011 やめといた方がいいよ




 ひとりでいるとわけもなく辛くて、かといって冒涜者ブラスフェミアのところにも帰りたくないって時は大体、街に行って封鎖の甘い高層ビルに忍び込んでいる。高いところから道ゆく人々を見下ろしているとなんだか孤独も紛れるような気がして、でもそれは気のせいなんだ。

 光るものを身につけた人や車が道路を行き交っている光景って、細胞が血管を通って身体全体に張り巡らされてるのに似ている気がする。そんなの顕微鏡を覗き込んで観察したことがあるわけじゃないから、それも結局気のせいでしかないんだけど。

 そういう時ってきっと慰めを求めてるんだと思う、あたしは。だけどそうしてくれる人を知らないんだ、悲しいことに。友達ってヤツがいなくて、親もいなけりゃその他の家族もいない。いるのは自称・創造主と、


「なぁに? 今回は何にスネてこんなトコ来てんのぉ」


 ……自称・兄だけだ。オムレツを名乗るこの男は何故かあたしがこうなる時を敏く察して、こうして見つけ出すのがめちゃくちゃ上手い。毎回ふらつく場所を変えてんのにいつも見つかってしまって厄介なことこの上ないし、絡まれるのが正直ウザい。こいつの慰めって慰めになってないと思う、いろいろイヤなことまで掘り起こされるし……。


「スネてない」

「無理があるってその言い返し方ぁ! 夕月チャンってアンニュイぶりたい時す〜ぐ高いトコ登りたがるんだからわかってるってぇ、ま〜たなんかあったんでしょお?」

「バカとケムリは何とやらって言いたいわけ?」

「言ってね〜! ネガティブな勘繰りやめてくれナ〜イ!? それでさらに機嫌悪くされても困るしぃ」


 ゲラゲラ笑われるから本当に最悪。そしてこういう時はどれだけ帰れって怒鳴っても帰ってくれないから本当に本当に最悪。だからいっつもあたしが諦めるハメになる、そして、何かしらを掘り返される。


「……、……、自分でも、よく、わかんない。なんでこんな、悲しくなってんのか」

「お? ホルモンの乱れとか低気圧系?」

「マジで怒るよ。……、わかんないんだもん。急になんか、変なこと言われて……」

「誰に?」


 諦めてつらつら語り始めたら……。……気のせいかな、急に短く訊かれたからか、何故かその声色が真剣味を帯びてるような気がした。けど、顔を上げてもヘラヘラ笑われっぱなしだったから気のせいかも。

 そういえば、ミレーユさんと交流してることを誰にも教えてなかった。教える義理なんてないから当然なんだけど……説明しようとしてまごついた。なんて説明すればいいんだろうって思う。友達? ってほど仲良くしてたんだろうか、あたしとミレーユさんは。


「友達?」


 そうやって悩んでる最中に念押すように重ねて訊かれて、さらにまごついた。そして、さっき気のせいだと思ってたこと、気のせいじゃなかったかもって思った。やっぱりオムレツの声色がどこか真面目というか、ワントーン低くなっている。顔は相変わらずヘラヘラ笑ってんのにそんなだから、なんだか不気味だった。

 本格的に返答に困る。適当にそうかも、って返しとくのが一番であるような気がして、そう、って発音しただけで次の言葉を重ねられた。こいつがこんなに矢継ぎ早に喋るのをあまり見たことがなかったから、思わず息を呑んでしまった。


「やめといた方がいいよ」


 そう口にするオムレツの顔は、ついに笑うことすらやめちゃっていて少し怖い。どうしてだか、叱られているような気分になる。


「……えっ? やめといた……って、え? ミレーユさんのこと知ってんの?」

「ふーん、ミレーユさんって人と仲良いんだ」

「は? 知らないのかよ。どういうこと? ミレーユさんがヤバい人だから付き合うのやめろって言いたいわけじゃないの?」

「うん、ぜんぜん」


 ……意味わかんない。思ってたのと全然違う。ミレーユさんには失礼だけど、そいつと付き合うのやめた方がいいよって意味で言われたんならわかったんだけど、そうじゃないらしい。

 呆気に取られて言葉を失うあたしを尻目に、オムレツは視線を逸らして地上を眺め、少しの間目を細めてからヘラヘラ笑うのを再開させた。


「友達とか、そーいうのつくるのやめといた方がいいよってコト。おまえがそーいうのヘタだからって意味じゃなくてね」


「おれとおまえは、そーいうの、やんない方が絶対いいってコト」


 ……。それだけ言ってオムレツはどっか行ってしまった。え、なんだろ、本当に意味わかんなくて最早ビビるんだけど、何故だかそれを下らない世迷言だと一蹴する気にもなれなくて、黙ることしかできない。

 顔の横半分を地上から上り詰める光に照らさせながら、あたしはしばらくぼーっとその言葉の意味を考えていた。考えても考えてもわからなくて、だけどヤツが去り際に残した笑みの、目尻が妙に疲れてるみたいにシワになっていたことだけを思い返していた。


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