024 こんな時くらい



 全部ほじくり出せたと思ってた銃弾、まだいくつか体の中に残ってたらしい。だからせっかく塞がった傷跡をこじ開け直して、肉へ分け入っては異物を探す。

 冒涜者ブラスフェミアはこの程度の処置をするとき、麻酔なんか使ってくれないからマジでヤだ。悲鳴を上げて泣き叫ぶほど痛いってわけじゃないけど、呻き声のひとつやふたつくらいは漏らしたって仕方ねーだろ。

 切り開いた肉の向こう、てらてらと赤色に濡れて輝く鉛弾をピンセットでひょいと取り除く。そんな冒涜者ブラスフェミアの顔色は先程より幾分かマシになっていた。おれがシャワーを浴びている間、律儀に仮眠でも取ったのだろう。しかしそれも取ってつけたようなモンであり、目の下のクマは変わらず深く刻まれたままだから、もう一生取れないんだろう。

 からん、からん。摘出した銃弾を金属のトレイに放り出す音。振り返って、冒涜者ブラスフェミアはこちらを見下ろした。濁った暗赤色の、疲れきったような諦めきったような温度感。


「そう、そいえばね、新しくデカめの仕事を引き受けたんだ」

「また?」

「今やってることが落ち着いてきたから。次のはね、今までやってきたものよりいくらか大掛かりで、長期的になる予定なの」

「できんの? そんなこと」

「やるよ」


 消毒液を染み込ませた綿を当てられる感触。ひんやりとして、容赦なく傷口に染み込んできて、気持ち悪ぃ。

 コイツはいつも、仕事を受ける時、できるかできないかを判断しない。前も言った通り、本当に「なんでもやる」ことだけがウリだから。

 ……実のところコイツの腕前? 実力? ってヤツは取り立ててイイわけではなく、ただ単純に「他のヤツに頼んでも断られるようなことを、コイツだけはやってくれる」ってだけ。それだけのことでそれなりの評判と地位を手に入れたんだ。どいつもこいつもダメって言われたことほどやりたくなっちゃうタチなのカナ? 実際にのは、コイツなのに。

 首を垂れる冒涜者ブラスフェミアの、雑に切られた黒髪の毛先が近づいてくる。ヤツはおれの目を覗き込もうとしている。ゆっくり瞬いて、まなざし返した。


「……で、どんな仕事?」

「んーとね、どこぞの……私兵隊? からのお願いなんだけど」

「えぇ、そんな客層から受けるの初めてじゃね。マジでやれんの?」

「やるよぉ。話聞いた限り、多分そんなに難しいことじゃないっぽいし」

「……、……具体的に何をすんの」

「人間を、生きたままなるべくコンパクトなサイズに縮めてほしいんだって」

「ふうん……」

「まず手足を落として、それからお腹を開いて、生存に必要な臓器だけ残して、あと皮と筋肉と骨とか、そういうのは特にいらないから取り除いて……そんな感じかな」

「めんどくさくね?」

「めんどくさいけど、まあ」


 その分お金はもらえるし。何でもないような口ぶりで呟くと、さっと視線を離して戻っていった。


「ただ、まだ、どんな人をかは聞いてないから。どんなのが来るか、そこは少し不安かも」


 ……。そんなことを言い出すのは、コイツ的に珍しいことだ。逸れていった視線を追いかけると、暗赤色の瞳は斜め下を向いていた。瞼がわずかに落とされて、睫毛が頬を翳らすように伸びている。


「若い女の子が来たらさ。夕月のこと思い出して、なんか微妙な気持ちになりそうだし」


 手足を落として。そうして殺された女の子の存在を、おれたちはよく知っている。だからなんだと言うのだろう、その程度のを他人に施したことなんて、初めてってわけでもなかろうに。

 「手当てはもう終わったから、次メンテね。準備してくる」。言い残して、冒涜者ブラスフェミアは去っていった。ゆっくり起き上がると、さっき摘出した銃弾がそこらへんにそのまま放り出されているのが見えた。塗れた血はまだ乾いていなくて、赤黒くつやめいている。代わりに処分しといてやる気にもなれなくて、放置したままもう一度寝転がった。


「兄さんは、今の体に満足してる? なにか付け足して欲しいものとか、もっとよくして欲しいところとか、ある?」


 戻ってきた冒涜者ブラスフェミアは、おれの横たわる台の横でいろいろと準備していた。点滴の針を刺す。胸やら脇腹やらに吸盤を貼って、何かしらの機械へ繋ぐ。数値を見ながらいろいろ弄る。その片手間に、恐ろしいことを訊いてくるのが常だ。


「さっき言ったでしょ、次の仕事、いらないからって取り除くものが多いから……健康なヤツだったら兄さんにそのまま移植してあげてもいいよ」

「ジョーダンじゃねぇ」

「そう? 結構いい考えだと思ったんだけどな、兄さんはタバコ吸うし、肺とか替えても……あ、肺は残さなきゃダメか」

「いらねーから。俺健康だし」

「そうかなあ……」


 コイツは時々、冗談で言ってんのか本気で言ってんのかよくわかんねーことを口走る。しかもたとえ冗談だったとしても全然面白くねーことばっかり。

 今回は嫌らしくニヤニヤしてねーから多分本気寄りの気持ちで言ったんだろーな。どっちにせよ笑えもしねーし、いらねー気遣いすぎるんだケド。


「で、本当に今の体に満足してるの?」

「してるって。なんも問題ねーよ」

「皮膚の強度をもっと上げて、銃弾がめり込みすらしない体にもできる……かもしれないけど」

「できるって断定じゃねーのかよ。いらねーよ」


 ヤツの顔を見る。やっぱり笑ってない。こんな時くらい悪戯っぽく笑っててくれて構わねーのに。


「いらねーって。大丈夫だから」


 目を閉じる。暗くなる。おれの身体に麻酔は不要だった。冒涜者つくりぬしが命じれば、意識だってすぐに失うことができる。

 都合のいい身体に感謝しながら、合図と共に。次に目覚めたときにはきっと、血はすっかり乾いてしまっているのだろう。


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