003 そーいうところが、イヤ




 ディスカウントストアって好きだから嫌いみたいなところある。安くてなんでも揃ってるから好き。安くてなんでも揃ってるから、いらないものまで買いすぎちゃって、だから嫌い。

 替えの蛍光灯買うだけのはずだったのに、いつの間にかあたしの持つカゴの中にはプチプラの化粧品がいくつも投げ込まれていた。そーいやもう無くなりそうだなって思ってたものから、SNSでイイって聞いたことがあるよーな気がするものまで。

 こういうのは買ったあと後悔するのがお決まりなんだけど、買ってる最中はメッチャ楽しいから仕方ない。毎回そんなことを言うからあたしの持ってる化粧品は一回使ってそれっきりのものばっかなんだ。もったいないなーとは思うけど、何故かやめらんない。買えば買うほど心の底から満たされるってこともないのに。

 カゴの底の半分くらいが見えなくなったところで、あたしはやっと手を止めた。これでいくらくらいになるかなってザッと脳内計算してた、その最中にどすっと重たい感触が手に伝わって、ちょっとビビる。

 勝手にカゴにモノを入れられた。ハァ? って思って顔を上げると、ヘラヘラ笑う男の顔が目に入る。


「やほ〜、今日も散財オツカレサマぁ」


 ココアよりはカフェオレに近い色の褐色肌。明度が高くて白髪に近い銀髪。人によくなついた大型犬みたいな腑抜けたツラしてるのに、190センチを超える長身と、張り付いたような不自然な笑みのせいでどこか近寄り難い雰囲気を纏う男。こいつはあたしのだった。

 オムレツ。それがこいつの使う珍妙な偽名。なんでそんな人名に使わないような名前名乗るのって聞いたら、単純に卵みたいな黄色い虹彩をしてるからっていうのと、あと「存在がオムレツみたいなモンなんだよ」って言ってた。よくわかんないけど。

 あたしはこいつのことが苦手だ。こっちにはそんなつもりないのに、やたらと「おにいちゃん」ヅラして関わってくるから。確かにこいつはあたしより年上かつ、先に冒涜者ブラスフェミア人なので、辛うじて兄貴分と呼べるのかもしれないけど。


「今日って何、そんなにしょっちゅう買い物してないし。しかも何? 勝手にモノ入れないでよ」

「いーじゃんいーじゃん偶然会えたんだし。めんどくせーから会計一緒にさせてヨ」

「あとからお金計算してその分もらう方がめんどくさいと思うんだけど」


 あたしの文句など気にも留めず、こいつはさらに品物をカゴに放り込んでいく。スナックバー。ビタミンサプリ。霊薬エリクサー。エナジードリンク。回復薬ポーション。思わず何そのラインナップ、と呟いたら当たり前のように「ミア用。あいつまた徹夜作業してるみたいだから」と答えられ、呆れて口を噤んだ。


「そーいやさァ。こないだオマエにやらせた取り立てのオシゴトね」

「お金ちゃんと払ってもらったんでしょ? ならいいじゃん」

「いや。やっぱ『ダメ』っぽかったから、おれがしといたわ」


 ……。せめてカゴの中でこいつが買うモノとあたしのモノを分けようとしていた手を止める。なんとなくモヤモヤしてムカっとする気分が、胃から喉元にかけて渦巻いた。


「……なんで? 絶対殺せとまでは言われなかったからそうしただけなんだけど」

「おれもそう思ったんだけどサー、金払う段階になってもナメられてる感じがなーんか拭えなかったんだって」

「……、引き続きあたしにやらせりゃよかったのに。別に……今更コロシの仕事が嫌だなんてワガママ言わないし」

「それは〜、まあ、優しさ? ってヤツ?」


 ゲラゲラ笑いながら缶コーヒーを一本追加で放り込むこいつの、こういうところが苦手だった。そんなこと誰も頼んでないのに、気を遣ってやったみたいな顔して要らないことをする。あたし別にそんなの気にしないのに。……イライラしながらレジへ向かう。


「まーまーそんなカッカすんなって。ミアんトコ行くんでしょ? 蛍光灯あるし。それ、全部ミア宛てだからついでに持ってってチョーダイ」


 だから、そーいうところが、イヤなんだってば。イライラが絶頂に達して振り向いたときには既に支払いトレイにカゴの中身全部買える分のお金が乗せられていた。何食わぬ顔したそいつは一番先にバーコードを読んでもらったコーヒーだけをひょいと取り上げて、どこかへ歩いて消えてった。

 「……のお返しでございます、お確かめください」。せめて去りゆく背中に文句のひとつでも投げたかったのに、レジの人に引き止められて言葉を失う。こんな風にお釣りもいらないよ、みたいな感じで……ホドコシ? を受けるのもイヤだった。

 ていうか、蛍光灯替えるんだったら背ェ高いあんたの方がやりやすいでしょ。それに気がついてまたイヤな気持ちになって、どうせだったらもっといろいろ買えばよかったと思った。


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