026 それだけのために



「ちょうどさっきね、先方から連絡があったの。次の仕事の詳細。いい感じに二人ともいる間にまとめて説明しちゃいたいなって……」


 葬列めいて表情なく追従するおれたちを、冒涜者ブラスフェミアは一度も振り返ることなく導いた。向かう先はだ。真ん中に術台が置いてあって、その周りに所狭しと器具が並べられ、棚には何かしらの瓶詰めと液で汚れた書物、少し離れたところにある机の上に汚い走り書きの書き溜められた紙ペラが大量に。

 そういう、どう見たって快くはなれないモノに埋め尽くされた部屋。おれや夕月が弄り回される時だってそこでやる。そんな場所に通されて、本当に気が滅入った。

 中にはすでに、誰かが居た。知らないヤツ。何処に。備え付けの椅子の上に座らせてなんかもらえず──忌々しい術台の上に寝かされている。

 おれはつとめて平然とした顔を装ってそれを覗き込もうとしたが、隣にいる夕月の表情が、あんまりにも酷く歪んだのを見て──全部わかった。

 今度の仕事は、なパターンのヤツだ。


ね、先方から来た。こーいう感じの……若くて健康な人間を、たくさんしていくの」


 寝かされている人。きっと麻酔でも打たれているのだろう、そうして意識を奪われていることすら慈悲に思えた。エアコンの風にただ揺らされるだけのまつ毛は頭髪と色が違うから、きっと染髪しているんだろう。流行のアッシュカラー。街を歩けば十人中六人くらいこんな色してる。

 それくらいにありふれた、なんの変哲もない一般人と思わしき人。夕月の友達だって言われちゃえば納得するかもしれない人。そんなのが、これからグチャグチャにする対象なのだと、冒涜者コイツは言った。


「もちろんこれみたいな見た目の人だけが対象ってわけじゃないよ。これは目安。これと同じくらい若くて、健康そうで、一目見てわかるような生命力があればいい」

「……その人を、さっき説明してくれたみたいに?」

「そう。生命維持装置に繋げておけばとりあえず生きていられる程度まで、。それを」

「それを……?」

「たくさん作る」


 震える声で質問を重ねる夕月が、変な音を立てて息を呑み込んだ。おれはその辺訊かなくてもわかってたから何も言わなかった。……いやたぶん、夕月もわかってて敢えて訊いたんだろーナ。信じたくないから。でも、訊いてしまえばどうしようもない答えが返ってきてしまう。

 冒涜者ブラスフェミアの瞳は恐ろしいほど凪いでいた。さっき言ってたくせに……こんくらいの年のヤツが来たら、「夕月のこと思い出して、なんか微妙な気持ちになりそうだし」。……微妙な気持ちになったからこそなんだろう。だから、念入りに自分の心を自分で殺してる。いらない感情をさっぱりと捨てている。


「たくさん……作るんだとしたら、そのは、どこから……」

「ある程度の数は先方から送ってもらう手筈になってる。でもまあ、足りないと思うからさ」



 要らない質問を重ねた夕月が、今度こそ声を失った。だから代わりにおれが詰めてやる。声を発そうとすれば、自分でも思ってた以上に唇が乾いて、重たくなっていた。


「つまりおれたちに、誘拐までやれと」

「そういうこと! いろんな地域からたくさん、このくらいの若者を連れてきて。そこまでやってくれたら、あとは僕が、先方に送るから」


 そんなの。夕月が今にも死に絶えそうな声で言おうとして、途中でやめたような音が聞こえた。

 そんなの嫌だ。そんなこと、今更言えるわけがないんだ。おれたちはすでに冒涜者コイツの手駒としていろいろ手を汚してる。だというのに、それだけは嫌だなんて本当に今更すぎて、何も言えなくなる。

 それを差っ引いたとしても。


「お願い。聞いてくれるよね? ふたりとも」


 被造物おれたち創造主コイツの願いを叶えるようにしか動けないのだ。そういう風に作られた。それだけのために生まれ直された。

 だから、おれたちがそれに何と返事をしたのかは忘れてしまったが──悪戯っぽく微笑む冒涜者おんなの顔を最後の光景にして、いつの間にかふたりで部屋を出ていた。

 顔を横に向ける。隣にいる夕月の顔を見る。真っ白く褪せた肌色に、鮮やかな赤色がよく映えていた。


「……、……どういう風に、?」


 夕月はおれと同じくカラカラになった唇から声を絞り出した。ねえ絶対こんなのおかしいよ。こんなことやりたくないよ。アイツになんとか言ってよ、やめさせてよ。そういった愚痴の類を必死に押し殺しているのだとすぐわかる。だってコイツはおれと同類だ、創造主に逆らえない被造物。やらないという選択肢は初ッから用意してもらえないのだ。


「おれは……ナンパでもして女を……捕まえようかな。そーゆーコトやってそーな見た目だろ? おれって」

「………………」


 そーいうのマジで無理、最悪。いつもはそう吐き捨てられてしまいそうな軽口も、夕月には重たくのしかかるばかりなのだろう。浮かぬ顔のまま数度瞬きをして、厚底靴をずりずり言わせる覚束ない足取りで、夕月はどこかへ行ってしまった。

 アイツはどうするつもりなんだろう。返答はもらえなかったが、なんとかしてんだろうなと思った。だっておれたちは、そーいう風にできているから。

 ……疲れた。ここに来るたびいつも疲れている気はするが、今日は段違いに疲れた。踏みっぱなしの踵をようやく直しておれも歩き始めたが、気分はちっとも晴れなかった。一歩踏み出した先に奈落へ落ちる穴があってくれたらいいのにって、本気で思ったりした。


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