第23話 ちょっと待て!?
ご機嫌で王宮の廊下を歩いていたリリスは、ちょっと先に何やら落ちているのを見つけた。
「およ?」
近寄ってしゃがんで見てみると、どうもコレは菓子に見える。球体は油で揚げたパンケーキの生地っぽいし、表面にまぶしてある白い粉は間違いなく上質な粉砂糖だろう。
「なんでこんなところにお菓子が落ちているんだろ? 見たこと無いものだけど、色がきれいっすね……」
周りを見回してみても、落とし主らしい人はいない。
「片付けにも来ないし、慌てて探している人もいないなあ」
これは……。
「もしかして、もらっちゃってもいい物っすかね?」
◆
息を殺して成り行きを見ていると、問題の男爵令嬢は二人がバラまいた毒菓子を発見してしゃがみ込んで観察し始めた。
(アイツ、本当に引っかかりましたわ)
(やっぱり育ちの悪い者は、落ちている物になんでも興味を引かれるんですのね)
ここまでは目論見通り……とはいえ、たぶんこのトラップは失敗するだろうなと二人は思っていた。
というのも。
リリスが本当に来たので慌てた二人は、うっかり持ってきた毒餌を全部床にぶちまけてしまったのだ。本当はいかにも誰かが落とした風に何個か転がして、残りは袋に入ったまま放置する筈だった。そうすれば袋に入っている分だけ持ち去るだろうと、そういう目論見だったのだけど……。
(まあ、アイツが足を止めたのは予定通りですわ)
(そうですとも。それで拾わずに行ってしまったならば、美味しそうな物を作らなっかった料理人の責任ですわ)
二人の役割は罠を仕掛けるところだけ。
相手が興味を持たなかったのなら用意した餌に問題があったのだし、その方がしくじった罪悪感も少ないというもの。
何よりあの毒菓子……。
侯爵家の料理人が用意したブツは、目が痛くなるほどの青紫色だったのだ。
(まあ、袋で拾ったところでアレを口に入れると思えませんが)
(ですわねえ)
とてもじゃないけど食べ物の見た目じゃない。
そんなことを考えていた二人が、自分たちの仕事は終わったと呑気に見ていたら……。
しゃがみ込んで床にぶちまけられた菓子をじっくり観察していた
「なんでこんなところにお菓子が落ちているんだろ? 見たこと無いものだけど、色がきれいっすね……」
「ソレのどこがじゃ!?」
(しっ! 見つかりますわよ!?)
(す、すみません……つい)
思わずツッコミを入れてしまった令嬢を、もう一人が慌てて制止した。幸い本人に聞こえていなかったようで、問題の男爵令嬢はしゃがんだままだ。
まあ、注意した方も相方の気持ちは分かる。
あれを「食べ物」と認識したうえ、「色がきれい」とのたまわった感性に二人は驚愕を隠しきれない。
(あ、あれが底辺というものですの!?)
(まともな人間の意見とは思えませんわ……)
動揺しつつもさらに見ていると。
男爵令嬢がゾッとすることを呟いた。
「片付けにも来ないし、慌てて探している人もいないなあ」
(だったらなんですの!?)
(ま、まさか……!)
固唾を呑んで見守る二人の耳に、決定的な一言が。
「もしかして、もらっちゃってもいい物っすかね?」
「もらうなぁああああ!?」
(しーっ! しーっ!?)
「あれ? 今なんか声が聞こえたような……」
慌てて柱の陰に逃げ込んだ二人は、もう今聞いたばかりのセリフが信じられない。
(あのバカ、アレを食べる気よ!?)
(正気の沙汰とは思えないわ……)
いくらなんでもまさか過ぎる。
作戦が完璧な成功を収めたことになるけど、そこまで期待していたのは
(どう見たってアレは危険物でしょう!? なんで拾って帰ろうって発想になるわけ!?)
(分かりませんわ……あの下賤な女の考えていることがさっぱり……!)
二人がそっと覗けば、リリスはどこかから引っ張り出した袋に、ばらまかれた菓子を一個ずつ丁寧に収めている。本気で全部持って帰る気配に、育ちの良い二人は開いた口が塞がらない。
立ち上がったリリスは周囲の床を見回した。
「もうないっすね……これで全部拾ったかなあ」
漏れが無いのを確認すると、彼女は袋の中を覗き込んだ。
「えーと……にー、しー、ろー、やー、とー」
(あのバカ、わざわざ数えてますわ)
(まさか、大事に少しずつ食べるつもりなのでは……)
(ありえないと言いたいところですけれど、予想以上にどうかしてますしね……)
ちょっと貴族の常識で計れないのを今見ただけに、二人はリリスが何をやらかすのかが不安になった。
(まさか、家に持って帰って家人に分けたりしませんわよね?)
(バカだから、全部食べるまで毒が入っているのにも気がつかないかも)
あやつめが毒々しい菓子を拾い食いして死ぬのは自業自得だけど、そこに自分たちが関与しているとバレるのは困る。周囲に被害を広げて大事件に発展するのも、犯人探しが始まるような大ごとになってしまってはマズい。
そういう考えが一度頭に浮かぶと、令嬢たちは凄くマズいことに加担しているような気になってきた。
よく考えたら、毒を盛るのはやりすぎかもしれない。
(コレ、まさか後で問題になったりしませんわよね!?)
(そ、その時はレイラ様がついているのだし……)
そのレイラが、本当に二人を守ってくれれば良いのだが……。
疑念が胸の内で膨らみ、お互い顔を見合わせる。
そんな所へ、何も知らない男爵令嬢の脳天気な声が聞こえてきた。
「まあ王宮の床なんてうちと違って毎日掃除しているんだろうし、そんな汚いわけはないだろうから食べても大丈夫だよね。三時間ルールってヤツだにゃ」
「そんなわけがあるかぁっ!」
(静かに! 聞こえちゃいますわ!)
(す、すみません……!)
「なんか、さっきからどっかで誰かが怒鳴っているような……騎士団が訓練中に叫んでいるのが聞こえているのかしら?」
超鈍感な男爵令嬢は再度周りを見回すが、やはり二人を発見できなくて前を向いた。
その代わりに、拾い集めた菓子が入った袋をニヘラっと見つめる。
「いやあ、いい物が手に入ったっす。数も充分あるみたいだし」
そして彼女は、陰で見ている令嬢たちに気づかず……衝撃的な言葉を放った。
「ちょうど今、王子様のお茶会に持ってく手土産に困ってたんすよね」
「底抜けのドアホーッ!?」
「床に落ちてた物をみやげにするなぁぁあああああ!?」
もう二人とも、どっちも叫ぶのを止めたりしない。
男爵令嬢のツッコミ待ちなセリフに、二人は心の底から罵倒を放った。
無駄だったが。
柱の影から転げ出た、二人の令嬢が見たものは。
「ヒャッハー! 珍しいお菓子を持ってって褒めてもらおーっ!」
はるか向こうを走り去る、元気いっぱいな男爵令嬢の小さな後ろ姿だった。
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