第34話 めでたしめでたし……からの

 控室というわりに距離を歩かされて着いた部屋は、カテリーナ自身の私室だった。

「えっ!? ちょっとリリスさん、ここは!?」

「寝ちゃうのなら自分の部屋の方が良いかなあって」

「わ、私のプライベートな部屋を見せるなんて、恥ずかしい……いや、殿下ゲストがおられるのに家主ホステスが勝手に休むなど……!」

 体面に関わると慌てる侯爵令嬢をボケっと眺めているリリスが、人差し指で頭を掻きながら軽ーく言った。

「じゃあ、一緒に寝ちゃえば?」

「……はい?」

「ベッド広いんだから、一緒に寝ちゃえばいいんじゃないっすか?」

「は……はああああああっ!?」

 アホ男爵令嬢の言葉の意味を理解したカテリーナは素っ頓狂な声を上げて驚くけれど、目の前のリリスは平然としている。

「夫婦になったら化粧前の顔も見られるんですぜ? 今日は予行演習って事で、一緒に朝を迎えちゃいなYO!」

「何を言ってるんですの!?」

「だいたいソレに比べれば、意外に少女趣味な装飾やクソ恥ずかしい日記帳を見られるぐらい、なんでも無いっしょ」

「いちいち言葉に棘がありますわね……いいえ、それより!」

 カテリーナはミシェルの様子をちらっとうかがった。

 王子様は壁に飾ってある絵を見ながら、「カテリーナの部屋に入るのも久しいな……十何年ぶりだろう?」などと懐かしさに浸っている。

(リリス! あなたを雇ったのは殿下を誘惑させるためですのよ!? なんで私と殿下のあいだを取るようなことになっているのです!)

(そう言われましてもにゃー)

 リリスは頭を掻きながら王子の後ろ姿を見る。

(本当にそれでいいんで?)

(私はそう命じたのですよ!)

(でも、未練たらたらじゃないっすか)

(それは……その未練を断ち切る為にあなたをと……!)

(そいじゃあお聞きしますがね?)

 リリスがカテリーナの目を覗き込んだ。

 普段の態度に似合わぬ真面目な目つきは、カテリーナの心の奥底まで見通しているような真摯なものだった。

 思わず喉を鳴らしたカテリーナの耳に、そっと囁くリリスの声が重たく絡みつく。


(お嬢様の人生は、許嫁を辞めたってずっと続くんですよ? この後三十年も四十年も、殿下の横に他の女がいるのを眺め続けていたいんですか?)


「!」

 その様子が目蓋にありありと浮かび、カテリーナは思わず叫びそうになった。けれど囁かれているあいだ息を止めていたので、幸い声にはならなかった。

 激しくバクバク言っている心臓を押さえて深呼吸しているカテリーナに、またへらへらした笑顔になったリリスが親指を立ててみせた。

(そいじゃ、あっしは宴会場に戻るっす!)

(ちょっ、待ってよ!? ミシェル様と二人きりだなんて……!)

(その為のお嬢様の部屋でしょうが。んじゃ、健闘を祈るっす!)


「そいじゃ王子様、宴会長官盛り上げ係はパーティに戻るんで、カテリーナさんをよろしくっす!」

「うむ? うむ、ごくろうだった。こちらはまかせてくれ」

「へいっ!」

「ちょっ、本当に!?」

 カテリーナが慌てるけど、リリスは本当に行ってしまうつもりだ。

「本当にカテリーナさんをよろしくっす!」

「うむ? わかった」

「リリスさん!?」

「マジで! ホントに! 最低四時間は人払いをしときますから! チョロインだけどネンネちゃんだから手間かかりますんで! そこを踏まえてよろしくっす!」

「あー、えーと?」

「リリスッ!? さっさとどっか行きなさい!」

 


   ◆



 本当に二人きりにされてしまい、呆然としているカテリーナの横にミシェル王子が座った。

 王太子は柔らかく微笑んで、そっとカテリーナの手を握った。

「思いがけずカテリーナとゆっくりできる時間ができたな」

 いいえ、計画的です。

「最近ずっとカテリーナの元気が無いのが気になっていた。どうしたのだ? 私に言ってみてくれないか……できる事なら何でも協力しよう」

 まさか婚約破棄して下さいとは言えない。

「その……私は……」

 (ここまでの流れがヒド過ぎて)言いよどむカテリーナの両手を、ミシェルが同じく両手でしっかりと包んだ。

「君とは幼いころからずっと一緒にやってきた。そしてこれからも、君と共に歩んでいければと思っている。君が何か思い悩んでいるのなら、それを私にも分かち合わせてもらえないか」

「殿下……」

 カテリーナの頬を熱いものが流れ……知らず知らずのうちにずっと心の重荷になっていたアレコレを、カテリーナは愛しい王太子に話し始めていた。



   ◆



「よっしゃ、やっとお嬢様が陥落っすね!」

 もちろん宴会場には帰らず、覗き見しているリリスであった。

「あなたも大概悪趣味ね」

 一緒に続きの間から部屋を覗くクララベルが呆れたように言うが……。

「そういうクララさんだって覗いてるじゃないっすか」

「私は良いのよ。お嬢様の侍女だもの。呼ばれたらすぐに伺わなくちゃならないんだから」

「うわ、ずっるー」


 カテリーナは泣きじゃくりながらずっと抱えていた想いを話し、ミシェルはそれを真剣に聞きながら優しく慰めている。

「まとまりましたねー」

「七転八倒の結果だけど、お嬢様に一歩踏み出す勇気が出来て本当に良かったわ」

「全くっすね。思いっきり仕込みまくってやっとっすもんね。いやあ、あんまりに頑固なので苦労させられたにゃー」

「……はい?」

 微妙に認識がずれている感じがする。

 クララベルは一人納得しているリリスを睨んだ。

「もしかして……今何かやったの?」

「何かも何も」

 リリスもクララベルを見返す。

「お嬢様の臆病ぶりは筋金入りっすからね。こっちも対策を色々講じたっす」

「何を?」

 リリスが指折り数え始めた。

「お嬢様と王子様の酒は軽く感じるけど実は強い酒にして、知ってる限りの興奮剤と媚薬を搔き集めてブランデーに漬け込んだ濃縮エキスをたっぷりぶち込んだっす」

「それはもう、一服盛ったってレベルじゃない……!」

「だからあの二人、そんなに酔ってないように見えてべろんべろんっす。もう判断力ダダ下がり。それぐらいしないとお嬢様のクヨクヨ後ろ向きな性格ははっちゃけないっすよ」

「それはそうだけど……!」

 うめく侍女に、リリスは部屋の中を指さした。

「さらに量を飲ませたうえで、お嬢様の部屋には興奮を誘う怪しいお香を焚き込みました」

「この甘ったるい香り、あなたのせいなの!?」

「あ、あんまり嗅がないようにしてくださいっすね? クララさんにいきなり押し倒されても、アタシ心の準備ができてないっす」

「誰がしますか!」

「でも、ほら」

 嫌な予感がして、クララベルがリリスの指し示すカテリーナの部屋を覗いたら……。


『あ、ミシェル様、待って……!?』

『すまぬ、カテリーナ……おまえが愛おしくて、止まらない!』

 誠実で真摯な王子様が、許嫁を押し倒していた。


「嫌よ嫌よって言ってるけど、お嬢様もノリノリっすね」

「あなた……なんてことを……!」

「まさかそこまでしといて、お嬢様もまだ別れたいなんて言わないっしょ。酒が抜けてもこれで安泰っす」

「別の問題があると思うんだけど……」

「結果は出たんだからいいじゃないっすか」

「途中経過がヤバすぎるわ!」



   ◆



 王太子と侯爵令嬢が本格的にしまったので、クララベルはまだ覗きたそうなリリスを追い立てて離れた他の部屋に移った。

「これでまあ、なんとかなりましたかにゃー」

「そうね。ずいぶん初めと話が変わっちゃったけど」

 破天荒な男爵令嬢のおかげで、かなりおかしな成り行きになってしまった。

「どうなる事かと、何度もヒヤヒヤさせられたわ……」

「にゃはは。これもリリスちゃん活躍のおかげっすね!」

「そのおかげでどれだけ苦労させられたことか……でも、確かにあなたはよくやってくれたわ」

「おおっ、もっと褒めてくれてもいいんすよ!?」

「そうね」

 鼻高々に笑うリリスを呆れた様子でクララベルは眺め……。

「だから死んで頂戴」

 スカートの中に仕込んであった剣を振るい、侍女は男爵令嬢を抜き撃った。

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