第19話 陽気にやろうぜ!
せっかくなので彼らの大型馬車に便乗して、リリスはぜひとも彼らを連れて行きたい店に向かうことにした。
「いやあ、馬車まで一緒に載せていただいてすいませんねえ! しかもこんなご立派な旦那さん方に一杯おごってもらえるなんて! いやはや、これほど名誉なことはアタシも滅多ないっすよ! もう今日は人生最良の日ですわ!」
「ハハハ、そこまで言われると照れるなあ。なに、殿下の周りに侍る者として、是非親交を深めておきたいと思ってね」
「さすがっ! いやいやいや、若くして上に立つ方は下々へも気の使い方が違うっすね! いやもうそこら辺の威張りくさるだけの凡百のアホどもに、レオナール様の爪の垢でも煎じて飲ませたい! さすが英才と名高いバーモント伯爵家のお坊ちゃま! 人の気持ちが分かってるう!」
「そ、そう?」
金持ちに奢ってもらえるということで、はしゃぐリリスが非常にテンションが高い。
当然ながら接待する方の
(そんなに奢りが嬉しいのか? やたらと庶民みたいな娘だな!?)
軽くヨイショしていい気にさせようと思っていたのに、既になんだかリリスのパワーに彼は呑まれていた。
それも当たり前だった。
レオナールが王子にヨイショする
ミシェル殿下特化型のレオナールに比べ、財布をちらつかせた不特定多数の一見さんに突っ込むリリスは応用力が違う。
店に向かう道中で既に、青年貴族たちは
◆
「着いたっすよー」
「え? なに、ここ……」
レオナールたちは到着したガラの悪い街を見て、呆気に取られて立ち尽くした。
到着したそこは見事に下町だった。あらかじめリリスに道を聞いていた御者が困惑するほど、貴族が足を踏み入れないような街。
もう庶民街というより、歓楽街。
そしてリリスが嬉しそうに「ここだ!」という店は、レストランなどではなく古くてケバい酒の店だった。
奢ってやると言ったので、てっきり上流階級御用達な……リリスなんかとても入れてもらえない店に行くのだろうと思いこんでいた。
彼らも街の悪所に通ったりする点では
呆然としている彼らを一人だけはしゃいでいるリリスが、どんどん店へと追い立てた。
「さあさあ! こんな路上で見てないで、中に入ってパーッとやりましょうよ!」
「あ、ああ……」
「今日は上客が来るって先触れを出しておいたんで、お店も貸し切り! おねえちゃんも貸し切りっすよ! こんなの滅多に無いんすから! ほらほらほら!」
リリスは棒立ちの青年たちを、勝手知ったる「金の卵」亭へと押し込んだ。
◆
半信半疑で店内に入ったレオナールたちを出迎えたのは……。
「いらっしゃーい!」
「えっ!?」
「王宮からそのままいらっしゃったんですって? さすがお貴族様、雰囲気が違うわぁ!」
「えっ!?」
「さささ、まずは一杯。何をお飲みになる? それにしても素敵な方々で目移りしちゃうわ……んもう、宮廷でもさぞやオモテになるんでしょうね。ちょっと社交界のお嬢様たちにジェラシー感じちゃう!」
「ええっ!?」
「ねえ、ぜひともあなたのことをもっと教えて欲しいなあ……んふふ、二人きりでもよろしくてよ?」
「えええっ!?」
やたらとフレンドリーで綺麗なお姉さま方が、やたらと距離が近い。
胸元ゆるゆるで太ももまでチラ見せしているホステスさんたちが、ガードゆるゆるで肉食系の本能をチラ見せして迫ってくる。
気がつけばレオナールたちはマンツーマンでソファに座らされ、貴族の太客を狙う酌婦の皆さんにべったり張り付かれていた。
「さささ、駆けつけ三杯っすよ! どんどん高いお酒から開けましょうね!」
そして本来接待されるはずだった
慌ただしく酒を注ぐ亭主のオッサンも上機嫌だ。
「よくやったぞリリス! 今日は開店以来最高益だな!」
「バックマージンは宜しくお願いするっすよ? いやあ、姐ちゃんたちも美味そうなカモばかりでご機嫌っすねえ」
「へっへっへ、連れ込み部屋も準備万端! できればハマってくれると良いんだけどな!」
「そいつは姐ちゃんたちのガンバリ次第っすねえ」
「てやんでえ、抜かりはねえぜ。うちの女どもは男を骨抜きにするプロだからな!」
「ゲヒヒヒヒ、お手並み拝見っすね!」
亭主とくぐもった笑いを立てるリリス。ホームに帰ってきた感ハンパない。
地獄のような饗宴が、幕を開けた。
頬にいくつもキスマークを付けたレオナールは酒にぼんやりした頭で、ふと今日の主賓がいないのに気がついて周りを見回した。
「あ、あれ? あのリリスとかいう女は……?」
「もう、せっかく飲んでるのに他の女のことなんか探しちゃダメ!」
「そんな事を言われても、俺の本意では……!?」
「んふふふ、分かってますよう」
いつの間にかレオナールの胸に頬ずりしていたフェロモンたっぷりなお姉さんは、妖しい光を放つ目でのしかかってきた。
「わざと口に出して、私を嫉妬させようって言うんでしょ? んもう、ヒドイ人!」
「そ、そういうつもりじゃなくて!」
「お酒もそろそろ飽きて来たでしょ? ね、そろそろ二人で……」
「だから、話を聞いてくれ!?」
そのリリスはお運びさんとして、八面六臂の大活躍。
「はい、二卓さんキールを二杯と何かおつまみ、四卓さんはあ……あ、もう個室でベッドインと。じゃあ片付けていいっすねえ」
◆
「な、なんなんだ? なんでこんなことに……?」
やっと落ち着き、ベッドに起き上がったレオナールは自分の頬をつねった。もちろん何も身につけていない。
今日は例の男爵令嬢が来ているのを確認して、うまいこと食事に誘い出した。
こんなことを何回か繰り返して信頼を得て、巧妙な偽情報を流して宰相令息を釣り上げる仕掛けに利用するつもりだった。
だったのに……。
「俺、なんでこんな場末の売春宿にいるんだろ……?」
予想外過ぎる男爵令嬢に歓迎会を提案したら、予想外過ぎる店に連れ込まれ……うまくカタにはめる筈が、なぜか自分の方が訳の分からないことになっている。
分かっているのは、どうもリリスの馴染みの店に金づるとして連れて来られたっぽいこと。
「くそ、あっちに手綱を取られてどうする!」
あんなアホなので甘く見過ぎた!
庶民の中で生きて来ただけあって、
今日はもう、どうしようもない。取り巻き仲間はどいつもこいつも吞まれている。
「後日仕切り直しだな……今度はこっちの得意な所で、上流ってものを教えてやって……」
策士が策に溺れた苦みを噛み締めながら、酔いで回らない頭でレオナールが次の一手を考えていると……。
ドンッ!
「ん?」
今何か、扉か何かをぶち破るような音が……。
すぐに悲鳴と焦った叫びが巻き起こる。
「逃げろ!
「手入れだぞ!」
「キャーッ!」
……。
「……マジ?」
レオナールが全裸で間抜けヅラを晒している部屋まで、未認可店取り締まりの警吏たちがなだれ込んでくるのはあっという間だった。
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