第13話 頑張れダントン!
剣を扱う者にとって、御前試合ほど奮い立つものはない。
今日の練習試合は公式な大会ではないものの、王太子が許嫁のカテリーナ嬢と共に親しくご観戦下さることになっている。
騎士なら誰もが夢見る華の舞台で勝利を上げんと、お声がけを期待した騎士団員たちの気合で会場の空気は大いに過熱していた。
「このような席に私までご招待いただけるとは……」
隣に座る許嫁の遠慮がちな礼の言葉に、王太子ミシェルは鷹揚に頷いた。
「なに、最近カテリーナが元気がないようなので気になってな。たまにはこういうイベントも気晴らしにどうかと思ったのだ」
(ミシェル様……)
相変わらず、王太子殿下は誰にでも……カテリーナのような不器用で四角四面な者にまでお優しい。
はしたないので表立っては言えないのだけれど。カテリーナは婚約者のこういう、さり気無い気配りをできるところが大好きだった。
そしてそう思うのと同時に。
(この屈託ない笑顔が、悪い噂を信じていつか失われるのではないか)
そう怯えてしり込みする気持ちも一緒に抱いてしまう。
唯我独尊。
下々を人間扱いしない。
そんな陰口が
今はまだ、付き合いの長いカテリーナを信じてくれているようだが……繰り返し聞かされれば、人の心はだんだんそれを信じてしまう。
と、婚約破棄物の少女小説には書いてある。
「偉そう」という点については正直根も葉もない話ではないので、カテリーナも全否定できない弱みがある。
だから王太子に、信じてくれと素直に全部を預ける勇気も出ないのだ。悪評ばかりを吹き込まれれば、「まさか」と思う気持ちは簡単に「やはり!」にすり替わってしまうものなのだから。
と、婚約破棄物の少女小説には書いてある。
ちなみにカテリーナの嗜好はと言えば。
「虐げられるヒロインが一発逆転でハッピーエンド」の話も好きだけど、「誤解されて追放された悪役令嬢が見直されて報われる」話も大好きだ。いわゆる「リバーシブルもイケるクチ」である。
そんな複雑な思い(笑)に囚われる、令嬢の心を知ってか知らずか。
「なにか気になることがあるのか? 無理にとは言わないが、私で良かったら話してみてくれないか。私たちは支え合うべき婚約者なのだから」
「殿下……」
観戦にかこつけて親しく話せる場を用意してくれた王太子の心配りに、カテリーナは目頭が熱くなるのを覚えた。
王家の使用人でも廷臣でもないので、クララベルとナネットは邪魔にならない片隅で待機していた。遠目に見るカテリーナは機嫌が良さそうに見える。
「だいぶ良い雰囲気ね」
クララベルが気にするのは当然試合じゃなくてお嬢様だけだ。
「ああ。……馴れ馴れしく距離を詰めるな、ゲスめ!」
「間違っても主語は言わないでよ、ナネット。私たち王宮から生きて出られなくなるわよ?」
「大丈夫。そこまで油断はしてないよ」
などと言っているそばから、忌々し気に鼻に皺を寄せて舌打ち連発の
「本当に? 最近あなた、引きずられてタガが緩んで来てる気がするのよね」
誰のせいとは言わないが極端なバカが目立つおかげで、みんな取り繕っていた本性が隠せなくなってきている気がする。
それにしても、今日のように打ち解ける機会があるのは悪くない。
カテリーナが言うから
「お嬢様も、いつもあんな風に素直に寄りかかっていればいいのに。殿下が何もおっしゃっていないのに、色々早手回しで考えすぎるのよ」
「そうは言うけどさ、クララベル。そういうめんどくさい性格がお嬢様でしょ?」
「それを良しにしちゃダメよ」
女騎士も頭では二人が上手くいった方が良いとわかっているようだけど、ソレはソレとして面白くはないようだ。
「でもさ、殿下とお嬢様がうまくまとまるのも問題が出るじゃない」
「どこに?」
「私があぶれる」
「おまえの片思いなんか豚に食わせろ」
それにしても。
何も問題が出ていないのに、侍女はなんだか居心地が悪かった。
「何か、今日は平和過ぎて違和感が……」
「あ、クララベルも? 剣技大会って聞いて、私もなんだか引っかかってて……」
侍女と騎士は、胸のわだかまりの正体に悩み……同時にその原因に思い当たった。
そしてそれは不幸にも、手遅れなことの合図でもあった。
◆
王国騎士団長ブルワース卿の長男ダントンは、順調に三人抜きを達成して歓呼に答えていた。
「今日は調子がいいな、ダントン」
「はい! ミシェル様の前で情けないところは見せられませんからね」
名門の跡取りにして王太子殿下の学友に抜擢もされており、若手の武官の中でも特に将来を嘱望されているダントン。ならばこそ、コネ採用ではないと実力を見せねばならない。
王太子殿下や父が見ている前で大台となる五人抜きを達成する。己に力があると証明するチャンスだ。
「次はドノバンか。楽には勝てぬな……よーし、やってやるぞ!」
残り二勝を目指し、ダントンは気合を入れ直した。
ミシェル王子が許嫁と距離を詰め。
カテリーナが素敵な彼に骨抜きになり。
クララベルとナネットが違和感の原因に悩み。
ダントンがかっこいい自分を見せようと奮起した。
そこへ。
「おぉっ! ちょうど知りあいがこれから試合をする所っすね!」
誰だか名前は忘れたが、あれは先日一番ジロウを喰ってた
それを知りあいと言い切ったリリスは、用意した応援グッズを揺すり上げ……。
「よーし、一発盛り上がる応援を見せてやるっすか!」
余計な気合を入れ直した。
◆
審判の指名に合わせて進み出たダントンと
期待のホープ同士の一戦とあって、騎士団員や見物客の女性からの声援も大きい。特に顔も良くて出世株のダントンには女性陣の声が多かった。
「ふっ、相変わらず女受けはいいヤツだな。羨ましいぜ、なあ?」
まずは舌戦で挑発してくるドノバン君。見た目だけと言いたいのだろうが、言葉の端に羨望が滲んでいる辺りはマイナスだ。
「ハハ、そんなに良いものでもないさ」
だからダントンも余裕をかましたふうに受け流す……のだが。
「ガンバレー! ……えーと、あれ? あ、ちょっとそこのお嬢さん。そう、あんた。ねえ、アイツの名前なんつったっけ? あの、ほら、こっちに背中向けてる茶髪の図体デカいヤツ。あ、ダントン? あーはいはい、確かにそんな名前だったわ。ありがとー、ごめんねえ! よーし、それじゃ気合を入れて……ガンバレー、ダ・ン・ト・ンッ!」
不意に背中から聞こえてきた、キャピキャピした不吉な大声に。
「まさか……!?」
試合に関係なく、彼は嫌な汗が止まらなくなった。
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