028 机上の空論



「では念のため、もう一度確認しましょうか。あなた方は、極限まで要らないものを削ぎ落として出来るだけな形状にした、それでも生きている人間を複数用意してほしい、と」


 魔術的防御と電子的暗号化を幾重にも重ねて厳重に隠した通信回路の上で、僕との声だけがやりとりしていた。

 こんな打ち合わせも何度目になったかは正直よく覚えていないけど、これでようやく実践へ移していけるから、少し気が軽くなった気がする。机の上で曖昧な言葉を踊らせるだけの考え事ってあんまり好きじゃない。やっぱり多少体を動かして、気を紛らわしているほうが性に合っている……と思うんだけど。

 どうやらはそうでもないようで、ここにきてまだ無駄話を続けたそうな素振りを見せてくる。舌打ちのひとつでもかましてやりたかったけど、取引先との打ち合わせなんだから我慢するしかない。


『それで構いません、が』

「何か?」

『あなたはそれで構わないのか、と』

「いやだと思ってたらもっと早い段階で断ってますよ」


 こんなこと訊いてくるなんて、とんだなんだなと率直に思った。声色も若々しいし、特有の嫌らしさも臭わせないし、多分これがなのかもしれない。

 やりづらいと言うか面倒くさいとは思うけど、その手間賃含めた請求をするつもりだから、別にいい。サウンドオンリーと表示された画面の向こうで、取引先はひとつ咳払いをした。


『噂は本当だったのですね。他の業者なら門前払いで追い返すような依頼でも、きちんと報酬を提示すれば受けてくれるのが貴女であると』

「まあ、そうですね」

『そこまでして、何を買いたがっているのですか』

「あなた方へも同じ問いかけができますね。僕なんかに非人道的な依頼までして、何をしようと思ってるんです」

『……』

「お互いそこら辺は同じなんだから、詮索しないようにするのが吉ですよ。覚えておいた方がいいです」


 機材から少し離れた場所に置いたカップを取り上げる。すっかり冷めたコーヒーに、それでも癖で息を吹きかけてしまって、揺れる細波をじっと見つめる。やがて収まって平穏を取り戻す水面には、僕の瞳が映っていた。好きになれない色。暗赤色。瞼を落として、


「……あえてお答えするのなら」

『はい』

「同じだからです。あなた方が僕と同じような考え方をする人だから、面白いなって思って受けました」

『……そうですか』

「ええ、ですから、お互い頑張りましょう……と言うのもおかしな話ですけど。ふふ、そうだ、真面目なお話の続きなんですけど」

『ええ』

「お支払いいただく報酬、もう少しいただいてもよろしいですか? 具体的に言うと、僕らのが少し足りてないかなと思って」


 沈黙が降りる。まあそれもそうかなって感じではある、暗に「おまえらがしくじった時用の保険も用意しておけ」と宣ったのだから。


『……貴女は、我々が失敗して、貴女自身に危険が迫ることを承知の上で依頼を受けるのですか』

「もちろん。別にこういうのを要求したことがあるのはあなた方だけじゃないですよ、誰にでもです。誰にだって、百パーセント失敗しないという期待なんかしていない」

『……我々は、失敗すると思いますか』

「なんとも申し上げられません、僕は預言者でも予報士でもありませんので。百パーセント、絶対にこうなるだろうということは誰にも言い切れません」


 正直九割五部くらいは失敗すると思ってる。失敗しなくても、僕らが関わってたことがバレる確率はほぼ十割だと思う。言わないけど。

 この仕事は、今までやってきた中で一番規模が大きいし、その分いろんな物が足りてなくて泥舟になってると思う。海に投げ出されるのは承知の上でやらせてもらえなきゃどうにもなんない。

 だったとしても、


『そこまで同じに思えるから、お引き受けいただけたのですか』

「ん、」

『貴女は仰いました。貴女から見れば、我々は同じような考え方をする者であるから、興味を持っていただけたのだと』


『ならば、いずれ失敗するであろう未来さえ、同じであるように思えたのですか』


「……さあ。ご想像にお任せします。これ以上の詮索はしない方がいいって、僕はそうも言いましたからね」


 ……これ以上の会話は無駄だと思った。通話終了の赤いボタンを押す。ぷしゅ、と切れる音と同時に、冷え切った静寂が戻ってくる。

 もう一度コーヒーの水面を見た。最後には警告する口ぶりで喋っていたのに、無意識に微笑むような表情をしていた僕が映っていた。それも、愉快だからそうなったんじゃなくて、なにかやりきれないような、嘲るように投げやりな笑みだったから、嘆息が漏れた。

 気を取り直して考える。終わったらどこへ逃げよう。今までずっと暮らしてきた教会を一旦捨てて、どこまで行けるだろう。気晴らしに南国にでも行ってみようか。明るい海が見られる場所へ行ってみたい。それか、

 西の方に行ってみて白い石造りの小綺麗な街で暮らしてみてもいい。窓辺で花とか育ててみて。運河とか眺めながら日々を過ごすのも悪くなさそう。

 東の方には何かあったかな……。四季の違いが魅力的なんだっけ? だったら長く住まなきゃいけなさそうだし、あんまりナシかも。一時滞在くらいの気持ちでいたいし。やっぱりここに帰ってきたいし……。


 ……兄さんと夕月はついてきてくれるだろうか。二人にもお金は渡して、好きなところへ逃げていいよって言うつもりだけど。

 兄さんはともかく、夕月は……ミレーユとも仲が良さそうだし。嫌がりそうだな、まあ別にいいけどさ。

 コーヒーを飲み干して、カップを放り出しにキッチンへ向かう。机上の空論を捏ね続けるのは嫌いだった。早いところ何かをして、気を紛らわせたくて──扉を閉めた。


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