第7章 彼氏彼女は理解が足りない

第31話 晴れ晴れとした寒々しさ

「しばらくは家で、おとなしくしておれ」


 父侯爵からそう申し渡されたレイラは反発した。

「なぜですの! 参内を慎めだなんて……まるで謹慎ではありませんか」

「まるで、ではなく謹慎だ」

 厳しい顔の侯爵は、疲れたように深いため息をついた。

「おまえが気に食わぬどこぞの馬の骨を襲撃させようと、執事に命じて手配りした事が明るみに出た。それも、当家の家臣が逮捕されてハッキリと身分を明かしてしまってな。今わしは宮中で、それについてお叱りを受けて来たのだ」

「それは、貴族にあるまじき痴れ者を懲らしめようと……!」

「街で暴漢を雇って闇討ちさせようなどと言う計画を、正しい行いだったなどと主張すれば恥の上塗りだ! そんなことも分からんのか!」

「しかし!」

「しかしはない!」

 なおも言いつのろうとするレイラに侯爵は怒鳴った。そして一呼吸おいて、声のトーンを落として言い聞かせた。

「……良いかレイラ。わしは今、女王陛下から『あまりに思考が幼稚である』と叱責を受けてきた。陛下にだぞ? もうそこまで報告が上がっているのだ。これがどういうことか分かるな」

 父の言いたいことが分からず黙り込む娘に、侯爵は残念な結論を伝えた。

「……陛下は、王太子妃におまえはあり得ないと断言されたという事だ。たとえ今後クロイツェルの娘がはずされたとしても、おまえに許嫁の地位が転がり込んでくることは無い。先に失格したわけだからな。むしろ……表に傷がつかぬよう、内々に申し渡して下さったのは温情と言える。しばらくは家で勉強に励んでおれ」


 父が席を立って出て行った書斎で、レイラはがっくりと床に膝をついた。

「そんな……そんなっ!? ……あ、ああ……ああああああああ!」




 扉を閉めた途端に中から聞こえて来た嗚咽に、侯爵と執事長は苦い表情で唇をかみしめた。

 そして。


『カテリーナのクソヤロウめ!? ああああ、あんただけイイ目を見やがるなんて!? 許さない! 絶対許さないわ! 殺す! ぶっ殺す! あの余計なチャチャを入れたクソ生意気な縦巻きロールリリスも許さない! 絶対にぶち殺す! うわああああああ、殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す!』


「教育を間違ったのは分かっておるが……どこの段階でだろうなあ……」

「絶対に目を離さないように、見張りに申し付けておきます……」



   ◆



「いやあ、すっかり殿下の周りも様変わりしたな」

 ニコニコ顔の宰相令息ヨシュアが上機嫌で手ずから茶を入れるのを見て、リリスは騎士団長令息ダントンの袖を引いた。

(なんか、ムッツリメガネのご機嫌がおかしなテンションなんすけど。あれはいったい、なんすか?)

「ああ、我ら王太子殿下の取り巻きの数ががくんと減ったんで、細かい諍いごとが大幅になくなってな。残っているのが昔から付いてる気心の知れてるヤツばかりだから、アイツもだいぶ気が楽になったんだよ」

「その程度の悩みで潰れているようで、将来宰相なんかやれるんすかね?」

「う、うるさい!」

「そもそも宰相って初対面の相手にもいろいろ指図する仕事なのに、古なじみばっかで気が楽とか言ってるような人見知りで大丈夫っすか?」

「そういう訳じゃないからな!? それだけでストレス抱えていたんじゃないから!」

「王子様の取り巻き筆頭として、リリスちゃんもボッチメガネの事が大変心配っす」

「誰が取り巻き筆頭だ!? というかおまえこそ、なんでさりげなく側近の輪に混じっているんだよ!」

「ボッチメガネは否定しないんすね」




 そんな感じにメガネと縦ロールが騒いでいたのに、カテリーナが一人呆けている。

「ねえダントン、リナちゃんはどうしたっすか?」

「カテリーナ嬢をリナちゃんて、おまえ……というか、なんでなんでも俺に聞くんだよ!?」

「アタシの舎弟だから」

「いつから俺が子分になったんだ!? てかおまえ、うちの親父騎士団長は伯爵格なんだぞ? その息子を男爵家の令嬢が、なに顎で使うような真似を……!」

「父ちゃんの肩書ちらつかせないと威張れないんだから、ダントンは小者だにゃー」

「ああああ! ああ言えばこう言いやがる!」


 そんなカテリーナに、王太子ミシェルが微笑みかけた。

「どうしたカテリーナ。なんだか気が抜けたような顔をして」

「殿下」

 ハッと居住まいを正して座り直すカテリーナ。

 優しく微笑み膝を寄せるミシェル。

 『お静かに!』のプラカードを掲げるリリス。

 首根っこを掴んで端に引き寄せるヨシュア。

「何だか配役が複雑すぎる」

(おまえも音量を押さえろダントン!)


「不要な心配をおかけいたしまして、申し訳ございません」

「なに、君が普段に無い様子だったからな。不調であるなら心配だ」

(固い! 両方固いですにゃー!)

(やかましい、黙ってろ!)


「体調に問題はございませんわ。殿下が気になされるほどのことでは……」

「それならばいいのだが。何かあればすぐに言ってくれ」

(リナちゃんったら、なんでそこで引くかな!? 殿下も押しが全然足らない!)

(だから、余計なことを言うんじゃない! 殿下に不敬だぞ!)


「それより、お時間はよろしいのですか? 次のご予定があったはずでは……」

「うむ、あー……そうだな」

(なってない! なってないよリナちゃん! 弱ったアピールからの誘い受けに持ち込む流れで、なんでせっかく乗っかってきた王子様を押し返しちゃうかな!)

(おい、いいかげんにしろよ!? 殿下と許嫁の会話を覗き見るとか)

(ヨッシーこそ、このアホなコントを見てなんとも思わないっすか!? これは悩みを打ち明けると見せかけて次回二人きりで会う約束を取り付けるところでしょ? お行儀云々の話じゃないっすよ! あんたの将来も関わるんだから、もっと我がことのようにさあ!?」

「それはそうなんだが、立場とか将来とか以前に恋人の会話に他人があれこれ言う事自体がどうかと……」

「甘い! アレが恋人のラブい会話に聞こえるっすか!? 業務連絡にもなってないっすよ! 『他人が立ち入っちゃダメ』なんてのんきに構えてて、破局したらどうするんすか!」

「分かってる! それは分かってるがな、それにしても非常にデリケートな話なんだから」

「おいヨシュア、リリス嬢」

「なんだダントン!」

「今大事な所なんす! ポチは黙ってろ!」

「誰が犬だ! じゃなくて!」

 ダントンが青いような、赤いような微妙な顔色で黙っている王子と令嬢を指した。

「大声で怒鳴り合ってるから丸聞こえだぞ」


 ……。


 リリスがパンパン手を叩きながら立ち上がった。

「はいっ、それじゃー王子様も今から他の仕事があるらしいんで、一旦解散にしまーす!」

「何おまえが仕切ってる……」

「そんで! 夜にあらためて二次会っつーか懇親会を開きたいと思いますので! 日が落ちるまでに、リナちゃん家にもーいっかい集合ねー!」

「…………はぁっ!?」

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