第4章 鞭と飴で骨抜きにします

第15話 リリスちゃん、ヤキを入れられる

「んふっふ~、王宮も久し振りっすね」

 リリスは半月ぶりに王宮の床を踏んでいた。


 前回来たのは剣技大会の時。

 任務を果たしたのでその後侯爵邸に顔を出したら、なんだかカテリーナが具合が悪いのでしばらく「作戦」が無いと言われてしまったのだ。

「お嬢様もアレで意外と繊細な所があるっすからね。また何かにショックを受けて体調を崩しちゃったんすかねえ。やれやれ、良いトコ育ちはひ弱だなあ」

 自分ののせいだとは思いもよらない。


 リリスは懐からメモを出した。

「さて、今日のお仕事はっと」




 昨日久しぶりに顔を出した侯爵邸で命じられた次の作戦は、「側近たちをメロメロにせよ」というものだった。

 王太子がリリスにたぶらかされて婚約破棄を言い出しても、取り巻きたちが正常に物を考えられる状態だと引き止められてしまう。

 だからミシェル王子を落とす前に、彼の側近集団をダメ人間にしてしまわないとならない。そういう事らしい。

「お嬢様も無駄なことまで気を回すなあ。ダントンもムッツリメガネも、あと名前が分かんないヤツラとかも。みんなもうかわいいリリスちゃんにメロメロなのに」

 モテているというわりには、誰がいるかはフワッとしか覚えてない。


「さーて、それじゃお仕事に取り掛かるとして、と」

 リリスは辺りを見回した。

 王宮は大変に広い。

王子様こねこちゃんたち、どこにいるんだろ?」

 馬車で送ってはもらったけど、今日はなんだかクララベルが忙しいらしくて一人で送り込まれた。王子たちがいるところから自分で探さないといけない。

 立ち尽くした男爵令嬢は、ちょっと遠い目になった。

「……めんどくさいにゃあ」

 王宮はそれはもう、リリスの男爵邸に比べると絶望的に広い。

「……後で『もうちょっとかかります』とか報告することにして、今日はお庭で昼寝でもしてようかしら」

 開始早々五分目でもう、リリスはサボりたくなっていた。


 実は今日の作戦は、カテリーナがまだ回復していないのでクララベルが独断で指示を出していた。

 取り巻きたちはリリスを毛嫌いしているので、彼らの攻略を先にやれと言えば相当に時間がかかるだろう。そういう計算の元での単独派遣である。要するに「面倒見てられないから自習しとけ」という発想だ。


 それがまさか、別方向に転がることになるとは……神ならぬ身のクララベルは、全く想像もしていなかった。



   ◆



 王子を探しに、というか隠れて寝ていられる場所を探しにウロチョロしていたリリスは……ハッと気がついた時には、なぜか見知らぬ令嬢たちに囲まれていた。

「あの? えーと?」

 明らかに友好的な雰囲気ではない。

 自慢じゃないがリリスの知っている令嬢はカテリーナだけだ。此方のお嬢さん方は顔も見たことがない……と思う。

「なにか御用っすかー……?」

 思わず小声で用件を聞くリリスを人垣中央の令嬢が、いかにも見下している目で睨みつけた。

「あなたがリリス・バレンタインとか言う女ね?」

 リリスが誰か、わかった上で周りを囲んでいるようだ。

 それが分かって、リリスはちょっとホッとした。

「あー、なんだ。サインが欲しいんすか? じゃあ一列に並んで」

「誰があんたみたいな底辺のサインなんか欲しがるのよ!?」

「え? でも、他にアタシに声をかけてくる用事が思い浮かばない……」

「なんであんた、自分が人気有名人だと思ってるの!? つい最近まで、王宮に来たことも無かったクズ貴族よね⁉」

「まー、なんて言いますか……確かにまだ顔は売れてないっすけど、溢れ出るエモいオーラが隠せなくって今まさに注目株っていうかぁ?」

「なぜかしら……しゃべるだけでこんなにムカつく女は初めてよ……!」

「それはいけないっすね。理由が分からないのは、きっと自分の中の問題点を整理できてないんすよ。教会でカウンセリングとか受けてみたらどうすか?」

「あなたのゴタクを聞くために呼び止めたんじゃないの! 黙ってなさい!」


 怒鳴りまくった令嬢は、仲間に顎をしゃくった。

 指示を受けた令嬢が、スッとハサミを出す。別の令嬢が後ろからリリスを羽交い絞めにした。

「聞けばあなた、まともな暮らしもできない男爵家だって言うじゃない。そんな女が王太子殿下のお目に留まろうと視界をウロチョロしているとか……不敬も極まりないわね」

「えー?」

 初耳な話に男爵令嬢は首をひねる。

「王子様はそんな事言ってなかったっすよ?」

「お優しい殿下が直接不快を表明されなくても、そういうのは臣下の方で忖度するものなのよ」

 取り出した扇子をわずかに広げて口元を隠し、令嬢は冷ややかな目でリリスを冷笑する。

「そういう気づかいができないどころか、殿下のお心も慮れないような下賤な者が王宮をうろついているなんて……ああ、品位が下がるようで嫌ですわあ」

 なんだかずいぶん大げさにため息をついている。

 そんな自己陶酔型お嬢様の一人劇場に、気になることがあるリリスが声をかけた。

「あの、お話し中に悪いんすけど」

「……この私が話している最中には邪魔をするなんて、この痴れ者が……!?」

「いや、そのお話を聞くうえで大事なことなんで、先に言っておきたいんすけど」

「なによ!? 早くおっしゃい!」

「はあ」

 動けないようにされているのに、リリスは器用に頭を掻いた。

「アタシ、一度にワーッと言われると覚えられないんすよ。要点だけ絞って話してくんないっすかね?」

「……」

「今の話の中で聞き取れたの、食事前には手を洗えしか……」

「そんな話がどこに出たのよ!? あなたの頭はどうなってますの!?」

「宮中で怒鳴るなんて、お下品ですわよ?」

「誰のせいだと!?」

 こちらのご令嬢、どうも自分の思い通りにならないとすぐキレるらしい。

 コイツの家の家臣は大変そうだ。リリスはの顔を思い浮かべながら、しみじみ下働きは嫌だなあと思った。

「何だか知らないけど、なんで生粋のお嬢様ってみんなキレやすいんかにゃー」

 リリスは下町でも店主を怒らせたりしているのを忘れている。




 全然恐れ入らないリリスに対し、まだ何か言いたそうなお嬢様だったが。

 どうやら時間切れのようで、脇に控えていた他の娘が彼女の肩をつついた。

「オクサーナ様、そろそろ撤収しませんと誰か聞きつけて来るやも……レイラ様にも報告しないといけませんし」

「ああ、そうですわね……ええい、忌々しい。男爵家ごときが手間を取らせてくれる」

 オクサーナと呼ばれたリーダー格の令嬢が扇子を振る。

 リリスを羽交い絞めにしている後ろの娘がより強くしがみ付き、ハサミを持っているヤツが一歩前に出た。

 散々リリスに言い負かされた? オクサーナ嬢が、いかにも愉快そうに意地の悪さが滲み出る笑顔を見せる。

「それではリリスとやら。あなたが二度と王太子殿下の前にのこのこ出てこないように……警告を与えることにするわ」

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