019 いままでも、これからも



 次の話……次に何か訊きたいことある? おれはもう一通り喋り終えちゃったような気がしてるケド……

 ……そう。あのコのことが気になるんだネ。じゃあ話してあげよっかな、そんなに長くなる話ではないような気もするケドま、いいや……


 今、夕月ゆづきって名乗ってる女のコのこと。

 あのコとおれたちが初めて会ったのは──十年くらい前カナ。あのコがどういう風に殺されたのかは知ってるネ。そう、制裁と見せしめを兼ねて殺されたの。あのコは娼婦だった。で、絶対ヘマしちゃいけない客相手に下手こいたから、あんな風に殺された。

 でもまあひどいよネエ、ちょっとくらいであそこまでしなくても……。……そうだよ、それだけの理由でああなった。

 両腕と両脚、チェーンソーでぶった斬られたの。いい見世物になるように、なるべく派手に、なるべく苦しませながら。

 動画見た? まず初めに歯をぜんぶ抜いて、舌噛んで自殺できないようにして。そのあと腕と脚を一本ずつ、目立つようにキリトリ線を引くパフォーマンスをしてから、チェーンソーでゴリゴリと……。

 その間にも止血したりオクスリ入れたり。すぐ死なないよう細心の注意を払いながら、ちょっとずつ、ちょっとずつ、それでも派手に血しぶき噴かせながら殺してくの。

 そこまでやってもまだ、「マニア」の人に言わせてみれば「つまんない」出来になったみたいだけどネ。手足斬り落とすくらいじゃ物足りないらしいよ、ゴア愛好家の人にとっては。そ、だからあの動画、評価が微妙なんだって──

 ……ハナシが逸れちゃった。そう、で、手足ぶった斬られたあと。あのコそれでもまだ死ねなかったんだって。虫の息にはなったけど、生きてて、意識もあって。

 だから見せしめにんだ。他の娼婦とか、周りの人みんなに見えるように。「あの客に逆らったらオマエもこうなっちゃうぞ」って脅すために。

 ──そのせいで冒涜者アイツの目に入るハメになっちゃったんだから、なんだか不思議なハナシなんだよネ。


 十年前っつーと……アイツはまだ十七歳だった。まだまだ若い小娘盛り。目に映るものなんでも興味深くて楽しかったみたい。で、そんな時期にそんなコに出逢っちゃったから……

 ……夕月は十七歳だった。それまでも、これからも、ずっと十七なんだけどネ。まあつまり──当時のアイツと同い年だったんだよ。

 それで、アイツそれを知ったら、こんなこと言ったんだ。


「僕と同い年の女の子がこんな目に遭っちゃうなんて、かわいそう」


 ……えーって思うデショ!? おれも思った! けど多分、アイツは本気でそう思ってた。

 だから助けてあげたんだ。啜り泣きながら、死にかけの蚊みたいな小さい小さい鳴き声で、「死にたくない」って。

 夕月がそう言ったから、冒涜者アイツは叶えた。そのあと間もなく息を引き取った夕月の屍体を持ち去って、おれにしたのと同じように、魔法をかけた。禁じられた術、蘇生術。

 そしたら……成功したんだ。目を開けて、起き上がって。……あぁそうそう、斬り飛ばされた手足はもう捨てられちゃってたから、代替できるを縫い付けておいて……。

 でも完全じゃなかった。起き上がった夕月には、生きてたころの記憶ってヤツが失われてたんだ。だから、今使ってる夕月って名前は本名じゃない。あのコが自分で勝手に名乗ってる、新しい名前。

 本当の名前は──なんなんだろうネ? 娼館では「カレン」って名乗ってたみたいだけど、それはきっと娼婦としての名前──源氏名ってヤツだと思うし。

 まーそこらへんは夕月の記憶が戻んない限りおれにもわかんないナア。……戻ってもいいのカナ? 忘れてしまえたほうが、おれ的には幸せなんじゃないカナーって思うケド。


 まだある? おれに訊いてみたいコト。……うん、そう、夕月に「なかよしの人を作るな」って忠告したのはそのせい。

 おれと夕月はもう人間じゃない。好きだと思う人を食べれば食べるほど長生きするバケモノ。冒涜者そうぞうしゅの命令に逆らえないバケモノ。だから、そう、いつかそれを利用される日が来るかもしれない。だから──おれはいつもこーやって、人付き合いは軽ーく浅ーく、それくらいに留めるようにしてるの。

 ……うん。じゃあ、ここまでネ。じゃあ約束通り、このご飯代と引き換え。

 またおれと何かオハナシしたくなったら呼んで、冒涜者アイツの目に留まらない限り、来てあげるから──。……。




 外に出る。喫煙できそうなスペースを探す。コンビニの駐車場。灰皿があるからここでいい。

 ポケットから取り出すくしゃくしゃの箱。くすんだ緑のパッケージ。タールばっかりキツくて臭い、やっすいタバコ。

 どこかのホテルだかライブハウスだかでもらった、プラスチックのライター。ロゴが印字されてたけど、かすれて消えてて。かちっ。

 火が灯ればなんでもいい。ガツンと来て、脳みそをスッキリさせてくれればどうでもいい。ゆっくりと、煙の味を楽しむようなハイソなシュミはない。

 人と喋ってたから、通知を切ってたスマホを取り出す。トークアプリ。数件の未読メッセージ。


『兄さん』

『どこにいる?』

『かえってきて 暇なら』


 ……。トーク相手は偽の名前とアイコンを使ってる。偽の名前とアイコンを使ってることを、おれは知ってる。

 だから、帰る。常冬の国、朽ちた教会のあった場所へ。そこがおれとアイツの居場所。いままでも、これからも。──煙草を、揉み消した。


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