真赤ぶる舞踏靴
9さい
1.咲かずに枯れた薔薇の蕾
001 でも、いいんだ
ちょっとくらいやっちゃったっていいじゃんって、いつも思うの。
赤信号でも車が来てなかったら道路渡ったりするじゃん。ドリルと解答集が一緒に配られたら見ながらやっちゃうじゃん。ハタチになってなくてもお酒飲んじゃうじゃん。
ヒトってみんな、そーいうのをひとりひとつくらいは犯しながら生きてるモンだと思うわけ。
だからあたしだって──あたしたちだって、ちょっとくらい、いいじゃん。
そう思って生きてる。だってそうじゃなかったら、
(こんなの あんまりにもあんまりすぎるじゃん)
◆
たす、とごく軽い足音。おりこうに磨かれたリノリウムを爪先で撫で、そのまま前へ進んでく。
ドアを潜る前にノックはしなかった。今夜のあたしは招かれざる客だから。我が物顔でがちゃりと開けたその向こう、上等な調度品ばかりが並ぶ素敵なお部屋のすみっこで、男がひとり縮こまって震えていた。
「ぐんない。シャッチョさん、お支払いをおねがいしまーす」
「お前たちに払う金は一銭もないと伝えたはずだ」
「こっちがきっちりお仕事したあとにそんなこと言われんの、困りまーす」
この人は先月だかなんだかにお仕事でゴイッショした取引先。正確に言えば、仕事をしたのはあたしじゃなくて別の人だけど。こっちがこの人の言う通り働いて報酬をもらう手筈だったのに、払う前に逃げられちゃった。
だから今日は、強気に取り立てにきたってワケ。我ながらガラが悪くてイヤだなって思うけど、こういうのはナヨナヨしてたらナメられちゃうから。
「ねえ。こちらとしてもネ、あんまり可哀想なことはしたくないわけよ……だからあたしが来たの、わかる? もっと虐めてやるのが目的なら、あたしみたいな小娘じゃなくて、ガタイのよくて強そうなコワ〜いオッサンが来るんだよ」
「煩いぞッ、どうせお前もあの女のツクリモノなんだろう!? ならば死ね、化物!」
水風船より簡単に裂けちゃう交渉、終わりの合図と言わんばかりに男が大きく腕を振るうから、あたしは悲しくなってため息をついた。
合図に応じて窓ガラスを破り、部屋に飛び込んできた乱入者が牙を剥いて唸る。あたしという邪魔者を排除しに来た虎の子……じゃ、ない。微妙に。頭の部分だけは確かに虎なんだけど、体は……なんだろ、オオカミとかそういうイヌっぽい生き物の、ツギハギ。
合成された獣と書いてキメラと呼ぶやつだ。ただの猛獣を番犬代わりに置いとくより、なんとなくダークっぽさがあるから、裏社会のお偉いさん的には一家に一頭いるとイイ感じだよね、みたいな。そういうくだらない流行があって、
……その流行に甘んじて、こーいうのを粗製濫造して荒稼ぎするのがウチの仕事。言ってて泣きたくなっちゃうくらい情けないんだけど……つまりあたしは今、ウチで作られた
こんなの一頭くらいならそんなに高いお金取らないと思うんだけどな。払えないんじゃなくって、払う気がなかったんだろうな、最初っから。ウチのことはそういう扱いしても大丈夫だろうって、ここまでされることはないだろうって、ナメてたんだろうな……可哀想に。
いろいろ鬱になりそうなことばっか考えながら、あたしは右手を宙に翳した。指先と掌にそれが在れと念じると、生じる魔力光、赤色。
ナメられてるなァ。ナメられちゃってるよ、まったく、ムカつくな。
──発砲音4発。空を漂うばかりのはずだったあたしの手には今や拳銃が握られ、迷うことなく引鉄を引いていた。タネと仕掛けはどこにあるんだろう? 男がそう疑い始めるより(おそらく)先にあたしは事を進めた。
一部始終を見守ることしかできなかった/させなかった男は、ぽかんとした顔をして硬直している。さぞかしびっくりしたことでしょうね、丸腰だと思ってた女の手にいきなり拳銃が握られて、それで秘蔵の虎の子が──虎じゃないけど──撃ち殺されたんだもん。
「……でも、うすうすわかってたんでしょ? こうなっちゃうかも、ってこと。だからこんな小娘ひとり殺すごときに
「それに、あたしのこと、バケモノって言ったじゃん」
……これは特に恨み節として言ったワケではなかったんだけど、男にとってはそう聞こえたらしく、顔を真っ青にして懇願された。金は払う、許してくれって。
それだけ聞ければ十分だったから、あたしはわざと銃を取り落とした。地面に落ちて硬質な音を響かせる前に、それは光の粒に変わって消えた。
「それじゃあ今度こそ約束守ってネ。じゃなきゃ次はあたしみたいな優しいコじゃなくて、おっかないオッサンが取り立てに来るんだから!」
そーいう感じでサヨナラの挨拶を残したら、男にひらひら手を振って──帰り道を探す。来た道そのまま帰ればいいとはわかってるけど、それじゃ芸がないじゃない?
バケモノって呼んでくれたんだからそのイメージを崩さないまま消えてやりたいじゃない──ああ、恨み節のつもりじゃないのにそう聞こえちゃう。違くて、これはサービスのつもりなのに。
考えに考えた末、結局──これも芸がないけれど、
でも、いいんだ。あたしは死んでも死なないの、そーいうバケモノなんだから。
「そーいうワケなの、覚えて帰って ネ⭐︎」
────彼女の履いていた真っ赤な厚底靴、ロッキンホースバレリーナ──そのリボンが、自由落下の意思に背いて中空を舞い踊るように滑り落ち、
消えた。
.
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます