007 いっしょに来て



 深夜2時。一般的には遅い時間だけど、あたし的には一番楽しくなってくる時間帯。遅めのご飯もお風呂も済ましちゃって、下品な深夜番組もそろそろ終わっちゃう感じの頃合いに、大胆にベッドへ転がって音楽聴くなりスマホでできる軽いゲームするなり、そーいうことするのが好きだった。

 ……けど、すこし前からそのナイトルーチンは崩れてしまっている。お仕事で知り合った人と(一方的に)仲良くな(ることを強制され)ったのをきっかけに、毎夜毎夜メッセの投げ合いや通話をしているのだ。内容は……日によってたのしい6割その他4割って感じで……別につまんないってわけではないんだけど……、その他4割を引いてしまった時がめっちゃしんどいだけ、なんだけど……。


「…………………………」


 ……そう、今日はバッチリ4割の方を引いてしまった日だった。既に数十分繋がりっぱなしの通話口の向こうからは、ずーっとすすり泣きの声だけが聞こえてくるばかり。

 そんな困った通話相手こと、仕事で知り合った「何でも屋」のミレーユさんは、初対面ではまあめんどくさかったけど多少打ち解けた今でもまあめんどくさい人だ。機嫌のいい時はスタンプとか短いメッセージをポンポン連投してるけど、調子が悪くなるとやけに句読点の少ない長文を送ってくるし、それを全部読むのに時間かけてたら追い討ちでいろいろ吹っかけられたりするし。極め付けにこういう……ひとっことも喋らずずーっとグズグズ泣いてる声だけ聞かせてくるようなヤバ通話をかけてきたりするのだ。可哀想だからっていうか、中途半端に切ったら後が怖くなりそうだからこうして放置して、ときどき大丈夫? とか声をかけたりしてるけど……。


「………………ひっく」


 特に言葉は返ってこなくて、しゃっくりだけ聞こえたからだいたいのことを察する。たぶんこの人飲んでる。で、酔ってる。……最初にこの人とリモート飲みっていうか、ビデオ通話でお互いの寝巻き見せ合いっこしながらパーっと食べて飲んでパーティしよ♡みたいなのをやった時に「いろいろ」あったから理解したけど、この人酒癖悪い。まず、そもそも酒に強くないくせにバカスカ飲みたがる。それで酔っちゃったらだいたい気分が下がる方へ向かってく。泣き上戸っていうのかな、そーいうタイプの人だと思う……。それでよく「お仕事」やれてるなって思うけど、彼女なりになんとか上手くやってるんだろう。

 そーいう努力? を続けてるから疲れちゃって、こーいう風に病んじゃうこともあるんだろうなってのは想像に難くないけどさ。だからといって巻き込まれんのもなかなかしんどいなーって思うんだけどさ……。でも、ほっといたら手首切られちゃったりして、その画像見せつけながら脅されるのとかはマジで嫌だし……。


「ミレーユさん。ミレーユさん、今日はもう寝よ? ずっと泣いてて疲れちゃったでしょ、寝てスッキリしちゃおうよ……」

「…………………………」


 だからこういう風にほどほどに付き合っておく。通話時間はいつの間にか、もう1時間も過ぎていた。あたしだってそろそろ眠い。ていうかもしかして向こう寝落ちしてたりしない? 切っていっかな、とか失礼なこと考えてたらそれが伝わっちゃったのか、「あの」と声が聞こえてきて、ビビる。身構えてたら、小さい小さい声が聞こえてくるから、思わずスピーカーに耳をくっつけた。


「………………すいようび」

「え?」

「水曜日……あいてる? きばらしに……お出かけ、いきたい、から」


 いっしょにきて。

 すん、と鼻を啜る音で締めくくって唐突に通話が切られたから、返事をする暇もなかった。慌てて「水曜日行けますよ」のメッセージとスタンプを送ったけど、既読がつかない。

 え、何だったんだろう……。しばし呆然と、静まり返ったトークルームを見つめて──ふと。確かに水曜日は空いてるけど、慌てて適当な返事しちゃってよかったのかな!? って、わずかな後悔がよぎる。また会ったら面倒なことになるんだからもっと慎重に考えればよかったと後悔しても、どっちみち考え直させてもらえるのはミレーユさんが起きてからだ。

 でっかい溜息。そして、あたしもいい加減寝ることにする。次にミレーユさんからの既読表示がつくのはきっと昼過ぎだし、それまではいろいろ諦めておくことにした。いろいろと。


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