3.冒涜的創造主

027 諦めない



X月X日

君に会えなくてさびしい


X月X日

君に会えなくてさびしい


X月X日

君に会えなくてさびしい


X月X日

君に会えなくてさびしい


X月X日

君に会えなくてさびしい





 まず一番最初に器を作る。君の魂を込めるための肉体を用意する。身長をいじるのは難しいけど、顔のつくりなら簡単に変えられるので、君と同じくらいの背をしたを使う。

 あと、髪と目の色を変えるのも難しいから、同じ色したやつを見繕う。君ほど美しい色した人間なんか見たことないけどね。

 厳しい冬を耐え抜いて春に咲き誇ったたんぽぽみたいな優しい金髪と、空と海のいちばん美しいところを集めて絞ってその上澄みだけを透き通ったガラスに注いだみたいな碧眼は、どんな手を使っても再現できない。

 だから、そこだけ完璧じゃないのは許してほしい。そんなことを言わなくても最初から全部許してくれてるんだろうな。優しい君のことだから。

 そういうことを考えると自然に笑みが浮かんでしまう。鼻歌を歌いながら、君の愛らしい笑顔を思い出して、それを再現するため手を動かす。の顔に目安の線を引いて、メスを入れる。吊ったり垂れたりするように糸で引っ張る。縫い付ける。魔術で固定して、糸をほどく。

 ぜんぶ君のための作業だ。君を、もう一度、この世界に喚ぶための。


 ほとんど日課のようなものだった。

 愛しい彼女を蘇らせるための作業。

 身長156センチほど、金髪碧眼の人間を、彼女と同じ顔つき・体つきにし、彼女の魂を迎え入れるための器とする。日課のようなものだから慣れた手つきで済ますことができて、きっと眠っていても同じ手順で終わらせることができる。

 ここまでは順調にいくんだ。いつだって、問題はここから先だ。

 僕の扱うは、彼岸に眠る魂を喚起して、用意しておいた肉体うつわに結合させることで成立する。だというのに、肝心の喚起に成功したことが一度もないんだ。

 つまるところ、僕がどれだけ彼女を喚んでも、彼女の魂はそれに応答してくれない。おかしいんだ。成功例ならもあって、理論は間違っていないことを証明しているのに。

 どれだけ改善案をひねり出しては試してみても、成功したことは本当にない。だから、し続けている。ずっと前から今までほぼ毎日、へ行ってしまった彼女を求め、喚びかけ続けて、それでも通じない。

 ずっとだ。ずっと。いつまで続けなきゃいけないんだろう、こんな事……当然、成功するまで。

 彼女にもう一度会うまでは、僕は絶対に諦めない。


「今日もまた、やってんの?」


 そんな決意を新たにした僕の背中に、ふと声がかけられる。

 少女の声色。ごく心配そうに、気遣うような表情で。視線だけで振り向けば、鮮やかな赤色が気まずそうに揺れている。


「やるに決まってんだろ。それしかやることがない、今のところ」

「でも、新しいの準備もしなきゃいけないし、始まったら忙しくなるんでしょ? なのにいつもと同じことをし続けるのは……」

「どうせ失敗して無駄になるからやめとけってこと?」

「や、そんなわけじゃ……」


 夕月ゆづきという名のこの子は、僕の輝かしいの一体だ。どこかで無惨に死んでいて、僕の術によって蘇った少女。今は僕の駒として働いてもらっているけど……どうにも面倒くさい性格をしている。

 僕の言うことに従うだけしてくれればいいのに、特に必要ない心配をしてくる。それに頼ってみせたって、上手いこと解決なんてしてくれないクセにさ。ぶきっちょだから。逆にこっちが心配になるくらい。


「ま、慣れたモンだから大して疲れもしないさ。……今から集中するから、声かけてきたら殺すよ」


 そんなやつのことは放っておいて、作業を進める。

 肉体の準備はあらかた整った。問題の手順へ進む。彼女の魂を彼岸から此岸へ、喚び寄せるために、祈る。

 ──普段は冒涜者ブラスフェミアを名乗っている。やってることがどうしたって、安寧を司る神様にケンカ売るようなことばっかりだから。ケンカに勝てなきゃ僕の望みは叶わない。だから強く強く、願うんだ、も一度会いたい、会いたい、会いたいよ。神様のところになんか行かないで。戻ってきて。

 君に会いたい。会いたいよ、クーラ……。


(冒涜者を名乗っているわりに 祈る姿は誰よりも敬虔に見えるのが滑稽だ)


 ……ぐじ、と、崩れる音がする。

 外面だけ整えられて、内面に魂の満たされない空っぽな肉体が、行使され続ける術に耐えきれずに崩れ落ちる。

 間違いなく失敗した、ということを示す合図だ。かたく組んでいた指を解く。ぎゅうと瞑っていた瞼を、そうっと開けていく。心配げに、けれどきちんと言いつけを守って無言で見守っていた夕月が近寄ってきた。こいつの前で失敗するのも初めてじゃないから、もう声をかけていいと判断したのだろう。そしてそれは間違いじゃない。


「……また、ダメだった」

「うん……」

「何がいけないんだろうねえ? 兄さんとか、おまえの時は問題なく成功したのに」

「うん……」

「……疲れた」

「さっき慣れてるから大して疲れないって言ったのに……」

「疲れる時もあるさ」


 ぷんと手を振って、崩れた肉の塊から目を逸らし、踵を返す。着込んでいた術衣だの帽子だのマスクだのを乱暴に脱ぎ捨ててドアの方へ歩いていく。久しぶりにお風呂に入りたい。兄さんはお湯を残しといてくれてるかな。

 背中の方に置き去りにした夕月が相変わらず心配げにこちらを見つめているのが、見なくてもわかる。鬱陶しいからしっしと手を振って、見返してやることもなくドアを開け、外に出た。


「人の心配ばっかしてんじゃないよ。おまえもおまえで、これからどうか、考えときな」


 返事はない。構うことなく、「それ片付けといて」と付け加え、使い物にならなくなったを命じておいた。

 ドアを閉める。思ってたより荒っぽい音が鳴ってしまった。……疲れてるから、仕方ない。


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