだ。思い出しながら話すロベリアさんは、今気づいたようだった。
恐る恐る柄を握ると、子供は手を離してまな板に野菜を置いた。早く切れと言う子供に、ロベリアさんは震えながら野菜を切ったと言う。
しかし、切り方が下手だと女なのになんでこんなこともできないのかと文句を言われ、苛立つその子供が無理矢理包丁を奪ったことによりまた手が切れた。震える手には気づくことなく、手が切れたことにも気づくことはなかった。
できた料理に手をつけることもできなく、様子を見ていた教師には「参加しないと駄目」と怒られたと言う。やはり、傷には気づかなかった。
その所為で、包丁が怖いのだと言う。見るだけで手が震えてしまい、手が自分の血で赤く染まっていく光景が見えるのだと言う。
話しながら震えるロベリアさんを、俺は抱きしめて背中を優しく撫でてあげた。付き合っているわけでもない男性にそんなことをされたら嫌がるかもしれないと思ったが、何も言うことはなかった。震えが収まり手を離すと、ロベリアさんは「ありがとう」と微笑み、『悪役令嬢』と呼ばれるようになった出来事を話しはじめた。
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