第20話 蚊帳の外だった皆様は

 知らせを受けて机に突っ伏すクララベルを、カテリーナとナネットはどう慰めたものかと思い悩んでいた。


 額を机の天板に付けたままの侍女が、顔も上げずに呻き声を上げる。

「……ちょっと目を離したら、なんでこんなことになってるの……!」

「まあ、ねえ……ちょっと予測できる範囲を超えてるよね」

 普段は楽観的なナネットも事の大きさに空笑いするしかない。今日の相槌にはどことなく、事態を受け止めきれないという空虚な響きがある。




 先日リリスが侯爵家を訪ねて来た際。

 お嬢様カテリーナの看護で忙しいクララベルは、仕事をもらいに来た工作員リリスに構っている暇がなかった。

 それで課題だけ与えて王宮へ一人で行かせたのだけど……。


 王宮に着いて早々、男爵令嬢リリスはミシェル王太子にまとわりついている令嬢グループからいじめを受けた。

 それぐらいはまあ予想できたことだけど、予想できなかったのはその後の当人の動き。集団にいじめられるはずだったリリスが、一方的にやられているようなカワイイタマではなかったのだ。

 とんちんかんな理解力と雑草のようなバイタリティのおかげで、リリスはいじめに来た令嬢たちを余計に煽ってしまった。そして抵抗に激昂したお嬢様たちは人目を忍んでいるのを忘れて騒ぎ立て、警備が駆けつける事態に発展。

 事件に関係した令嬢たちに、いま呼び出しがかかっているという。


「しかも騒ぎをちょうどミシェル殿下が聞き咎めて、自ら警備兵を率いて現場に駆け付けたんだって? 何ていうか、すごい間の悪さだよ……おバカなお嬢さんたちに同情しちゃうね」

「殿下が真っ先に見つけちゃったら、揉み消しようもないものね」

 どうやらこのいじめは、カテリーナとライバル関係にあるフローレンス家のレイラの仕掛けた事らしい。 

 たぶんアレコレ言って本人の関与は疑惑で終わらせるだろうけど、彼女の取り巻きたちは大打撃は免れまい。何しろ……。

証人子爵令嬢を置いてっちゃうなんてさあ……間抜け過ぎだよ」

「事件だけなら、それこそ罪をお嬢様カテリーナになすり付けるとかもできたんでしょうけどね」

 置き去りにされた貴族令嬢に、自分だけで泥をかぶれと強制するのは無理だろう。まして尋問するのは王太子の意向を受けた衛士専門家が行う。薄情な仲間たちのことを洗いざらい吐くのは明らかだ。


 ナネットが主を振り返った。

「この騒ぎが、お嬢様のいるところで起こればちょうど良かったのにね」

 カテリーナが現場でいじめていれば、その姿に王太子が呆れて目的を達成婚約破棄できたかもしれない。

 でも現実には、王太子が目撃したのは明らかにカテリーナと無関係なグループ。そこのトップレイラとカテリーナの仲が最悪なのは王太子でも知っている。

 家臣に話を振られたカテリーナが青い顔で首を振った。

「冗談じゃないわよ。こんな間抜けな連中を使っていじめてたのを見咎められてって……そんなことでミシェル様に嫌われたら、私……死んじゃう」

「あの、他の女に心移りされた殿下に捨てられるってシナリオを作ったの、お嬢様ですよね……?」




 そしてリリスのやらかしたのはこれだけではなかった。


 リリスはいじめ事件の収拾がついた後、殿下の取り巻きたちに食事に誘われた。

 王太子の取り巻きには、令嬢たちばかりでなく男性陣にも派閥がある。そのうちの宰相令息などの主流派と別の、新興貴族などのグループに声をかけられたらしい。

 彼らが何を思ってリリスなんかを懐柔しようとしたのか分からないが……。

「そいつらを、あの下町の居酒屋兼売春宿金の卵亭に連れ込んだんだって?」

「ええ。どうやら紹介料欲しさに貴族のお坊ちゃんたちを売り飛ばしたらしいわ」

 クララベルとナネットがリリスをスカウトしに行った、あの小汚くてケバい飾りつけの飲み屋にリリスはわざわざ連れて行ったらしい。

 それだけだったら、社会階層ってものを理解出来ていないアホの子リリス失敗談だったのだけど……。

「まさか、ちょうどそこに取り締まりの警吏が踏み込むとはねえ」

「笑い事じゃないわよ。これかなりのスキャンダルなのよ?」

 

 王太子の取り巻きを務める有力貴族のボンボンたちが、庶民でも利用をためらうような「いかがわしい」店を貸し切って乱痴気騒ぎ……。


 ざっくりした事だけ聞いていたカテリーナが侍女を振り返った。

「それで、バーモント家のご令息たちはどうなりましたの?」

 やっと頭を起こしたクララベルの眉間のしわがひどいことになっている。

「違法店の摘発の際に発見された方々は、急性アル中で搬送が三人、別室で店のお姉さまに方が六人にのぼります。初めは身元が分からず衛兵詰め所に連行されまして……」

クララベルが濁した部分をナネットが補足した。

「あー……公式なルートで王宮に確認が入っちゃったんだ」

 各貴族家に身元照会の連絡があれば、有力な家だけに揉み消しの方法はいくらでもあったのだろうけど……。

 それらの家が事態に気がつく前に、王太子の所まで話が伝わってしまったと。

「よりによって、王太子殿下の近侍が悪所で前後不覚になるまで大宴会……執政府で大臣会議の議題にまで上がったそうです」

「でしょうねえ……罪を犯したわけではないですけれど」

「ルールよりモラルの問題ですからね……この乱行は殿下の側近として如何なものかと大臣たちから各家に叱責があって、全員家で謹慎処分中だそうです」

 今後は王宮へ顔を出せても廷臣たちが王太子に近づけさせないだろうし、彼らが再度取り巻きまで成り上がるのは無理だろう。




「というわけで」

 もう全部投げてしまいたそうな顔のクララベルが話を総括した。

「リリスさんを一日放置したおかげで、王太子殿下の取り巻きはが一日で失脚しました」

「……」

 どいつもこいつも媚びの売り方が露骨で、カテリーナも内心嫌悪していた奴らだけど。

 それにしても自業自得とはいえ、王太子の取り巻きが十五人も一日で消えるとは……。

「リリスは破壊力が凄いですわね」

「有り過ぎです」

 

 ただの駒のつもりで雇ったけど……じつはこれリリス、人類に制御できる物体ではないのでは……。




 そんな思いが脳裏に浮かび、思わず背筋を震わしたところへ。

「バレンタイン男爵家のリリス様がお見えです」

 話題の当人がやってきたと、メイドから報告が上がった。

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