第05話 悪役令嬢公認ヒロイン、爆誕!

 廊下から戻ってきたリリス嬢は、頭をぽりぽり掻きながら質問してきた。

「それでお嬢様、アタ……自分は何をしたらいいんすか?」

 「自分」を謙譲語だと思っているらしい。クララベルの指導折檻は一時間近く続いたが、リリスのマナーと言葉遣いは結局どうにもならなかったようだ。なんとか「親方」呼びだけ修正されている。

「スカウトされた時に、クララベルたちから聞いていないの?」

「はあ、道中馬車の中でこちらの姐さんがあれこれおっしゃってたんすけど……話が回りくどくて、よく分からなかったっす」

 侍女が「しまった!」という顔をするけど、受け手にも問題があるので仕方がない。

「すみませんお嬢様。のアレな方なので、まだ信の置けない段階でお嬢様のご要望王子様と婚約破棄したいを具体的に説明するわけにもいかず……」

 そんな話、他人の耳目があるところでストレートに切り出せるわけがない。

「まあ、仕方ありませんわね」

 カテリーナがため息をついていると、メイド服の男爵令嬢が顎をさすりながらもう一つ付け加えた。

「あとっすねぇ」

「まだあるんですの?」

「自分ひとまとめにドッと言われても、一度に三つ以上は覚えられないんす」

「それはあなたの頭の問題でしょう!? だったらメモを取るとかしなさい!」


 初対面の令嬢に切れ散らかしたカテリーナは侍女になだめられ、水を飲んで何とか落ち着いた。

「まあいいでしょう。私みずからご説明しますわ」

 侯爵令嬢はグラスを置くと、もう一度リリスを値踏みするように見つめた。

「あなたにやって欲しい仕事というのはですね……ミシェル王太子殿下を誘惑し、遊興にふけるように誘導して堕落させしめ、私との婚約を向こうから破棄するように仕向けさせるというものです」

「なるほど」

 侯爵令嬢の示した内容を聞き、リリスは難しい顔をしてへの字口で黙り込んだ。

「どうです? あなたにできまして?」

「うーん……」

 すぐには答えず何秒か考えこみ、ややあって顔を上げる。

「つまり、自分は何をやれば?」

「理解できなかったなら正直にそう言いなさい! あなたが王子を口説いてメロメロにさせて、私との婚約を無かったことにさせろって言ってるのよ!」

「なんだ、親か……お嬢様。そうならそうと、最初からそう言ってくださいよお」

「言ってるでしょうがぁぁぁ! 本当に、もう……コイツの相手をしていると頭の血管が切れそうですわ……!」

「お嬢様、しっかり! なんかしんどそうっすね。更年期っすか?」 

「十代で更年期になるかぁああ!?」

「なんでもいいけど、健康の為にはあんまりカッカしない方が良いっすよ? お金くれる前に倒れられちゃ困りますからね」

「あなたにだけは言われたくありませんわ!?」


 血圧が急上昇して侍女に制止されたカテリーナに変わり、女性騎士ナネットがリリスに尋ねた。

「殿下を騙すことになるが、その辺りは大丈夫か?」

 王国貴族でありながら、王太子をたぶらかす企みに乗ることになるが……。

 それができるのかと騎士が覚悟を確認しようとしたら、男爵令嬢は軽ーい口調で自信満々に胸を叩いた。

「ご安心を! このリリス・バレンタイン、お給料さえいただければドブさらいだろうが便所掃除だろうが十二分に活躍して見せるっす! だから給料はずんで下さい」

「いや、王家を謀ることについては……」

「あ、そういう話? まともに給料もくれない王家に義理はないっすよ」

「いや、所領を安堵されているだろ? おまえの家は父親が使いこんでいるだけじゃないのか?」


 とりあえず、この男爵令嬢がやる気十分なのはカテリーナにも分かった。

 オツムが軽い分、危ない橋を渡ることにも躊躇は無さそうだ。ただ単にモノを深く考えていないだけかもしれないが。

「そんで、自分はまず何をやればいいんすか?」

 高額な報酬を約束されて鼻息が荒いリリスの問いに、復活したカテリーナが本を見ながら答えた。

「まずは王宮へ参内してウロチョロしなさい。王太子殿下と親しく話せるようにきっかけを作るのよ」

「その本、なんすか?」

「婚約破棄の流れを書いてあるマニュアルよ」

 自慢げに渡してくるカテリーナの後ろで、侍女と騎士が何とも言えない顔をしている。

「んん?」

 後ろの二人が気になりつつも、リリスは受け取ってタイトルを読んでみた。


『まさか私が王子様と!? ~ド底辺の令嬢、愛のない婚約に悩んでいた王子と運命の出会いで玉の輿・禁断の恋は一気に燃え上がる~』


 侯爵令嬢が「マニュアル」と称しているのは、愛読している少女小説ラブ・ロマンスだった。

 リリスはパラパラ流し読みしてみる。

「えーと、これは要約すると……逆境の中で貧しくとも清く正しく生きる男爵令嬢が、うっかりミスでたまたま通りかかった王子様と知り合う、と」

「そうそう」

「んで、王子様はエキセントリックな許嫁の公爵令嬢と付き合うのに疲れてて、儚げで心優しいヒロインに惹かれて道ならぬ恋に花が咲く」

「その過程が微笑ましくてなんとも良いのですわ!」

「二人の仲がバレて酷いいじめを受けるも、けなげなヒロインはいじめに耐え、事態に気がついた王子がいじめていた悪の令嬢たちを断罪、二人は晴れてハッピーエンド」

「急転直下からの息もつかせぬ展開が泣けるのですわ!」

「はー、なるほど」

 男爵令嬢はなるほどと頷いた。

「この本、断罪される側のお嬢様が読むような本じゃないんじゃ……」

「な、何を言いますの!? 私が何読んだっていいじゃない!」


 仕切り直したカテリーナがワザとらしく咳をした。

「とまあ、の通りにやればいいのですわ。どう? 何か言いたいことはございまして?」

「そうですねえ」

 リリスはちょっと考えて、カテリーナに答えた。

「貧乏やいびりに耐えるヒロインはまさにアタ……自分そっくりで共感できるっすね」

「よくそんな厚かましい事を言えますわね」

「でもこの王子様、自分のカノジョがいじめられてるのに腰が重すぎません?」

「お、王子は公平ですから断罪にも慎重なんですの!」

「この男爵令嬢も貧乏と不幸に耐えて来たとか言うわりには、なよなよしててバイタリティ無さ過ぎっすね。不幸な自分に酔ってるだけなんじゃ」

「あなたがふてぶてしいだけです!」

「そんでお嬢様もこういう話が好きなら、婚約破棄の教材にするより自分磨きのほうを真似したらいいのに。なんで悪役令嬢の行動をパクってるんすか」

「そっちを真似してるわけじゃないのよ!? 今までのイメージってものがあるの! 高位貴族の息女って言うのはこういうものなの! ヒロインみたいな可愛いだけの生き物にはなれません!」

「というか、そもそもっすね。こういう本で妄想をたくましくしなければ、余計な気を回して自分から婚約破棄なんてしなくても済んだのでは?」

「私のことはどうでも良いから! 誰が私の講評をしろといいました!?」

「はあ……」

 真っ赤になって言い訳しているお嬢様カテリーナの後ろで、侍女と騎士が深刻そうに頷いている。

「ちゃんと言ってやればいいのに……上司に気軽に意見できる空気じゃないのかな? 大きなところに勤めるって大変……」

「何を言ってますの?」


 侯爵令嬢がビシッとリリスを指さした。

「今は私よりあなたです! どう? やるべきことは分かりまして?」

「そうっすね……」

 鼻息の荒いお嬢様に詰め寄られ、リリスはぱたんと本を閉じた。

「いきなりマニュアル渡されても、こんなにたくさん覚えられないっす」

「クララベル! 作戦中はこのバカに張り付いてちょうだい!」



   ◆



 この「陰謀」に加担するを分かっているのかどうか。

 男爵令嬢は「うっひょー、金貨様にお会いできる日も近いわー!」などと叫びながら、スキップしそうな足取りで帰って行った。


「という感じで、は帰りました」

でも、一応爵位のある家柄なのよ? 一応敬意を払いなさい」

「それは分かっているのですが……」

 あんなのに「様」をつけていいものなのか悩んでいる侍女に、カテリーナもそう思うので強くは言わなかった。侯爵令嬢という立場上、一応だ。

 カテリーナは「マニュアル」の背表紙を一撫でし、そっと棚に戻した。


「……これで、ミシェル様は自由になれるかしら」 


 ぽつりとこぼれた主の言葉に。

 侍女は思わず言いかけた反論を寸前で飲み込み、ちょっと考えて別の言葉を口に出した。

「王太子殿下が、リリス嬢に惹かれるものでしょうか? ゲテモノ過ぎると思いますが」

 「様」を付けるのは諦めた。

「他に「ヒロイン」役が見つからない以上、とりあえずアレに頼るしかないわ。それにかなり頭のおかしな人だけど、顔は割と良かったじゃない」

 カテリーナは一回言葉を切り、もうひとこと言い添えた。

「……あの縦巻きロールは『ない』と思ったけど」

「確かに化粧をすれば見栄えはするかとは思いましたが……髪型は絶望的ですね」

「あんな『いつの時代のお嬢様イメージよ!?』って言いたくなるセンス、現実にいると思わなかったわ」

「こんな生活していても令嬢だぞ! ってアピールでしょうか」

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