第25話 Shall we dance?

「誰なの!? こんな常識しらずの田舎者を呼んだのは!?」

 金切り声でフローレンス侯爵家令嬢レイラが怒鳴るが、それに応える者は誰もいない。だって、誰も呼んでいないから。

 血走った目で睥睨する令嬢に誰も何も言えない中、呑気に二杯目を飲み干した男爵令嬢が彼女の背中をポンポン叩いた。

「まあまあ、ちょっと落ち着きなさいって」

 高位貴族目上を、上から目線で諭すかのようなリリス底辺のなだめ方。

「……あ?」

 レイラ嬢の喉から、ギャングが因縁付ける時に発するような濁音が漏れた。その唸るような低い声を聞いただけで、気の弱いメイドが腰を抜かしそうになっている。

 マスティフが可愛く見える顔つきで振り返る侯爵令嬢に、男爵令嬢の中でも最下級の少女はニコリと微笑んだ。

「みんなが楽しくお茶を飲んでいるところで、キャンキャン騒ぐのは品が無いゾ? あれよ、お貴族様の言葉で言えば『お里が知れる育ちが悪いな、おい』ってヤツだにゃー」

 そもそも火を点けたのは、こんな事を言っているコイツ。

「……あ、だっむ……もぉっ!? (あなた、誰に向かって物を言ってるの!?)」

 一方のレイラは元凶リリスにさらに小馬鹿にされるような事を言われ、もう頭に血が上り過ぎて言葉がスムースに出てこない。

 がに股で仁王立ちのままわなわな震えている侯爵令嬢を、リリスは不思議そうに眺めてつぶやいた。

「もしかして、こういうとこ宮廷に来るのは初めてな人? アガッてるんすか?」

「うがああああっ!?」

 もう一度キレたフローレンス家のお嬢様は、慌ててなだめに入った侍従二人をうっちゃりで花壇まで投げ飛ばして……やっと落ち着いた。




「身分をわきまえなさい、この下郎めが! 一体何を考えたら選ばれた者しか誘われないこのような場に、あなた風情がのこのこと顔を出せますの!?」

「あ、ドモリが治ったっすね。おめでとう」

「ああああああああ!?」

「おいリリス嬢、レイラ殿に向かって軽口は止めろ。後が洒落にならないぞ」

 宰相令息メガネに言われ、リリスは首をひねった。

「アタシ、また何かやっちゃいました? いつも通りにしてるだけっすけど」

「それがダメなんだ、おまえは」


 当の本人リリスが話にならないので、レイラは王太子の側近たちに向かって吠えた。

「なぜこのような者が混ざり込んでいますの!? どうして変然としておられるの!」

「なぜ、と言われても。我々も別に許しているわけではないのだが……」

 正面から睨まれた騎士団長令息ダントンも、そんな事を言われても困ってしまう。

「迷惑だって言っても押しかけて来ちゃうんだ」

「あなたは! 殿下の! 護衛でしょう! 『来ちゃうんだ』、で済む話じゃないでしょうが!」

「そうっすよぉ? これだからダントンは~。しっかりしなさいよ」

「おまえが言うな!?」


 多少気を持ち直した正気になったレイラがリリスをビシッと指さした。

「そもそもあなたは、いったいどうして殿下のお側でウロチョロしてますの!」

「はあ……まあ、たまたま知り合ったって言うかあ」

「たまたま!?」

 どよめく男性陣。

 そんなのは無視して、リリスはちょっとイイ感じのエピソードを語ってみる。

「そう、あれは忘れもしない宮中の舞踏会で……何曲か踊って休もうかと思った時に、バッタリ出会った殿下と目が合ったんですの。その瞬間お互いに身体をビリビリした物が走り、目が離せなくなっちゃって。そして私の美しさにハッと息を呑んだ殿下は、微笑んでこちらに手を差し出し……『シャル・ウィー・ダンス?私と踊ってくれませんか?』」

「真っ赤な嘘をつくなぁあああああっ!?」

 リリスが嬉し恥ずかしなエピソードを語ったら、なぜかレイラじゃなくて横のヨシュアとダントンたちがツッコミを入れてきた。

「おまえが顔を出すようになってから今日まで、舞踏会なんかやってないぞ!」

「そもそも全然そんな出会いじゃなかっただろうが!? 忘れたとは言わせんぞ!」

「あれえ?」

 皆に違うと言われて、リリスも記憶をもう一度チェックした。

「あ、しまった。これはマニュアル少女小説のストーリーだったわ」

「なんだ、そのマニュアルって」


「えーっとね、実際は確か……」

 リリスは覚えていることを語った。

「そう、アレは忘れもしない宮中の武闘会で……総当たり皆殺し戦バトル・ロワイヤルの中で十人ほど倒して振り返ったら、死屍累々の中で最後まで立っていたのが殿下とアタシだったの。殿下はニヒルに笑うとアタシを指先でクイクイ手招きして挑発し……『シャル・ウィー・ダンス?さあ、俺たちも殺り合おうぜ?』」

「そっちの方が合ってると言えば合ってるな」

「殿下は一方的に嬲られたんだがな」

「何の話をしているのよ!?」

 侯爵令嬢はなぜか混乱している。




「まあ簡単に言えば、道に迷っておトイレ探して突っ走っているところで、うっかりしてて王子様にバッタリぶつかっちゃったの」

 リリスがやっと思い出して正直な話公式設定を話したら、それはそれで侯爵令嬢の気に障るらしかった。

「うっかりで殿下にぶつかった!? 殿下の御身に!? たかだか男爵令嬢風情が、失礼にもほどがあるわ! なんて無礼な女なの……どうしたの、皆さま? 何、その顔は?」

 よく分かっていないリリス以外は、ミシェルやカテリーナも含めて何とも言えない顔をしている。

「……まあ、その辺りは置いておいて」

「殿下!?」

「そうですね、なんというか……置いときましょう」

「ヨシュア様!? 殿下に危害が加えられたのですよ!?」

「ああ、触らない方が良いな……」

「ダントン様!? 何を言ってるの!?」

「アレを直視しちゃダメ……そう、何も無かった。何も無かったの……」

「カテリーナ!? あなたまで!?」

 リリスがは、被害者にまで黒歴史と思われていた。


 不可思議な周囲の反応にレイラが戸惑っているあいだに、リリスはレイラが投げたテーブルを元通りに直していた。すっかり自分の中で無かったことにしている男爵令嬢には、あの事件を振り返るなんて他人事。

「そうそう、もう済んだことっすよ。そんな事は置いといてさ。せっかくのお茶会なんだから、美味しいお菓子を楽しむっす」

「王子をはねたのが!?」

「レイちゃんがやたらに騒ぐから、アタシもお土産持ってきてたのすっかり忘れていたわ」

「レイちゃん!?」

「なんでレイちゃんは一々細かい所に引っかかるのかにゃー。血圧、高くない?」

 リリスは持ってきた袋をひっくり返して、その辺りにあった皿に中身を出した。

「珍しいお菓子でしょ? お茶会に向いてると思って持ってきたんすよ」


 皿の上には、毒々しい青紫色をした揚げ団子ドーナツボールが盛り付けられた。

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