第24話 お待たせっ!

 王太子を囲んでの月に一度のお茶会は、いつものことながらピリピリしていた。


 このお茶会。本来の意図は王太子と次期政権の主要メンバーが定期的に集まり、親睦を深めるのが目的だ。

 しかし王子の周りに取り入ろうとする者が集まり、人数が増えれば意見も食い違って派閥もできる。そうなると初期の和気あいあいとした空気は消し飛んで、王子までの距離を互いに計るマウンティングの場に……ミシェル王太子が誰に対しても人当たりが良い分、寵愛を誇る鞘当ては余計に過熱気味だ。

 そう言う事情がある中で開催されるイベントなので、最近ではいつも空気が刺々しい。そして今日はそれに加えて、さらに異常な事態になっていた。


 異常の一つ。なんと言っても参加者が少ない。

 先日立て続けに事件があり、「よろしくない行い」があったとして出仕できなくなった者が出た。その数、実に十数人。

 令嬢たちが下位の者をいじめて王宮で騒ぎを起こした件は、いじめより宮中で騒いだのが問題になって謹慎処分になった。それはミシェル王子も現場に居合わせたので知っている。

 もう一件は同じ日の夜に起きた。

 更に多数の令息たちがいかがわしい店を借り切り、貴族にあるまじき乱れた宴会をしていたというもので……それが王太子の側近たちだったということで、こっちの方がさらに問題になっている。

 別件で欠席している者もいて、おかげで今日の出席者はわずか十人。普段の三分の一しかいなかった。




 だから始まった時は最古参の宰相令息ヨシュア騎士団長令息ダントンなどは、むしろ「初心に戻った」などと歓迎していたのだけど……。

「相変わらず地味ぼったい野暮なセンスでございますわね。に限界があるにしても、もうちょっと女を磨く努力をなさったら?」

 人前で堂々と王太子の許嫁を嘲笑する侯爵令嬢レイラに、氷室さえ暖かいと思わせる冷たい視線で言われた本人カテリーナが侮蔑を返す。

「けばけばしさだけが美意識の基準というのも実にお粗末な感性だこと……あら、ごめんなさい? 決して派手に飾り立てないと貧相な中身が隠せないなどと言いたいわけではございませんのよ?」

 王太子の前なので声を荒げたりはしないけれど、荒れ狂う殺気は淹れたてのお茶さえ氷水に感じさせるほどに空気を冷やしている。

 王太子妃の座をかけた女二人のしのぎ合いは留まるところを知らない。剣士の決闘というより、猛獣同士の睨み合いのようだ。

 ダントンがヨシュアの耳元に囁いた。

(おい、いつも以上にひどくないか!? 今日は荒れ過ぎだろう)

(そうじゃない。いつもは他の者もやりあっているから、二人の対立が比較的目立たなかったんだ)


 そう、殿下ミシェルを挟んだ対立は嫁の問題だけじゃない。


 宰相令息たち女王指名者と、押しかけ新興貴族の主導権争い。

 騎士志望者と官僚志望者の、武と文の争い。

 やかましく分をわきまえろと言う者と、擦り寄り親密さをアピールしたい者。


 いつもはもっと多彩なトラブルの種があり、ぶつかり合う話題はどんどん入れ替わっていた。

 今日はそれらの揉め事が無い。

 そういうトラブルを持ち込んでいるのが、だいたいは謹慎している押しかけ組だからだ。

 結果。二人の侯爵令嬢は邪魔が入らないので心置きなく、「殿下の隣」をめぐって延々ドつき合っているわけだった。


(おいヨシュア、なんとか仲裁しろよ。場の雰囲気がひどすぎる)

(そう言う君こそ何か話題が無いのか!? この状況を変えられればなんでもいい)

(俺が口下手なのを知ってて、よく言うな。無理なく間に入れるか!)

 皆うんざりしているんだけど、恋愛? 問題だけに恨みを買わずに止めさせるのが難しい。空気を読まずに「俺が俺が」としゃしゃり出る連中はだいたい謹慎中だ。


 誰か何とかしてくれないか。


 誰もがそう思っていたところへ……うってつけの人材が登場した。




「おっぱようございまーす!」

 宮廷と思えない能天気に元気いっぱいの挨拶に、ちょうどカップを口に運んでいた者は文字通りお茶を噴いた。

「おっともう始まってるじゃないっすか! なによもー、声かけてくれたっていいじゃないっすか。ひどいにゃー」

「お、おまえは!?」

「いや、え? コイツ誰が呼んだの!?」

 

 今売り出し中の新人令嬢、リリス登場!


 もちろん誘われてない。

 ていうか宮廷のサロンに、呼ばれてもないのに来ちゃいけないという不文律ルールを知らない。

 リリスの感覚的に、王太子はじめ知り合いばかりだから参加しても良いと思ってる。


 自分たちの常識の外からやってきた珍獣リリスに出席者たちが混乱しているあいだに、底抜けのバカはさっさと余っている椅子を引っ張ってきて……さりげなく王太子とフローレンス侯爵令嬢レイラのあいだにどっかり座った。

「いやいや、どこでやってるのか分からなくてすっかり歩き回って喉が渇いたっす。あ、君。私にも一杯くれたまえ!」

 呆気にとられていた侍従がいきなり声をかけられ、思わず注いで差し出した。

 リリスはカップを受け取るとキュッと一気に傾ける。

「プッハー、もう一杯!」

「は、はい」

「んっふー、さすがに王宮じゃ良い茶葉使ってますなあ! なかなかいい腕ですにゃ! その調子で精進したまえい」

「はっ、ありがとうございます……」

 リリスに褒められ侍従も頭を下げるも、彼の瞳には?マークが浮かんでいる。なにしろそもそも、不意に乱入してきて大きな顔をしているコイツリリスが誰だか分からない。

 

 驚きで目を丸くした出席者が誰一人しゃべらない中、リリスが二杯目を半分ほど飲み干し……横に座っている侯爵令嬢レイラに気がついた。

「あれ? 知らない人……」

 そして小首をかしげ、彼女に聞いた。


「見ない顔っすね。新人さん?」


 家柄は王国有数。

 何年も王太子殿下の最も身近に侍り(本人視点)。

 高慢ぶりはカテリーナの上を行く(他者視点)。

 そんな社交界でも最も有名で有力なはずのレイラに、


 “見ない顔っすね。新人さん?”


「……………………誰が新人ですってぇ!?」

 激怒したレイラのちゃぶ台返しで、ティーテーブルが空を飛んだ。




「なんなの!? コイツはなんなの!?」

 もう王宮だということもミシェル殿下の前ということも頭からすっぽ抜け、レイラがリリスに噛みつく。

「だいたい、いきなりやってきて私と殿下のあいだに割り込むってどういう神経しているの!? あなた何様のつもりよ!?」

「そんな事を言われてもー」

 リリスは全く恐れ入っていない顔で、頭を掻いた。

「とりあえず顔が分かる知り合いの近くに座っただけっす」

 知り合いとは当然、王太子のこと。

「何をどう考えたら、そんな理由でこんな席次並び順の最前列へ割り込めるのよ!」

「はあ」

 理解不能な生物リリスの言動に錯乱しているレイラ。

 そんな彼女に、リリスは真面目な顔で尋ね返した。


「席次って、なんすか?」

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