第17話 吊し上げの裏側
リリスから「
「なるほどな。オクサーナにミリル、この転がっているご令嬢がエルマ。そして報告を上げる相手がレイラ……フローレンス侯爵家のレイラ嬢におもねるグループに間違いない。それがリリス嬢に嫌がらせに出たということは、目立つ人間への制裁か……間違いなく後ろに本人がいるな」
一人納得しているメガネ君に、恐る恐るリリスが声をかけた。
「あのー、ムッツリメガネさん?」
「なんだそれは!? 変なあだ名を勝手に作るな!」
「え、でも、お名前それしか知らないし」
「そんな名前を名乗ったことは一度も無いぞ!? もし定着したらどうしてくれる!」
いつでも不機嫌ヅラをした青年は、眼鏡の位置を直しながらぶっきらぼうに名乗った。
「僕はガロンヌ伯爵家のヨシュアだ!」
そういう名前らしい。
「あー、そうなんだ。了解っす」
ならばリリスもその名前で呼んでやるべきなので、素直にうなずく。
「んで、ヨッシー」
「いきなり馴れ馴れしいにもほどがあるだろ!?」
大した知人でもない男をリリスがせっかく名前でフレンドリーに呼んでやったのに、宰相んトコのボンボンはなんでかキレた。
「まったく、なんなんすか。いちいちチャチャが入って、話が全然進まないにゃー」
「誰のせいだ!」
王太子が「まあまあ」と取りなしてくれたので、一応は落ち着いた宰相令息が舌打ちしながら先を促した。
「それで? 何の話だ」
「あー、えーっとっすね……あれ、アタシ何を言おうとしたんだっけ?」
「おまえが振ってきたんだろ!」
「いやあはは、なんだっけかな? どうでも良いヤツの名前を話題にしているあいだに、聞きたい事をうっかり忘れちゃったっす」
「二、三発殴って思い出させてやろうか!?」
「ヨシュア、落ち着け」
「ぐっ、すみません殿下……。コイツが何か言うたびに、もう生理的に殴りたくなってくるんです」
全てに神経質な王太子の側近は、どうにもこの手の自由人とは相性が悪すぎた。
一方の鶏頭は。
「なんでこう上級貴族って、すぐに手が出る人ばっかなんすかね。暴力反対っす」
まずもって、自分が何をやらかしているかも分かっていない。
「おまえ、自分に殴られる心当たりがないなんて言うんじゃないだろうな!?」
「あ、そうだ。思い出したっす」
「言ったそばから、このアホは……!?」
マイペース過ぎる男爵令嬢に、そりが絶望的に合わないヨシュアはもう脳の血管がキレそうだった。
殴りかかりそうな側近をみたび王太子が止めているところへ、なんにも危機感のない顔でリリスが思い出した質問を投げかけた。
「こちらさんたち、なんで私に因縁付けたんすかねえ」
「……心当たりはないのか」
「愛され系男爵令嬢のアタシっすよ? 人に嫌がらせを受ける覚えなんか、これっぽっちもございません!」
自慢げに胸を張るリリスの態度に、ジト目の宰相令息は頷いた。
「だろうなあ。おまえの頭じゃ、何が起きているか理解できるはずもないか」
「……なんか、微妙にバカにしてるような言い方っすね?」
「そんなことは無い。非常に強めに貶している」
「ならいいんすけど。メーヨキソンなことを言われたら、アタシも怒るトコっした」
「そうか。いつか人並みの理解力が身につくといいな」
やっと到着した担架に、兵士たちがいまだに失神中の令嬢を積み込んでいる。
その作業を見ながら、ヨシュアが
「ミシェル殿下に言い寄ってくる令嬢の中でも、レイラ嬢はもっとも権勢がある方だ。他の令嬢はまあ、あわよくばお近づきに……というレベルだが、レイラ殿は王太子妃に本気で執着していると思われる。そして嫉妬心が非常に強いからな」
「ほほう、それで最近王子様のグループとイイ関係なアタシに」
「おまえの絶望的な認識力には驚かされるばかりだ。まあそれはともかく……ほんのちょっとでも、ものすごく僅かでも、たとえ色恋に関係ない類の珍獣を愛でるような御意思での関心でも、他の令嬢に殿下が興味を持つことに我慢がならないのだろう」
「ねえ、そのやけにしつこい念押しはなんすか?」
「殿下の御名誉を守るために大事なことなので、繰り返させていただいた」
彼の言いたいことががリリスにはちょっと分からないが、今はそれよりも気になることがあったのでスルーして……説明の一番大事な所をリリスは聞いてみた。
「なんか、レイラさんつー人は王太子妃の地位を脅かす可能性を絶対許さないみたいな言い方っすけど」
「ああ、そうだが?」
最近王宮に出入りし始めた
「王太子妃になる許嫁って、こないだ顔出した美人だけど当たりのきっついネエちゃんですよね? たしかレイラって名前じゃ無かったような……」
「カテリーナ殿のことか!? なんて失礼な言い方を……!」
「勝手に連想したのあんたっすよね? アタシ、名前出してないっすけど」
「それはさておき」
「あんたもなかなかいい性格してるっすね」
リリスの「んっん~?」と返事を要求する意地悪い視線を完全無視して、宰相令息は困った様子でため息をついた。
「そのとおり、殿下の許嫁はクロイツェル侯爵家のカテリーナ殿だ。ところがまあ、レイラ嬢はそれをひっくり返したいようでな……」
王太子随一の腹心は、運ばれて行く
「家柄もクロイツェル家とフローレンス家は序列も家格も同じぐらい。本人同士も年も同じ、影響力も同じぐらい……唯一違うのは、カテリーナ嬢が早くから殿下と顔馴染みだったということだな」
「あー、わかるっすね。張り合ってるライバルが良い物持ってると、趣味でもないくせに自分も持ってなくちゃって思うヤツだ」
「殿下をアクセサリーか何かみたいに言うな」
「お山のボス猿には似たようなもんでしょうよ。……んでも、もう許嫁は決まっちゃってるじゃないっすか」
「そのカテリーナ殿の評判が、いよいよ成婚も目前の今になって悪化しているんだ」
もちろん王家の結婚に臣下が口出しなどできないが……。
「それでも、支持のない王妃は立場が無くなるから、気にしないわけにもいかない。あまりに評判が下がれば、最悪すげ変えられる可能性も無いではない。……まあどうせ、その悪評も出所は……」
ヨシュアは言葉を濁して最後まで言わなかったけど、ここまで言えば誰を疑っているかは
「出所が分かってるなら、叩いちゃえばいいのに」
「糾弾できる証拠はない。それに悪評を広めるのは、被害の大きさのわりに大した罪にならない」
「『ハートの女王様』がホントに童話通りなら、気に食わないヤツは小気味よいくらいに首を跳ねちゃうのにねえ」
「お話と現実を一緒にするな。対立する者を粛正するにも、大義名分がいるんだ。おかげで僕も胃が痛くて……なんだ!?」
気がついたら、
「仮にも貴族令嬢が、何だこの距離感は!? はしたないぞ!?」
「なんか妙に実感がこもっていると思ったら、途中から自分の話になってないっすか?」
「うう、うるさいっ!」
伯爵令息の事情はともかく。
「そういう事情っすかー」
今の出来事についてヨシュア君の解説を聞いた以上、リリスはやっぱり確認せねばなるまい。
「となるとやっぱり、これはご本人の意向をお聞きしたいっすね」
リリスは今まで空気になっていた男……王太子ミシェルに顔を向けた。
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