第33話 リリスちゃん、本領を発揮する

 リリスの意味ありげな一言。

「ん? それってどういう意味で…ほわああああ!?」

 その引っかかる物言いに、カテリーナは本に目を通しながら聞き返しかけ……二ページ目からの記述に絶叫した。

「え? ちょっ、何これ!? 冒頭から二人が……キスから先に進んじゃってるのだけど!?」

「そういう恋愛小説っすから」

 リリスは平然と言うけれど。

「いや、ちょっと待って!? あの、ベッドに入った後まで記述が続いてる!?」

「この小説はメインっすから」

「ひゃああ!? 二人ともふしだらな!? な、なんていかがわしい本なんですの!?」

 なんて口では非難しているけれど、カテリーナは一向に本を閉じない。

 そんな初心な侯爵令嬢が大人の世界にのめり込む様子を、下卑た顔でリリスが見守る。

「ヒョッヒョッヒョッ! お嬢様、まったくですにゃあ」

「あなたね……」

 真赤になって食い入るように読んでいるカテリーナから目を離し、半眼のクララベルは得意げなリリスを振り返った。

「あんなの、どこから持ってきたのよ」

ポンコツナネットの愛読書っすよ。アイツ、“公爵夫人と炎の騎士”を“侯爵令嬢と女騎士”に読み替えて毎晩グヘグヘ言ってるんす」

「ナネット……!」

「呼んだ? ……えええ!? リリスがいつの間に!?」

 侍女に名前を呼ばれひょっこり顔を出した騎士が、探していたリリスが室内にいる事に驚愕する。

 それと同時に……主の持っている本を見て血相を変えた。

「あれ、その本? ……あっ、それ私の秘蔵の!? 待ってよ、趣味がバレちゃう!」

「安心しなさい、前からダダ漏れよ……それにしてもリリスさん、なんてモノをお嬢様に読ませるの……」

 イイ笑顔のリリスが親指を立てた。

「お嬢様は箱入り娘だから、きっとこういうのアダルトに慣れてないと思ってたんすよ。殿下が来る前にまずおくっす」

「趣味悪いわね!」

「趣味が悪いのはこんな本で妄想しているポンコツでしょ」

「やーめーてー!」



 

 侯爵家の者がずらりと並ぶ中、車寄せに付けられた馬車からミシェル王太子が降り立った。

 王太子は歓迎する侯爵夫妻とにこやかに握手を交わすと、なぜか恥ずかしそうに視線を合わせない侯爵令嬢に話しかけた。

「カテリーナ、半日ぶりだ。別れてすぐに合うのも妙な感じがするな……どうした? 横を向いて」

「あ、いえ、あの……リリスさんが『男はみんなこうですよ』なんて囁くものですから……」

「うん?」



   ◆



 あくまで私的な集まりだという事で会食の席は、パーティーホールではなく応接間に机と椅子を増やして準備が為された。お茶会の流れで席次も適当、壁際やテラスにも椅子が用意してある。

「うんうん、イイ感じっすよね」

 その設営の指揮を(なぜか)取ったリリスが満足げに頷く。

「くだけたグループ交際の場に見せつつ、盛り上がったカップルだけが二人っきりの世界にしけこむと」


 酒が入って盛り上がり個々におしゃべりする雰囲気になったら、カテリーナと王子様を隔離して二人だけでじっくり話し合ってもらう……そういう筋書きだ。

 やる気を見せるリリスの肩を、白けた顔のナネットがつつく。

「いや、でもさ……いるの圧倒的に男なんだけど」

 余計な取り巻きを一掃しちゃった&呼んでないので、今日参加する女性はカテリーナだけ。

 グループ交際も何も……メインの二人を除けば、男だけの飲み会だ。

「しかも基本は『王太子殿下を囲む会』だからね。主賓の殿下がいなくなっても分からないなんてことにならないんじゃ」

 ふむ、とリリスはちょっと考えた。

「となると、お邪魔虫ども男性陣の注意を殿下からそらす必要があるっすね。……ナネットさん、ちょっと胸元開けてお酌してまわってよ」

「嫌だよ!」

「まあそれ色気は元々ナネットさんに期待して無いからどうでもいいや」

「おまえ、させる気もないなら最初から言うな……!」

 なぜか殺意を沸かせている女騎士は放置して、リリスは準備ができてる会場を眺めまわした。

 いま玄関でカテリーナたちが来客を出迎えているから、この部屋にすぐに皆通されてくる。

「……よし」

「なんか思いついたの?」

「『金の卵』亭でおぼえた居酒屋のノウハウを駆使するっす」

「ろくでもない事なんだな」




 付き合いの長い者だけの気軽な宴会は、明るくなごやかな雰囲気で始まった。


 社交界と違い、気を張る神経戦もない。

 王宮みたいに油断できない廷臣の目もない。

 リリスの指導で用意された下町風の料理も珍しく、気後れしていたカテリーナでさえ楽しそうに飲んでいる。

 クララベルが給仕用の小部屋から、中の進行を確認する小窓を覗いてつぶやいた。

「今のところ、イイ感じに進んでいるわね」

「そうし向けたっすからね」

「……何を仕込んだの?」

 すごく嫌そうに言う侍女に、リリスが覗き窓から見えるテーブルを指さした。

「ワインに香りが変わらない程度にブランデーを混ぜたっす」

「酒をさりげなくキツくしたのね……」

「そして料理はどれもお貴族様が普段口にするものより、塩が強めっす」

「喉が渇いて酒が進むように……あなたの元勤め先、どういう商売していたのよ!?」

「酒を水で割るような経営方針の商売っす。さて、そろそろ出番っすね!」 

「今度は何をやる気よ」

「ふっふっふ、リリスちゃんダテに酒場で働いちゃいませんぜ。場を盛り上げてどんどん酒を飲ませるっす!」



   ◆



「ホントにやっちゃったわ……」

 クララベルは呆れてつぶやいた。


 ある程度酒が回っているところへさりげなく乱入したリリスは、おだてては飲ませ、宴席の遊びミニゲームの罰ゲームで飲ませ、空きかけのグラスに無理やり注いで乾杯して……まだそんなにアルコールに慣れていないだろう若者たちにガンガン飲ませた。

「なるほど、あの邪魔な新興貴族のボンボンたちも喰われるはずだわ……」

 その時は「金の卵」亭自分のホームグラウンドへ誘い込んでいる。余計にやりやすかっただろう。

 侍女が覗き窓から見ている中、リリスがいよいよ王太子とカテリーナに声を掛けた。

『おや、カテリーナさんがもう半分おねむっすね。殿下、良ければ控室に長椅子があるんで運んでやってくれませんかね?』

『なっ、リリスさん、私はまだ全然……!』

『そう言ってる足元がふらついているっすよ?』

 ふらついているも何も、キツい酒を飲ませたのはリリスだ。

『ほかの男性に触らせるわけにもいきませんし~』

『ふむ、そうだな。カテリーナ、立てるか?』

『で、殿下のお手を煩わせるわけには……』

『嬉しい時はちゃんと言いましょうね~、はいご休憩ルームごあんな~い!』

『リリスさん!?』


「……太鼓持ちヨイショ係だけじゃなくって、やり手婆買春窓口もやってたみたいな手口ね……」

 手慣れた様子で王太子たちを誘導していく男爵令嬢を見送り、侍女も腰を上げた。こちらの部屋の給仕はメイドたちに任せ、主目的恋愛成就が成るかどうかを見届けなくては……。


 ふと、クララベルはもう一人がいない事に気がついた。

「あら? そう言えばナネットは……」

 見れば給仕の準備室の片隅に、泥酔した女騎士が転がっている。

 ご丁寧に、額にメモまで貼ってあった。


『お嬢様が口説かれている現場に乱入しかねないので、起こさないこと!』


 誰がやったかなんて一目瞭然。

「……本当に、気が利く仕事ぶりだわ」

 侍女は当然騎士を起こさずに、準備室をそっと出て行った。


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