029 今更



 人間が生きるために必要な最低限の器官とそれを動かすための筋肉とかその他もろもろだけを残して他はいらないから取り除いて捨てろって、思ってたより結構難しいことだったかもしれない。

 受けちゃった後に思っても仕方ないんだけど。とりあえず、をいくつか作ってみてる。

 真っ先に取り除くのは腕と脚と顔。脳ミソは残さないといけないから頭まるごとポイっとできないのが面倒臭いよなー。

 それから、胴の部分を切り開いて必要な臓器だけを選別していく。長生きさせなくていいから食事もさせなくていいわけだし、消化器官はまとめてポイ。管で繋いで各臓器に直接酸素送るから呼吸器官もポイ。心臓と、そこから伸びる重要な血管だけ傷つけないよう置いておかなきゃいけないけど……ハッキリ言って超難しい。心臓はともかく、複雑に絡み合った血管を残すのが無理すぎる。

 だけどまあやれるって言ってお金もらったんだからやらなきゃいけないんだよね。チマチマチマチマ、細い針の先で捨てていいところと捨てちゃ駄目なところをひたすら寄り分ける作業を繰り返す。

 人間の肉体をそうしているわけだから当然、絶えず血が流れ続けるわけだけど、適宜瀉血して溢れ出さないようにしている。……それでも追いつかなくて、うっかりしくじって破裂させたところから大量の飛沫を上げさせたりしちゃってるわけだ。

 いつも以上に完全防備、ビニールの帽子に手袋術衣マスクはもちろんのこと、飛び散ったのが目に入られちゃ困るからゴーグルまでつけて作業してるけど……もう無理。一時間に一回は全部着替えなきゃ血でドロドロになりすぎて仕事になんなくなる。

 そういうのを繰り返し、繰り返し、繰り返し、繰り返し、何回繰り返したのかわからなくなるくらいになってようやく身体が悲鳴を上げた。これ以上の作業は無理って震える手先が訴えるから、今日のところはひとまず終わりということにする。

 作業の具合は、芳しくなかった。こうすればいいって、頭の中で打ち立てた理論は多分間違ってない。問題なのは、僕の肉体動作がそれを再現するのに追いつけてないってこと。思ってた以上に難しくて捗らなくて、結構イライラしてた。

 ゴミ箱に思いっきり作業着を捨てていく。どこもかしこも真っ赤にずぶ濡れて、汚れてないところを探す方が難しい。完全防備してたはずなのに、その下に着ていたものも素肌も微かに汚れているから本当に嫌になった。

 シャワーを浴びなきゃいけない。デカい溜息を吹きこぼしながら荒っぽくドアを蹴破ると、そこに二人が立っていた。

 兄さんと夕月。二人とも、血にまみれながら部屋を飛び出してきた僕を見て顔を顰めていた。


「なに? 見せ物じゃないんだけど」

「や、ずっと出てこねーからおれも夕月も心配になってサ。夜通し出てこなかったんだぜ、気づいてた? おまえ」


 ……気づかなかった。そっか、夢中になってたらいつの間にか徹夜しちゃってたんだ。どおりで最後の方、やけに目が霞むと思った。

 呆れ顔で言葉を続けるのは兄さんばかりだった。夕月は、僕から立ち登る血のにおいにやられているのか、顔を少し背けて無言だった。


「やっぱ気づいてなかったか。徹夜はやめとけって、コーリツ悪くなるだけだぜ」

「まだ慣れてなくて手間取ってるだけだよ。慣れたら、こんなに時間かからずに済むと思うし」

「一回分の時間がかからなくなったら今度は一回分の量を多くするだけだろーが。結局変わんねーよ」


 むぐ、と言葉に詰まる。流石は兄さん、僕の習性をよく知ってる……。言い返す言葉も見当たらなくて、苦し紛れに話題を変えることしかできなくなった。


「僕のことはまあいいよ。それより、兄さんと夕月はきちんとやることやってんの?」

素材集めユーカイ? イチオやったよ、手始めに二人だけ……。さっきクスリで眠らせて連れてきた、の部屋に閉じ込めてる」

「そ。お手際のよろしいことで」


 なんだよきちんとやってんじゃん。じゃあ僕が言えることなんもなくなっただろ。はいはい僕の負け。

 つまんなくてプイッと顔を背けた僕のことなんて意に介することなく、兄さんはただ、と続けた。


「まだ二人。あと数人くらいならなんとかなるかもしんねーけど、これ以上は無理だわ」

「……どうして?」

「単純にバレる。おれも夕月も見た目が派手だろ? 背の高い褐色の男と、真っ赤っ赤な髪の女。目立つことしてたらすぐ街中に顔を覚えられる」

「変装すれば?」

「夕月はなんとかなるかもしんねーけど、おれの背の高さはどーしよーもねえから」

「ん……じゃあ、夕月一人に変装させてやらせる?」

「いーけど、それじゃあおれは何しとくかってハナシだろ」


 ん、と唇を詰まらせる。確かにそうかもって思った。人差し指を顎に当てて考える仕草をする間もなく、兄さんが続きを述べた。今日はこの人よく喋る。


「おまえのそばに居る。おまえと同じよーにメスとかピンセット持って同じ作業をやれるワケじゃねーけど、せめて道具の持ち運びしたり汗拭いてやったり、徹夜しねーように見張っといてやるコトはできんだろ」


 少しだけ、なんて返せばいいのかわかんなくなる。

 別にイヤってわけじゃないし、助かるっちゃ助かるけどさ。でもさ。見なよ、隣の夕月もちょっとえっ? って顔してんじゃん。いいの? 兄さん。


「いいの? こういうこと言うのもなんだけど……結構キツいと思うよ、僕のやること見てるの」

「いーんだよ。今更だ」


 ……本当にその通り今更なんだけど、なんか、ねえ。それでも断る理由もなくて、ただ、わかったとも言い切れなくて、あぁだかぅんだか、煮え切らない返事をしたと思う。

 気がついたらシャワーを浴び終わってて、何故か湯船にお湯も張ってあったからついでに浸かって、一応寝ることにして、……なんか変な感じがしてなかなか寝られなかった。いいのかなぁって思っちゃって……でもやっぱり今更なんだからいいかって思って、目を閉じた。


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