第16話 リリスちゃん、ヤキを入れ直す

 顎をしゃくったオクサーナの合図を見て、ハサミを持った令嬢がにじり寄ってくる。

 その女の後ろに立つリーダー様オクサーナは、もう楽しくてたまらないという感じにクスクス笑っている。ちょっと友達にはなりたくないタイプだ。

「あなたのいつの時代か分からないその縦ロールかみがた、見苦しいのでサッパリさせてあげましょう。おやりなさい!」

「はっ!」

「いやっ、これ結構手間かけてやってますんで!? ご厚意は嬉しいんすけど、遠慮しときます!」

「本当にバカのようね。ハッキリ言わないと分からないのかしら……あなたの見苦しい顔も頭も、王宮に見せにくるなって言ってるのよ!」

「えっ?」

 イジメっ娘オクサーナの物言いに、リリスは驚愕した。

「リリスちゃん、こんなにかわいいのに?」

「自分で良くもいけしゃあしゃあと……あなたのどこがかわいいのよ!?」

「そうっすか?」

 彼女の美意識のどこかで、リリスとは見解の相違があるらしい。

「えー? アタシは結構イケてると……あ、それにっすね」

 リリスはもう一つ思うところを述べた。


「私の顔が王宮に出入りできないほどマズいなんて言っちゃったら……皆さんなんか、この世界のどこに居場所があるのか……」


 リリスがちょっと正直な感想を言ったら、なぜか周囲を囲むご令嬢たちが固まった。

「どしたんすか?」

「……きぃさぁまぁあああっ!?」 

 しゃべっていた正面のオクサーナ嬢のみならず、なぜか他の令嬢も激昂している。どうしたのだろう。

 キレたオクサーナがハサミ係を怒鳴りつける。

「何しているの! 早くコイツのバカ丸出しな縦ロールヘアを刈り上げなさい!」

「は、はいっ!」


 と、彼女は返事はしたものの。

 実行役はなかなかリリスの髪を捉えられなくて難儀している。

「ちょっ、この! エルマ、ちゃんと押さえてなさいよ!」

「分かってるけど、こいつやたらと足腰強くて!?」

 そう。

 さっきからアホみたいなリーダー嬢と問答をしつつも、リリスは自慢のフットワークでハサミを回避し続けているのだ!

「はっはっは、『金の卵』亭でお運びさんをやっていたこのアタシが、この程度で拘束できると思うなんて甘いっすよ!」

 下町で労働をやっていたのだ。深窓の令嬢とは身体の鍛え方が違う!

「ああ、もう! ミリル、手伝いなさい!」

「はいっ!」

 とうとう押さえ込み担当がもう一人出てきた。

「あっ、ずっるー!?」

「うるさいわね! おとなしくしなさい!」

 二人目に直接太ももに抱きつかれ、リリスはとうとう自由に移動もできなくなった。

「手間かけさせてくれるわね!」

 眼を三角にした令嬢がハサミを手に迫り来る。

「あ、あのー……念のためにお聞きしますが」

「何よっ!」

「美容師の免許はお持ちで?」

「ある訳ないじゃない! バカなの!? バカよね⁉」

「当然のことを聞いたアタシの方が悪い流れになってるの、なんでかしら」

 頭に血が上った令嬢がハサミを短刀ドスの如く突き出してきた。

「危ないっすね!? あーもう、あんたのお人形さんじゃあるまいし、床屋さんごっこに赤の他人を使わないで欲しいっす!」

 リリスはそう言いながら、腰を曲げて深くお辞儀した。




 気に食わない男爵令嬢に「教訓」を与えようとしていた令嬢たちは見た。


 リリスが思い切り上半身を前に倒したことで、後ろから羽交い絞めにしていた子爵家のエルマ嬢の身体が浮き上がった。

 浮くどころかリリスの上半身に一緒について行ってしまって、がに股で逆立ちになる。

 つまり令嬢たちは……まず拝見することのない、同輩のおパンツを目撃した。


「え?」

「うわぁっ!?」

 慌てて止めたものの勢いは殺しきれず。

「ぎゃーっ!」

「ごめんなさい!?」

 お尻に軽くプスっと刺さるハサミ。持ち出してきたのは裁ち切りバサミで、そんなに先端も尖ってはいなかった。だけど蝶よ花よと育てられた貴族令嬢にとって、めったに体験しない痛みであることには違いない。

「ああーっ!」

 想定外の痛みに思わず手を離してお尻を押さえた丸出しエルマ子爵家令嬢は、そのまま頭から二十センチ下に落下してもっと痛い目に遭った。

「エルマ様!?」

「ああっ、しっかりなさって!」

 気絶している令嬢に一斉に皆が駆け寄った。標的リリスの監視を誰も継続していない辺り、彼女たちの役割分担は事前の打ち合わせが足りてない。

「このぉ……人殺し!」

「いや、その人まだ死んでないっすよ。それに」

 泣きながら睨んで来たハサミ係に、リリスは冷静に事実と人差し指を突きつけた。 


「刺したのは、ユー」


 一瞬黙った少女たち。

 だが。

「責任逃れする気ね!?」

「何て汚い!」

 リリスの反応がお気に召さなかったらしく、彼女たちは火がついたようにギャンギャン騒ぎ始めた。

「あー……こういう人たちって、なんで自分はなんでも被害者だと思い込めるんすかね~」

 いっそ全部殴り倒しちゃおっかな~、などと考えてしまったリリスだった。




 だけど、そんな所へ思いがけない人が現れた。


 慌ただしい多数の足音と共に、どこかで見たような顔が焦った様子で現れる。

「どうした! 何事か!?」

 あの眼鏡をかけた不景気ヅラは……。


「ムッツリメガネさん!?」


「その無礼千万な叫び声はバレンタイン男爵令嬢か!?」


「何、その認識のしかた!?」

 失礼しちゃう。

 リリスはちょっと宰相令息名前は知らん人に腹を立てた。




 宰相令息ヨシュアに続いて、警備兵を引き連れた王太子まで現れた。どうやら令嬢たちがさっきからぎゃあぎゃあ騒いでいた声が、わりと遠くまで響いていたらしい。

「おっと、コレは都合が良いっすね」

 せっかく助けが現れたのだ。お手伝い願わない理由はない。


 リリスは大きく騒ぎ立てて存在をアピール。

「た―すけて下さーい! かわいいリリスちゃんを妬んだ悪人どもに、危害を加えられるところだったんですーっ!」

「ちょっ、あなた何を!?」

「黙りなさい!」

 いきなり大音量で騒ぎ始めた男爵令嬢に、不意を突かれたいじめっ子たちが慌てるが……。

「へるぷみー‼」

「ひいっ!」

「なんなの、コイツの声のデカさ!?」

 庶民の中で鍛えたリリスの声量は、ヒステリーを起こした時しか声が大きくならない貴族令嬢とは比べ物にならない。

「この人たちヒドいんですぅ! 逆恨みで刃物を持ち出してきたんでーす!」


 王太子たちが刻一刻と迫ってくる。

 リリスがあること無いことじぶんたちの罪状を大声で怒鳴りまくってる。

 その口をふさぐことはとても不可能で……。


「逃げるわよ!」

「あっ、待って!?」 

 元よりストレス耐性のないお嬢様たちに、この場に残ってしらを切りとおす度胸は無かった。

 パニックになって我勝ちに逃げ出す令嬢たち。

 それを見送ったリリスは足元を見下ろした。


 そこには、リリスが殺したらしいパンツ丸出し令嬢(絶賛気絶中)が転がっている。

「アイツら、麗しい友情が首尾一貫しないっすねえ……こんな大きな証拠、残して行っちゃってどうする気なのかしら」

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