第12話 プラシーボを知らない人は検索してみよう

 カテリーナたちが到着した時、「楽しい昼食会場」は混沌カオスとしか言いようのない状態になっていた。


 なぜか取り巻きたちの半分ぐらいは地面に倒れ、残りは一心不乱に深いボウルに入った物を食べている。よく見ればその中には、ミシェル王太子も含まれている。

 仲間の介抱もしないで何やらむさぼり食っているのは異様としか言いようがない。それどころか彼らは、王子が横にいるのも目に入っていないみたいだ。側仕えが主に目を配ることも忘れて、食事を優先するなど……ありえない。


「これは、いったい……」

 あまりに異様な光景に、用意したセリフも忘れてカテリーナは立ちすくんだ。

「何があったんでしょうか」

 ついてきたクララベルとナネットにも、状況はさっぱり分からない。

「とにかく誰かに聞いてみましょう……正気の者がいれば、ですが」 

「そうね」

 ここで何が起きたのか。

 手掛かりを求めて、クララベルとナネットが狂気の宴を見回したら。

「あい、お替わり一丁お待ちぃ!」

 一人元気に働いている者がいた。


「リリスさん!?」

「あ、クララさん。らっしゃい!」

 狂気の宴の中、心地良く労働の汗を流していたリリスが機嫌よく侍女を出迎えた。

「はい、ご新規さん三名! 女性だから並盛りが良いっすかね?」

「いや、何を言ってるの!?」

「そう来なくっちゃ! 若いんだから食べ盛りだもんね。食べに来たからには、やっぱ特盛を行きたいのが人情っすよね!」

「並盛を否定したんじゃなくて!?」

 クララベルがボウルを特大サイズに取り換えようとしていたリリスを押さえた。

「ここで一体何があったの!? みんな何故おかしくなっているの!?」

「いやー、特段何もなかったっすけどね」

「あなたの目はどうなってるのよ!? 周りの様子をよく見なさい!」

 言われてリリスが周りを見回した。

 特に何か感慨がある様子でもなく、とぼけた顔で後頭部を掻いている。

「なんかおかしいっすかね? ジロウを喰った客はだいたいこんなもんすけどね」

「……ジロウ?」

「ジロウ」

 クララベルは隣に来たナネットを振り返った。

「ナネット、ジロウって知ってる?」

「ううん、知らない。あのみんなが持ってるボウルに入ってる物?」

 顔を突き合わせて囁き合っている二人に、リリスがちょうどできた一杯を差し出した。

「そんなこと、食べて見れば分かるっすよ」




 二人に遅れてカテリーナがやってきた。

「これやっぱり、リリスの仕業なの!?」

「なんで『やっぱりアタシ』なんすか」

 クララベルが今出来上がった一杯の「ジロウ」を指す。

「どうも、コレが相当にクセになる味のようで……見ての通りです」

 侍女の視線の先には、犬のように貪り食う女騎士の姿が。

「何だか分からないけど、手が止まらない! 口の中の分を飲み込んだ時には、もう次の一口が食べたくて仕方ないんだよぅ!?」

 戦力外になった騎士を放っておいて、眉間のしわが取れなくなった侍女が主に報告した。

「殿下をはじめ、リリスさんの用意したを食べた者は全員やみつきになり……いつまでも食べ続け、限界を迎えた者から倒れたということのようです」

「仮にも貴族の彼らが、節度も慎みも忘れて満腹まで止まらないって……これ、何が入っているの?」

 こわごわボウルを見るカテリーナに、イイ笑顔のリリスがずいっと迫る。

「色々体にいいものが入ってます」

「嘘おっしゃい」

「嘘なもんですか! お嬢様にお薦めなのが特にこれ! じっくりよく煮込んだこのチャーシュー!」

 リリスがカテリーナの眼前に厚切りの煮豚肉を突きつける。

「見て下さい、このプルンプルンな柔らかさ。これ、じつは女性のお肌をピチピチに保つコラーゲンなんですよ」

「こ、コラーゲン?」

「そう、コラーゲン! こちらを十分に取ることでプラシーボ効果が得られ、唇ツヤツヤ、お肌はモチモチの若々しい姿を保つことができるんです。それに合わせてこのたっぷりの野菜を取ればもう完璧! お嬢様……愛しの王子様好みのムチプル美女になりたいでしょう?」

「え、え、え?」

 思いがけない事を言われて戸惑うカテリーナの耳元に、リリスが猫なで声で囁きかける。

「ほら、わずかこの一杯で理想のお肌が手に入るんですよお? お嬢様。ここは騙されたと思って、まずは一口……」




「あああ、お嬢様……」

 止めたのに危ない物リリスの手料理に手を出してしまった主君カテリーナが、役立たずの騎士ナネットと一緒に芝生に転がっている。

 そのお嬢様と騎士はと言えば。

「うっ、食べ過ぎでもう吐きそう……でも、まだ食べ足りない……」

「お嬢様!?」

「あああああ……クララベル、ジロウを……ジロウをくれよぅ……早くぅ!」

「ナネット!?」

 限界以上に食べたのに、まだ求める二人の姿に侍女は戦慄を押さえられない。

 周囲にも「これ以上入らない」と呻きながらも、まだ「もう一杯……!」とジロウを求める男たちが死屍累々と横たわり……。

「地獄ってこういう景色なのかしら……」

「さあ、行ったこと無いからわかんないっすねえ」

 もう立っている者は調理に専念していたリリスと、止めるのに必死だったクララベルしか残っていなかった。


 もはや印象工作どころじゃない。

 なにしろ肝心の役者カテリーナが王子と仲良く転がっているのだから。

「なんでこんなことに……」

「お嬢様もプライド高くておべんきょ出来るわりには、押しに弱くて騙されやすいっすよねえ。先が心配だわ」

「騙して食べさせた人間が、何を他人事みたいに!? これ麻薬でも入ってるんじゃないでしょうね!? 食べた人間がみんなおかしくなってるじゃない!」

「そんなものは入ってませんよぅ。絶妙な味付けが産んだ奇跡の成果っす。まあ、一つ言えば……」

「……なに?」

「やたら栄養価が高くて美味し過ぎるもんだから、街じゃ『ジロウ・ジャンキー』って呼ばれるデブを量産しちゃって販売禁止になったんすよね」

「そんな物をお嬢様に食べさせないで!?」

「食べ盛りの男子たちに受けるかと思ったんすけど……こういうジャンクな物を食べ慣れてないお貴族様には、ちょいと刺激が強かったっすかねえ」



   ◆



「ひどい目に遭ったわ……」

 自室の安楽椅子にのびているカテリーナは、胃薬を飲んでもまだ調子が悪そうだった。

「大丈夫ですか、お嬢様」

「まだお腹にとんでもない膨張感があるのに、ジロウを食べたくて仕方がないわ」

「禁断症状です。耐えて下さい」

 お替りまでしたナネットは、今は自室で寝込んでいる。多分王太子と側近集団も同様だろう。

 そして原因を一人で作った暴走娘は、一人のんきに勝手に淹れたお茶をすすっていた。

「いやあ、ハプニングがあったけど……これで王子や取り巻きの皆さんとも親密度がグッと上がったっすね」

「何をどうしたらそういう判断ができるの……?」


 課題を次々パスした(と思っている)リリスが、鼻息荒くこぶしを握った。

「それでお嬢様、次は何をしたらいいっすか?」

「あー、えーと」

 正直それどころじゃないカテリーナがのろのろ身を起こし、少女小説マニュアルを手に取った。

「次は、これね」


 『試合でヒロインが精いっぱいの応援をして注目の的に。男子からは好感を、女子からは妬みを受ける』


 ページを開いて二人に見せたカテリーナはふと考えこみ、本を自分に向けてもう一回読んでみた。

「……自分で指示しておいてなんだけど、この内容」

「はあ」

「……悪夢になるイメージしか浮かんでこないわ」

「お嬢様、私もそう思います」




 侯爵令嬢と侍女が悩み始めた一方で、ミッションを立て続けに成功させた(と思っている)男爵令嬢はやる気でいっぱい。

「よーし、次も頑張りまっす! このアタシにお任せっすよ!」

 自信ありげに親指を立ててみせるリリスに。

「……どんどん、最初のプランからかけ離れていく気がするわ」

 カテリーナはもう、不安しかなかった。




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今日は夕方18:10の更新もあります!

また読んでね(/・ω・)/

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