第3章 メロメロプロジェクト
第11話 らっしぇい!
「とびっきり美味しい昼食を食べていただきたい! そういう真心をたっぷり込めて、このリリスちゃんが精いっぱいの手料理を準備したっす!」
「あ、そう……」
(コイツの『精いっぱい』って、絶対ロクなもんじゃないぞ)
(食って大丈夫なのか? 我らはともかく、殿下に万一のことがあっては……)
(そもそも宮中にロクに出入りしたことも無い貧乏男爵家なんだろ?)
リリスの信用がモノを言い、「カワイイ女子」からの差し入れを喜ぶ者が誰一人いない。
そんな空気の中で、敢えて手を出すのはやはりこの人。
「諸君、せっかくだからお招きにあずかろうか」
「殿下ッ!?」
これは、誰もがつき合わざるを得ない。
王太子が食べると言い出しても、いきなり本人に食べさせるわけにはいかないのだ。まずは誰かが毒見をしなくては……。
王太子に続いて、仕方なく承諾した一人がつぶやいた。
「コイツのことだしなぁ……一体何を弁当に詰めて来たのやら」
手料理なんか一度も見せてもいないのに、ここまで言われるリリス。
そしてリリスは期待を裏切らない。
「え? 弁当じゃないっすよ」
当然みたいに言われて、全員の顔が一瞬で無表情になった。
「……まさか、昼飯とか言いながら菓子でも作ってきたのか?」
剣の練習で汗を流す成長期男子が、甘い物を飯の代わりになんかできる筈がない。
だがリリスはそれも笑って否定した。
「やだなあ、アタシはお菓子なんか作れないっす」
「じゃあなんだよ!? 前提条件が絞れないのがすでに怖いよ!?」
「それは見てのお楽しみっすよ~」
「それが怖いと言っているんだ!」
そんなリリスが物陰から引き出してきたのは……。
屋台。
独りで運べるように車輪付きだ。
「下ごしらえは済ませてあるからお待たせはしないっすよ」
「いやいやいやいや!」
「なんすか?」
「おまえ……王宮の門を通ってきたのか!? コレで!?」
「何をバカみたいに当たり前な事を言ってるんすか。王宮の中でどこから屋台なんか調達するんすか」
「そういう事が言いたいんじゃなくてな⁉」
取り合わずにさっさと屋台の裏に回り込んだリリスは、すでに煮え立っている寸胴へ材料を放り込んだ。
「いやあ、真似して出してた店はいくらでもありましたけどね。そういうのはやっぱり形だけなんすよねえ」
「いや、まず何を出すのかをを教えろよ」
「その点アタシのは直系の店主直伝だから、そこらの真似っことは味のレベルが違うっすよ!」
「直伝て!? なにを? そんなに知られたものなのか? なあ、おい?」
「おっ、待ちきれないって顔っすね? もうすぐっすよ~」
「だから、何を作っているんだ!? おまえはまず話を聞け!」
「よし、まずは二人前~」
人の話を聞かないリリスがそう言って出してきたのは。
半球型の深いボウルに、限界まで山盛りの野菜のごった煮。
その山の表面を覆うように敷き詰められた、やたらと厚切りな煮豚肉。
やけに食欲をそそるけど、何かが分からない暴力的な薫り。
「へい、ジロウお待ち!」
ジロウという名の、よく分からない料理だった。
「……」
男たちは誰も何も言わず、リリスが突き出すほぼ球体のシルエットをしげしげと眺める。
食材を使っている「何か」であることは、見れば分かる。
脂の乗った肉の照り照り具合とか、庶民ならコレを見て美味そうと思うかも知れない……しかし。
貴族の食卓に、こんな異様な盛り付けの料理なんか、出てこない。
このビジュアルはちょっと、ここにいる者たちには食べ物に見えない。
そしてまさか正体不明の料理を、いきなり王太子に食わせるわけにはいかない。
そうなると、誰かがまず手を付けないと……。
「……」
リリスの正面に立っていた騎士団長令息のダントンに、自然と視線が集まる。
「……えっ? 俺!?」
「まあ、そうだよなあ」
「うむ。こういう時に先陣を切るのは……」
「お、おい……」
こんな時、武闘派は貧乏くじだ。
後は言わなくても分かるだろ? と言いたげな同調圧力に負けて、泣きそうなダントンがリリスの差し出すボウルを受け取った。
騎士団長令息は、手渡された物体をしげしげと眺めた。
「これ、要するに煮込み野菜に肉を載せたものか? こんな荒っぽい料理、戦地の給食でも見たことがないぞ……」
「野菜の下にはヌードルも入ってるっす。肉・野菜・ヌードルを一緒に食う料理っす。下町で大人気だったんすよ」
「庶民はこんなものを喰っているのか……」
覚悟を決める意味で喉を鳴らしたダントンは、恐る恐るフォークで一口……。
「……うそだろ?」
「どうした、ダントン!?」
「……ウマいんだ……美味いっ!」
「えっ⁉」
「嘘でしょう!?」
警戒していたダントンが普通に食べ始めた。そしてどんどん勢いがついて、むさぼるように食べ始める。
「なんだこれ……見た目は品性のかけらもない盛り付けなんだが、濃い味のスープに絡めたシャキシャキの野菜とつるっとしたヌードルが不思議と合う……そしてこの分厚い煮豚が、口の中に入れると噛む前にとろけて……脂どころか、赤身までがしっとりとほぐれて口の中で溶けてしまうだと!?」
「兄ちゃん、やたら細かいっすね。こういう時は美味いって言えば良いんすよ、一言で」
目を丸くしている観衆の中、それなりにマナーに習熟しているはずのダントン氏が品性のかけらもなく貪り食う。
「くそっ、美味い! 止まらない!」
そのガツガツした食い方に周囲を囲む青年たちも、思わず無意識につばを飲み込んだ。
「ほお……それほどに美味いのか」
およそ荒ぶる食欲と無縁な王太子も、これには興味をそそられた。
「ふむ。ではリリス嬢、私もいただこう」
もう一つあるボウルを王子が手にし、食べ始め……。
「なるほど、これは……何だろう、食欲がいや増す薫りがたまらないな」
「ほ、本当ですか?」
「なら、俺も……」
王子も行くなら他の者も後に続く。
二人の食べっぷりを見て、残りの取り巻きたちもワッと屋台に群がった。
「つ、次は私に!」
「俺にも!」
「あーい、順番でお出ししまーす!」
◆
リリスから「騎士団の練習場近くで昼に手料理を振舞う」と知らされていたので、カテリーナたちも遅れて現場へと向かっていた。
今日の作戦の段取りは。
まず皆が喜んで食べているリリスの手料理を、カテリーナが見つけて叩き落す。しかるのち「こんな下賤な物を殿下に食べさせるなんて!」と声高にリリスを糾弾する。
皆が美味いと思ったものをカテリーナが聞く耳持たず貶すことで、王太子たちに侯爵令嬢への悪感情が溜まる。そういう流れ(になるつもり)だ。
「でも、あのリリスに美味しい手料理なんか作れるのかしら」
現場まで急ぎながらも、カテリーナが首をひねった。後ろからついて行くクララベルも、腑に落ちない顔をしている。
「そこがまず問題でして……侯爵邸から料理を出そうかと聞いたのですが、自信があると断られました」
「本当に大丈夫なの? 誰も手を付けてなかったら、そこで終わりなんだけど」
リリス、王子の取り巻きどころか
「おかしなものを食わせていたなら、叱責するのに別の名目が経ちますけどね」
ナネットがそう言って肩を竦めるけど、それならそれで王子の身が心配になるカテリーナだった。
そして、人だかりを見つけて近寄った三人は。
「……なに、これ?」
異様な光景に、思わず立ちすくんだ。
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