第02話 破壊工作員をスカウトせよ

 令嬢の決意を聞き、侍女が首を傾げた。

「お嬢様……どうやって、それをなさるおつもりで?」

 王太子との婚約を破棄する……なんてことは。


 まず、無理。


「普通に格上のお家との縁談を断るのも難しいというのに、臣下から王家に言えることではございませんよ?」

「分かっています!」

 主従関係にある以上、命令も配慮も目上の王家からしか言えないもの。

 伏してありがたがるべき王子との縁談、それも次期国王になる王太子との婚約を侯爵家から切り出せるわけがない。

「そもそもご主人様が認めるわけもございません」

「それも分かっています!」

 当然カテリーナの父・クロイツェル侯爵が、これほどの良縁を自分から破棄するのに同意するなんてありえない。

 だいたいミシェル王子の素行に問題があるならまだしも、彼は至高の身でありながら誠実さにかけては誰にも引けを取らない。

 侯爵にすれば、愛娘を任せるのにこれ以上はない相手だろう。彼が浮気性だというなら一考の余地もあるけれど、「女子に人気があるから嫌だ」なんて理由で別れたいなんて……絶対認めるわけがない。

「では、どうやって?」

「それはですね」

 カテリーナは書棚から一冊の本を抜き出した。

「向こうから断りを入れてもらうのです」

「王子の側からですか⁉」

「そうです! ミシェル様に他に好きな女ができれば、きっと私との婚約を破棄してそちらと結婚する筈です!」

 トンデモ理論を叫び始めたお嬢様に、侍女クララベルはもう、開いた口が塞がらない。

「お嬢様……我が国の宮廷でしたら公式に決められた婚約を破棄せずとも、王子は恋人を側妾に置くという手が使えます。そんな日陰者にしたくないというのなら、しきたり上は第二妃を娶ることも無理ではございません」

「いいえ! 愛する人こそ正妻にしたいというのは当然の気持ち! マニュアルにそう書いてありました! 紳士で誠実なミシェル様なら絶対そうされますわ!」

「まにゅある……?」

 遠い目になっているクララベル。

「紳士で誠実なら、そもそも他の女に目をやりますかねえ?」

 前提条件に疑問があるナネット。

「間違いありません! ミシェル様に本当に愛する方が出来れば、私から乗り換えるのは確実です!」

 家臣のジト目を無視して、確信のある口ぶりでカテリーナは断言した。

「……そう、本気の愛しい人が……私、以外で……」

 自分で断言しておいて、カテリーナは自分の言葉の強さに打ちのめされた。


 話が進まないので、そこは置いて侍女がその次の段階を尋ねた。

「それでお嬢様。私どもは何をすればいいんでしょうか?」

 今の話ではクララベルとナネットは、どこにどう絡めばいいのか分からない。

 まさか侯爵家の使用人に過ぎない侍女と騎士に、王子をたぶらかして来いというわけでもないだろう。二人はそもそもカテリーナのお供でなければ宮廷へ上がれない。

「ああ、そうでした」

 騎士に問われてカテリーナは気分を立て直し、二人をビシッと指さした。

「クララベル。ナネット」

「はっ」

「なんと言いますか、その……ミシェル様をたぶらかす、その役をしてくれる令嬢を探してきなさい!」

「…………はい?」

 

 お嬢様カテリーナ無茶ぶりオーダーは、自分でたぶらかして来いと大差なかった。

 


   ◆



「うっはー、今日もいい天気!」

 入り口前の掃き掃除をしていたリリス・バレンタインは、きれいなを見上げて歓声を上げた。


 もうすぐ日も暮れると言うのに、頭に虫が湧いてそうなセリフを吐く少女。そんな彼女に、道行く人が可哀想なものを見る目を向ける。

 周囲の何とも言えない視線にも気づかず、リリスは急いでゴミを捨てるとほうきを片付けた。

「さーて、開店準備を済ませないと」

 お店でお酌をする姐さんたちは店を開けてからが仕事だけど、下働きのリリスはその前準備の方が忙しい。

「えーと、店が開いたらヒギンズさんの店まで行ってお酒の配達を頼む。それから戻ったらナッツの殻剥きをして、リンゴを切って、お酒を水で割って、それかフギャッ!?」

 いきなり殴られて涙目で振り返れば、この酒場の亭主リリスの雇い主が血管の切れそうなほど怒った顔でキレている。

「な、なんすか!? アタシ何かしました⁉」

「天下の往来で店の内情をベラベラしゃべるんじゃねえ! クビにするぞ、このアホ!」

「すいまっせん!」

 うっかり今日やる事を口に出して数えていた。リリスは慌てて謝った。

「分かったか⁉」

「よく分かりました! ごめんなさい! 二度と外で、酒を水で割ってるなんて口にはオウフッ!」

 今度は頭に全力のチョップが落ちた。


「ひっどいよなあ……アタシが何したって言うのよ」

 店の重要機密を路上でしゃべったリリスが痛む頭を撫でながら看板を拭いていると、ふいに後ろから声をかけられた。

「すみません。ちょっとお尋ねしますが」

「はい?」

 振り返ると、二人の若い女が無表情に立っている。

 片方はやや険しい顔をした、活発そうな短い金髪の女。

 多分騎士か武芸者なのだろう。女性には珍しいズボン姿で腰には細剣を下げ、かかとの低いブーツを履いている。身なりは清潔できちんとしているので、冒険者ではなくどこかで雇われている人間だろう。

 もう一人は黒髪をひっつめ髪にしてシニョンを付けた、頭の良さが見た目に滲み出ているような顔つきの女だ。

 こちらの職業は分からないけど、地味だけど物は良いドレスを着ている。少なくとも金持ちの家の上級使用人といった感じ。


 もう宵闇が迫ってきている時間に、下町にいる筈もない珍しい取り合わせだ。

「こちらは金の卵亭で間違いないですか?」

「はい、そうですけど?」

 何の店か分かって来ているらしいので、余計にリリスはおかしく思った。


 自慢じゃないけどこの店金の卵亭、若い女(しかも上流階級関係者)が来る店じゃない。安酒と適当なツマミで労働者が騒ぐような大衆酒場だ。


 そんな意外な珍客が。

「こちらのお店で働いている、リリス・バレンタインさんにお会いしたいのですが」

 名指しでリリスに会いに来たと言い出した。

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