021 いいヤツなんて一人もいない
いかにも不機嫌そうな既読通知だけがやけに目立つ。
ミレーユのところに行ったあと、探ったけど教えてもらえなかった〜ごめ〜んってメッセージを送ったらそうなった。我が妹ながらわかりやすい女すぎる。
そんなこんなで
絶対なんもないこたないと思うんだけどナー。でももう警戒されちゃったぽいし、喋ってくれないと思う。
ここはあえて夕月の方に訊きに行ったほーがいいのカナ? どーだろう……また記憶がないっつってはぐらかされそうな気もするけど……。
「ミレーユさん? あんたも会ったんだ。一発で男ってわかった?」
てなワケで訊きに行ったらこれだよ。おれの妹、どいつもこいつもわかりやすすぎ! いつもみたいにヨッ! て声かけた瞬間はメチャクチャ嫌そうな顔だったのに、ミレーユの話題出したらすーぐ嬉しそうな顔しちゃって。
わかんなかったよって適当に言ったらさらに喜ばれた。おまえのこと褒めたワケでもねーのによー。……よくないな。全然、なにもかもよくない。
「それよりさーおまえ実は仕事始まる前からミレーユと知り合ったりしてなかった? そんな感じで絡まれたんだケド」
「知らないよ。だいたいあたし記憶ないって言ってんじゃん」
はいきたーこれー。なんかしんどそうなこと訊いたらいっつもこうしてはぐらかされんだ。思い出したら辛いんだろーなと思ってそのままにしてっけどさ、いいのかな、このままで。
「ホントに何も覚えてねーの?」
「そんなことで嘘ついても意味ないじゃん。知らないって、他人の空似とかなんじゃない?」
嘘つく意味はあるよ。おまえの心を守るためだろ。それはそうとして、他人の空似ってのも多分違うと思うんだ。だってこんな目に痛いほど真っ赤な髪の毛、一回見たらそうそう忘れねーよ。
おれは悩む。このまま忘れさせっぱなしでいーのかなって。だってミレーユがあんな顔してたし。思い出してほしい気持ちもあるんじゃね? だけど、だけど、ナー……。
「まあいーや、思い出したら……思い出せてもぜってー黙っとけよ。絶対ミアが面白がってオモチャにすんぞ」
「それはまあ……そうだけど。……」
「……、ミレーユさんは、あたしに何をしてくれたの?」
はぐらかすくせに核心だけはつっつきたがんじゃん、そーいうとこあんま好きじゃねーぜ。また悩む。つらくさせない程度にわかりやすく説明するための文句。……なんかバカバカしーな、こんな配慮しねーといけねーの。
「……おまえさ、ハデな殺され方したって教えたげたじゃん。それさ、けっこーな人数に見られてたから……その後始末的な」
そんで、ここまで配慮させたくせに教えたらめっちゃショック受けんじゃん。嬉しそうだった顔、一瞬で青ーくしちゃってサ。あーあ、しくじった。
「それは、ミレーユさんが、あたしのために……何か手を汚すようなことをしたってこと?」
「うーん、そんなこたないと思うケド……」
……なんだろ、思ってたのとは違うトコロでショック受けてるみたい。だとしても、めんどくさいことに変わりはないケド。
「……もしそうなんだとしたら、あたし、謝りたいよ。ミレーユさんに、そんなことさせちゃって……」
「え? ンなの別にいらねーと思うヨ、あん人べつに汚れ仕事に慣れてないとかそーいうこと、ないはずだし」
「だとしても! あたし別にそんなこと、頼んだワケじゃないのに、わざわざそんなのさせちゃって……」
「あーもう! しなくていーの! そーいうとこ気が利かないよネ夕月ちゃんは!」
こうなったらコイツはやたら意地張り始めるからイヤなんだ。無意識に頭に当ててた手で、髪をぐしゃぐしゃかき乱す。
……アプローチを変えよう。ミレーユの側の気持ちなんか、コイツはもう考えやしない。だから別の、また違った残酷なことを教えてやんなきゃ。
「あんさあ、言っとくけどネ、ミレーユもそうだけど……
「でも、でも……」
……そうだよな、おまえにとってはそうだった。誰も彼も助けてくれない環境の中で、アイツだけが一番初めにおまえの手を取った。
おまえみてーな人間は一生その手を離せずにいるしかないんだ。どんなに酷い目に遭ったって、どんな相手だったしても……、……。
「……でもじゃねーだろ。とにかくミレーユにはもうこれ以上接触すんな。ミアにも余計なことは言わない。それでこの話はオシマイ。わかった?」
「……」
「おまえさーそゆトコマジでうぜーから。ミレーユに謝りたいってのも、ミアは実はイイ人ってのも、全部おまえの中でそーいうことにしてたら都合がいいってだけの話だろ。いい加減現実見ろって」
「……見たいよ、あたしだって」
「あ?」
「ちゃんと現実と向き合いたいよ、でも誰も彼もはぐらかして、何も教えてくれないじゃん。知りたいよ……ねえ、あんたも知ってるんでしょ? あたしに関する色んなこと。教えてよ、逃げないから……」
──今にも泣き出しそうな夕月の目には涙の膜がうっすら張られて、林檎飴のように輝いている。まっすぐ見つめられて、たじろいだ。
たぶん本気だ。ここで全部ぶちまけてやれば、きっとコイツは一つ一つに心を打たれ、ボコボコになるんだろう。それでも。……そういう目をしている、それでも立ち上がって前に進みたい。そういう。……それでも、だ。
「……、……もっかいだけ、言っとくから。お前の周りにゃ、いいヤツなんて一人もいない。どいつもこいつも罪を犯すことに抵抗なんかないし、おまえのことも平気で傷つける。だから、」
おれもお前に、何も教えてやんない。
そう言い残して、夕月がどんな反応を返すかすら確認せずに踵を返す。
逃げた。夕月が今までそうし続けていたように。今のおれには、あの瞳に報いてやれるほどの度胸がなかった、それだけの話。
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