第32話 今夜はぱーりない!
慌ただしいパーティの準備の中で、クララベルは酒瓶を運ぶリリスを捕まえた。
「リリスさん!? なんでこんなことになってるの!?」
「ちょっと遅れてますけど、ちゃんと時間には間に合わせるんで心配ご無用っすよ! 宴会場のセッティングは
「準備の進捗じゃなくって、パーティ自体のほうよ!?」
宮中でのお茶会で、
今晩王太子殿下がいらっしゃるといきなり言われ、侯爵家は上を下への大騒ぎになった。いくら有力な貴族家でも、王子様が訪問する事なんか滅多にない。あと数時間で来ますとか言われても対応できない。
「侯爵様も、急なことで慌てていらしたわ」
「お嬢様のパパさんっすか? 最初に王子様に挨拶したら、後は引っ込んでてもらった方が良いっすよ? 無軌道な若者の無礼講なんだし、親は邪魔邪魔」
「無軌道なのはあなただけよ……」
警備の打ち合わせから帰ってきた
「なんとか受け入れの方は間に合いそうだけど……何をやらかしてるんだよ」
「いきなりなんすか。アタシが何をしたと?」
「懇親会をいきなり宣言したの、おまえだって話だよな!?」
懇親会の趣旨について聞かれたリリスは、三人のカップに酒を注ぎながら唇を尖らせた。
「お嬢様はあれこれ先走って考え過ぎなわりに、ちゃんと確認取ってないんすよ。聞く前に怖くなっちゃって自分から引っ込んじゃうんだから」
ちなみに、さりげなく客用の良いワインを注いでいる。意外と抜け目ない。
「だからここはひとつ、リリスちゃんが腹を割って話せる場を用意しようと! そういう訳っす」
「それで侯爵邸を許可も取らずに宴会場にしたのかよ……いい度胸してるな、男爵令嬢」
「これしきの事で褒められると照れるにゃー」
ツッコミ待ちな
「そんな期待通りに行くかなあ」
「でもこのままじゃ、にっちもさっちもいかないのも事実なのよね」
じつのところカテリーナが立てた「王太子から婚約破棄をしてもらう」計画は、すでに前提条件が崩れているので意味が無くなっている。
カテリーナが自ら王太子の元を離れようとした原因は、自分の悪評が宮廷中に流布しているから……というものだったが。
「アレやっぱり、
「だろうなあ。あの一派が宮中に出て来れなくなって、露骨に消えたものなあ」
「ここでお嬢様が持ち直してくれれば、万事解決なんですけどね」
「ホッとしてお茶会でも呆けているぐらいなんだから、お嬢様も素直に喜べばいいのに」
流布していた陰口は、足を引っ張りたいグループによる工作だった。
特定人物がいないと急激に悪評が消えた事で、それが白日の下に晒されたと言っていい。だからカテリーナは胸を張って歩いて良さそうなものだけど……。
「それでも、自分で『火の無い所に煙は立たない』って思っちゃうのがお嬢様なんだよなあ」
そのうちに、またそういう噂が立つかも……。
そうなることを恐れて、カテリーナは計画の撤回を未だにしない。
「
「前も言ったけど、家臣としてコメントしにくい事を言わないでよ……」
「ほんとにな……」
「それがなんでミシェル王子の前でだけ、臆病で傷つきやすくて優柔不断で言いたい事も言えない乙女になるんすかね?」
「だから、それを家臣の我々に言わないで……」
「それがイイんじゃない!」
一杯飲みきったリリスがカップを置いた。
「要するに、キモイ」
「言っちゃダメ!」
「お子様なリリスには、あの良さはわっかんないかなあ~」
「お嬢様よりこの
リリスが酒瓶をドンと三人の前に置いた。
「あのままじゃダメっしょ。王子と結婚するんだか諦めるんだか分からないっすけど、お嬢様にはちゃんと話し合ってもらう必要があるっす!」
「それは分かるけど……今なんで、
「
「それで会場を
「宮中で殿下の許嫁が泥酔なんかできないものね……」
◆
「ああもう、なんで急に我が家に殿下をお迎えすることに……」
何度も身だしなみを確認しながら、カテリーナはそうこぼした。
「ホントはお家デートが嬉しいくせに~」
「ナネット! このアホを部屋にまで入れないで!」
「すみません! いつの間にかするっと入って来ちゃうんです!」
「アタシは猫か」
「そんなかわいいもんじゃない」
女騎士につまみ出されて行く男爵令嬢を横目に、ドレスの着付けを手伝いながらクララベルが主に囁いた。
「偶然と言いますか、
「クララベル……」
どちらかというと大人びた容姿のカテリーナが、泣きそうな顔でキュッと唇を引き結んだ。
「ハアハア……お嬢様の思いつめた顔がまた……グヘヘヘヘ!」
「またキャラに無い乙女ぶりを無駄に発揮して~。そういうキモイのは
「クララベル! この二人をつまみ出して!」
身だしなみを整え終わり、あるだけ出したドレスをクララベルが片付けているあいだ。後は来客を待つだけのカテリーナは悄然と椅子に座り、何度も読み返している
「……私はこのヒロインにはなれないわ」
高位貴族の令嬢として幼い頃から気高くあれと叩き込まれ、内心は包み隠して淑女の仮面をかぶるのを当たり前としてきた。スプーンの上げ下げにも気を使い、自分にも他人にも厳しく貴族であることを要求してきた。
……今さら素直で可愛く心のままになど、できるものか。
「……お嬢様」
それを見守るクララベルも、その一言に込められた想いの重さに何も言えなくなる。「するべき」と「あるべき」の葛藤はよく分かる。
カテリーナの一番身近にいる者として、クララベルも個人の思いと侯爵家使用人の立場が心中でぶつかり合っているのだ。
なんて二人が思っているところへ。
悩む乙女たちの複雑な心理を軽々超えてくるのが……一人いた。
「んもうお嬢様ったら、かったいにゃー!」
「外へ出しておけと言ったでしょう!?」
「すみません! つまみ出したのですが!?」
またもやするりと潜り込んできたリリスは、カテリーナの手から
「王子様達が来るまで暇でしょ? 新しい本を持って来たんで、これ読んで時間を忘れるのが吉っすよ! いつものだとスジが分かっちゃってますからね。知らない物語の方が入り込めるっすよ!」
「あ、ああ……まあそれも一理ありますわね」
グイグイ来るリリスに押されて思わず受け取った本をカテリーナは眺めた。
『氷の公爵夫人は炎の騎士に融かされる ~冷えた生活に心も凍った美貌の淑女は荒ぶる情熱に身も心も焙られ、めくるめく禁断の恋に焦がされる!~』
「これも恋愛小説? テーマが不倫だなんて不謹慎な……」
「お嬢様が愛読している少女小説と内容は大して変わんないっすよ。要するに不遇な身の上のヒロインが、一途に愛してくれる男にメロメロな話っす」
「まあ、そう思えば……」
確かに手持ち無沙汰では色々考えてしまう。リリスの言うとおり、初めての本を読んで時間を潰すのもいいかも知れない。
「ただ、一つ違うのは」
リリスが可愛らしくテヘッと笑った。
「お嬢様が読んでいるヤツより対象年齢高めなので、一歩進んだ内容ってところっすかね」
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