023 やりたくない
誰とギスギスしてよーが何となくモヤモヤしてよーがやんなきゃいけないのが仕事ってモンだ。でも、一人で黙々とできるのは気楽でいられるし、仕事があって逆によかったのかもしれない。
とはいえ最近あきらかに荒事ばかりが増えていた。どっかにカチコミ行くだの来られるだので週に最低一回は人間とのケンカをやらされている。
よっぽど下手こかない限り負けないように設計してもらえてることだけが救いだった。いや別にそんなことないかもしれない。おれの体は、ちっちゃい拳銃から放たれる弾くらいなら受けても貫通しないようになっている。人間の肉体と密度が違うんだ。……とはいえ撃ち込まれれば痛いし血も出るし、まあそんなモンは慣れてしまえばいーんだけど、ンなの慣れたくなかったっつーか。
とにかく、おれはほどほどに血を流しつつ、格闘の末のした人に近寄って、気絶して倒れたそいつの頭だけ持ち上げて、捻って、ゴキッと。そいで終わらせる。これも慣れだ。やり続けてるうちに、サクッとしてあげられるようになった。
「終わったけどお」
通信機に向かって報告する自分の声が思ってた以上にやる気なさすぎるのに自分でビビった。返答を待ちつつ、体に残っている弾をほじくり出す。いてーけど中でパッと花が開くみたいになるヤツ使われてないだけ本当にマシだ。あれマジで痛すぎる。悪魔の発明品だと思う。
『けど、何?』
「最近こんなんばっかじゃね? 殺してこいだの殺しに来るから守れだの」
『そうだね、最近顧客増やしたから』
どーせそんなこったろーと思ったけどサ。溜息と一緒に出てきた金属片を指先で弄びながら、話を続ける。当たり前のことだけど血にまみれてて、ヌルヌルしてて、あったかくて気持ち悪い。おれの血だ。
「ねーもーそーいうのホントやめねー? 金払い良い客つけるたび、こーやって敵も増えんだから収支プラマイゼロじゃんね」
『そうかな。マイナス分の支払いしてくれるのは兄さんと夕月だし、僕は特に損したなーって思ってないよ』
「おまえさーっ……」
隠せない苛立ちを手元に籠めたら、親指と人差し指で挟んでいた銃弾が溶けかけのチョコレートみたいに歪んだ。肉体の耐久性を弄られているなら、筋力だっておかしなことにされてるんだ。分厚い鉄板とかは流石にムリだけど、こんくらいのちっちゃな金属だったら粘土みたいに扱える。
だからなんだよってハナシだけどさ。も一つ重たい息を吐いて、縮こめられた金属片を投げ捨てた。床に広がる血溜まりにぶつかって小さな飛沫が上がる。無視する。立ち上がる。
『ま、とにかくお疲れ様。帰っておいでよ、そろそろメンテもしたいし』
了解とも何とも言わずに通信を切った。言われなくても帰ってやる、帰るしかない。後始末までは命じられてないから、全部そのままにしてその場を後にする。
外に停めといた車に乗って、テキトーなラジオでも聴きながら走り出した。ミラーからぶら下げた芳香剤はエアコンの風に揺られているが、面白みのない流行歌のリズムには微妙に乗れてない。
アイドルなんだかシンガーソングライターなんだかよくわかんない女の子がアコギ弾きながら歌ってる、信じていれば夢は叶うって。残酷な詞だなって思う、真に受けて本当にそう思っちゃう人が出てきたらどーすんのって、思う。
「おかえり」
出迎えてくれた
「何徹目?」
「……きょう、何曜日?」
「もう日曜日になったよ」
「そ、なら……四かな」
いやに甘ったるい香りがするのは多分エナドリをガブ飲みしてっからだ。コーヒーより効くらしいがそんなことは知らんし知りたくもなかった。
「客増やしたせいだろ、そんななってんの。もー、そんななるくれーならやめろってマジで、おれにも夕月にも迷惑なんだよ」
「べつに、今に始まったことじゃないじゃん……僕がこうして働き詰めることなんて」
「最近のはやりすぎだって」
「そうかな? でも……」
お金、もっと欲しいから。
ずっとそればっかりだ。コイツは、自分の技術をよりよいものにしたいからとか、名声が欲しいからとか、そーいう理由で仕事をしていたことがない。
金が欲しいんだ。しかも、裕福になりたいとか贅沢な暮らしがしたいって理由でもなく。
ただただ単純に、夢を追いかけ続けるには金が必要になり続けるということを理解してしまったから。だからいくらあっても足りないばかり。
もう少しマトモな頭してる同業者ならまず誰も引き受けねーだろって感じのヒドい依頼だって、金を積まれればやる。さらに言ったら同業者じゃなくても、マトモな人間だったらやらねーだろってことでさえ、金のためならやる。
本当になんだってやる。殺人も拷問も窃盗も、売春やら被虐ですら、金を積まれたら、やる。
やりたくないことなんてないんだ。だってコイツにとっては、
「……ごめん。少し休んでからにしていい? 兄さんのメンテ」
……
了解とも何とも言わずにおれは風呂場へ向かった。まずは血を洗い流してしまいたかった。傷口はとうに塞がってしまってる、だってもうおれは人間の肉体をしていない。
シャワーだけじゃなくて湯船にきちんと浸かりたかった。そのための掃除だの湯張りだのめんどくせープロセスなんかいくらでもやってやろーじゃんって気持ちだった。
盛大に長風呂してやりたかった。でもどーせ、早くしてって急かされるんだから結局シャワーだけになるんだ。アホの妹のせいで。
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