017 それくらいのこと



 確かおれが十歳くらいの頃だったナア。

 あんたン所で言ったら、三月ってもう春? おれのいた所は全然そんなことなくてサ、まだまだ真冬なワケ。そんな中で人間一人ほっぽられてたら、大人だって死んじゃうじゃん?

 ところが当時のおれの目の前に居たのは生まれて間もない赤ん坊だったワケよ! めーっちゃビビるっしょ? おれも実際超ビビったあ、そうそうそんな感じでネ、教会の玄関前に捨てられてた赤ん坊を見つけましたーって話。

 たぶんあと一分でも見つけるのが遅かったら死んでたネ。そんなレベルだったから超〜焦ってその後を拾い上げて、大人を呼んで、一緒に介抱して。きちんと助かったのよその子、嬉しかった、おれにも人助けできるんだあって思って……。

 その子はそのまま教会で育てることになったヨ、そーいう感じでウチに直接捨てられる子って全然珍しくもなかったし。そんでおれの妹分が一人増えたってだけのこと、その子が、のちに冒涜者ブラスフェミアを名乗るようになっただけ……。


 ……、周りと全然打ち解けない子だった。身体の成長とか知能に問題はないし、ことばも喋れないワケじゃないけど、必要がなけりゃ本当に喋らない。一日中部屋のすみっこで本読んで、それに飽きたら寝てて、他の子たちと並んで何かすることがあったらそれはメシを食う時くらい。

 でもまあ〜友達が「できない」子ではなくて、徹底的に「つくらない」でいるだけの子だってわかったから、他の子と遊びなさいって強制もできなくてサ……時々声はかけたけど。返事もしないような子だった、だからみんな放っておいた……。


 ま、そんな感じの難しい子を一人抱えて過ごしてたんだけど、その間にも新しくウチに預けられる子ってのは居たワケ。その中の一人に……飛び抜けて優しいっていうか……なんだろお、本当に誰にでも分け隔てなく接していくような子が居てネ。

 クーラって名前の子だった。金髪に青い瞳の、どこにでもいそうな、愛嬌のある、よく笑う子。この子がまあ〜強くて、グイグイ絡みに行ってさあ、そしたらとうとうあの子も根負けしたのか絆されたのか、クーラと仲良くなって、釣られてちょっとずつ他の子達やおれとも喋るようになった。

 おれは全然いいことだと思ったよ。他人に挨拶するようにもなったし、笑う顔も見られるようになった。クーラのおかげで、あの子はようやく人間になれたような感じになって……。

 楽しそうだった。クーラと喋るようになったあの子は。実際すごく楽しかったんだろうな、だからがあって、立ち直れなくなったんだ。


 クーラが生きていられたのはそれから数年の間だけだった。死んじゃったんだ、あんまりにもあっさり。劇的に誰かに殺されたとか、難しい病気にかかったとかそんなんじゃなくて。ちょっとした事故であっさり死んだ。

 分け隔てなく優しい子だったから、みんなその死を悼んだよ。葬式ではみんな泣いた。そのあと結構長いこと引きずった。それくらい悲しんで、けど、あの子にとってはじゃ済まなかったんだな。

 あの子──今じゃ冒涜者ブラスフェミアを自称するようになったあいつの悲しみっぷりと言ったらそんなもんじゃなかった。まず、クーラが死んでから数日は涙も流せなかった。なんで、どうしてって気持ちの方が強かったんだろうな。そしてようやく泣けるようになったら、墓標に縋り付いてずっと泣いて。朝から夜までずっと。夜になったら寝室に戻れってどれだけ言っても墓のそばから離れない。たぶん寝てなかった。メシも食わない、風呂にも入らない、ずっと墓の前に座り込んで、クーラの名前を呼んで……。

 ずっとそんな調子だからいろんな医者に見せて、入院させたりもしたよ。でもほとんど治らなかった。ずーっと悲しんでた。なんて声をかければいいのかわかんないくらい。だからそっとしといてやるくらいしか出来なかった。思えばそれが、間違いだったんだなあって思うんだけど……。

 それで……それからしばらく経った頃。それまでずっと引きこもってたのに、急に「もう大丈夫」とか言い始めて、外に出るようになったんだ。

 正直めっちゃ怪しいじゃん? おれもそう思ったよ、でも、引きこもり続けるよりはマシかなって思っちゃったんだ。だからどこに行ってんのか、何してんのかとか、全然詮索しなかったの、これも大間違いだったワケなんだけどさ……。


 勿体ぶらずに言っちゃうと、あいつが行くようになったのは所謂「裏社会」のやべーやつが沢山集まるようなところだった。禁止、禁忌、禁断、そーいう情報ばっかり飛び交う場所で、あいつはたった一つ、禁術の情報をひたすら集めてたんだ。

 。死んじまった人間を、そっくりそのままこの世に蘇らせる、どんな流派の術式でも禁忌とされてる、ルール違反の魔法。

 それで何をしようとしてたかなんてすぐわかるっしょ? そうだよ、クーラを蘇らせたいって……それだけのために、本当になんでも、いろいろやってたっぽくて……

 ……気づかなかったんだ。おれも周りの人達も、気づけなかった。だからそのバチが当たったんだろうな。禁術にどっぷり手を染めて、頭のネジがいくつでもぶっ飛んでたあいつにとっちゃ、は容易いことだったんだろうよ。

 ぶっつけ本番、クーラを蘇らせるのを失敗したらまずいからって。周りにいた手頃な人間を殺して、それで試験してみるんだって。

 それで、おれは、んだ。


 ある日、なんでもないような口ぶりで言われた。

 「地下の倉庫で物を失くしてしまったから、探すのを手伝って」って。

 おれは何にも疑わずについてったよ、そんで、重たいものをどかして、そーいえば何を失くしたのか教えてくれって訊こうとして、

 振り向いたら、ギラッと光るものが見えて。しゃがんでるおれに覆い被さるように、あいつは立っていた。で、振り下ろした。


 刺されるとさ──血がネ、ドバッと出るの、それは傷口の外側もそうだけど、内側にもそーなの。で、身体の内側に広がった血がどこに行くかってーと、競り上がって口から出ンだよ。

 口の中が一瞬で鉄錆の味でいっぱいになんの。思わず吐き出して、一番最初の声が声にならなくて、ヘンな音になる。

 次の瞬間には声が出せそうだなって思ったけど、ダメで、なんでかって言うとそれはまた別のところを刺されたから。

 そんな感じで繰り返し、繰り返し──まともに声も出せないままおれはメッタ刺しにされて、殺された。

 死ぬ瞬間ってさ。本当に視界が一気にブツンと全部真っ暗になるんだぜ、超こえーから、超……。


 ……それから目が覚めたんだ。

 隣にはニコニコ笑うあいつが居て。「成功してよかった」って。

 「これからずっと、お手伝いしてね」って言われて。「まずはお掃除をしてほしいの」って。

 言われるがまま、やったよ、──教会内を、すみずみと、──……。

 ……逆らえなくて、「兄さん」って呼ばれたから、いつもとおんなじように、しょうがないなって、逆らえなくて、…………。


 ……今日は疲れたからここまでにしていい? うん、じゃあ、また今度……。


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