004 信じていれば夢は叶う



「おはようございまーす」


 お仕事の場では、どんな時間帯でも入る時にはこの挨拶。最初にそう教えてもらったのはいつだったか、もう思い出せない。

 ミアのところに諸々を届けて蛍光灯を替えてやったあと、あたしは帰路についていた。……本当は、あたしの「家」と呼べるのはミアのところなんだけど、あそこジメジメして薄暗くて居心地悪いし、何よりミアと一緒に居続けるのもちょっと……だから、住んでる場所は別にある。とはいえマンションだのアパートだの借りるのは面倒だから、住み込みでやらせてもらえるバイト先を探して、お小遣い稼ぎがてらそこに住まわせてもらっていた。

 街から少し離れた通りにあるさびれたラブホテル。縁起が悪いからお客さんには使わせない404号室があたしの部屋で、使い終わった別の部屋の掃除だったり、フロントの受付業務があたしの副業だった。


「おつかれさまでーす。客の入りどうですかー」

「…………」

「りょうかいでーす。じゃあお部屋で待機してまーす」


 フロントのソファに座っていたオーナーに声をかける。とても寡黙で無愛想、言い換えれば面倒なことを詮索してこない気の利いたおばあちゃん。何かあれば呼び止められるはずなので、何もないんだと判断して部屋に向かう。

 エレベーターでも廊下でも誰にもすれ違わないから、今日も閑古鳥が鳴いてんだなってことがわかる。これで経営どうなってんだろうとは思うけど、向こうから詮索されないんだからこっちからもそうしないのがマナーだと思うし、何も言わない。

 不吉な数字の刻まれたドアをくぐって、靴を脱ぐのはいつもベッドのそば。買い物袋も全部シーツの上に乗せて、追いかけるようにベッドに腰掛け、あたしはようやく座って足を伸ばすことができた。

 そのままめんどくさくなっちゃって、寝そべる。テレビのリモコンがちょうど良くそこら辺に転がってたから拾い上げて、電源ボタンを押した。


「あーうっせ、うっせうっせ……」


 画面に色がパッとついた瞬間、演技臭い喘ぎ声がそこそこの音量で流れてくるからイラッとする。ラブホのテレビはAVばっかり垂れ流すアダルトチャンネルと契約してるから、そーいうのが見放題。あたしは当然そんなのいらないから入力切替ボタンを押して、地上波の適当な番組に変えといた。

 世間一般的には今頃ごはん時だから、それを邪魔しないようなファミリー向け番組ばっかりで、あたしはその中から歌番組を選んだ。音楽を聴くのはまあまあ好き。流行歌をダサいと思うようなひねくれた感性もない。だから、だいたいの流行歌の……サビのメロディーくらいは大まかに口ずさめる。

 アイラブユー君が好き、ずっと一緒に生きていこう、そしたら絶対幸せだから。かわいらしいアイドルの黄色い歌声をなぞるように口ずさんで、乾いた笑いが出た。こんな歌が流れてても、チャンネル変えたら借金のカタに知らない男とセックスするのを知らない人々に見せつけなきゃいけない女が必死に喘いでるのが映し出される。そう考えたらなんだかおかしい、世界中のキレイなところとキタナイところがこんなに近いところで、それでも決して交わることなく、同じ時を刻んで存在してるんだって。

 ふはは、と笑ってるあたしの顔、きっと口元しか笑ってないんだろうなってなんとなく思った。実際無意識にスマホを弄りだしちゃうくらい面白くなくて、だけどその先にも面白いことなんか何にもなかったから、あたしは笑うのをやめた。

 メッセージアプリ。初期アイコンのままのユーザーのトーク画面を開く。すると次の「仕事」情報が載せられているから読んで。……そんなことよりお腹すいたなって思うから、しぶしぶ起き上がって部屋を出る、フロントに行けばインスタントごはんがいくらでも買い置きしてあるから。

 いろんなものを放置しっ放しの部屋、つけっ放しのテレビの中では次の歌が始まろうとしていた。「続きましてはシングルチャート第3位の曲、『信じていれば夢は叶う』です! どうぞ!」……そうだね。そうだったらいいよねえ、ドアの閉まる音に掻き消されて、何にも聞こえなくなるけど。


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