第18話 王子様の気持ち
「おい、おまえ殿下に向かってなんという口の利き方を!?」
「いやー、だってねえ。女の争いが起きてるのは分かるっすけど、これ取っ組み合いの喧嘩で勝てばいいってもんでも無いっしょ? となれば、殿下がどうしたいかがまず問題じゃないっすか」
急に話を向けられ、ミシェル王太子は困ったように頬を撫でた。
「確かに私を囲んでくる令嬢の皆には、そういう期待をする者もいるのだろうが……私としてはカテリーナと婚約を結んでいるので、皆それを踏まえた行動をしているものと思っていたのだがな」
「甘いっすよ。気に入らない女から男を奪い取るのが勲章だと思ってる女は結構いますよ?」
「だからおまえ、殿下にあまり生々しい話をだな……」
「ご自身が標的になっているんだから、ちゃんと言ってやらないとダメっしょ」
「うっ!?」
軽く見ていた相手に正論で殴られ、メガネが黙り込んだ。
それを放置して、リリスはズバリを聞く。
「正直なところ! 王子様は偉そうなねーちゃんの事をどう思っているんですか?」
「うむ……」
さすがにちょっとためらったものの、ここで言葉を濁すのも良くないと思ったらしい。ミシェル王子はためらいつつも胸の内を吐き出した。
「私は……カテリーナと将来結婚するつもりで来たからな。今さら他の者と、などとは考えたことも無い」
「おお……」
誠実な答えに、
「むーん……」
オコサマな回答に、
「決まっているからそれで、ってのは誰でも良いと同じっすよ?」
男爵令嬢のツッコミに、王子はそうではないと首を振った。
「いやいや、消極的に親の取り決めに従っているつもりはない。カテリーナは幼馴染でな。兄妹のように共に育って気心も知れている。私は彼女となら、末永く良い関係を築いて行けると思っている」
「他の女ではいかんと?」
「義務も立場も無しに誰かの手を取るとしたら、やはり私はカテリーナしか考えられぬな」
ちょっと微笑んでのろける王子様に、ジト目のリリスがもう一つ尋ねた。
「それで、それは彼女さんには言ってます?」
「む? いや、気恥ずかしくて言ったことは無いと思うな。それにまあ、私と彼女は許婚であるし、夫婦になるのはもう決まっている事だから……」
「そこっすよ!」
「え?」
「そういう事はちゃんと口に出して言わないと! 見た目は丈夫そうでも、女の子ってのはナイーブなもんなんすからね!?」
「とてもそうは見えないのが、今目の前にいるのだが」
「ムッツリは黙っててくださいっす!」
「メガネも消えた!?」
宰相令息を黙らせた令嬢の気迫に、王太子も思わずたじろいだ。
「そ、そういうものか?」
「そうっすよ! 気持ちが通じているかどうかなんて、本当に通じているかは口に出して聞かないと分からないんす! ましてあのお嬢も、見た目はどこかのキッツいおばさんみたいでも十代の女の子(笑)なんすからね!」
「ところどころ変な悪口が混じるような……」
「だからムッツリスケベは黙ってて!」
「余計な物が増えた!? おい、お前いいかげんにしないと……」
「おおっと手が滑った!」
リリスはうるさいメガネの腹に一発蹴りをかますと、崩れ落ちる彼を放っておいて王子様に力説する。
「女の子ってのはっすね? どんなに大人ぶっていたって乙女な気持ちがあるんすよ! 女の子は誰でも心の中に白馬の王子様を飼っているんす!」
「そういうものなのか……」
「白馬の王子を飼っているって辺り、とても乙女と思えないが……」
「だからテメエはおねんねしてろっす!」
リリスはヨシュアにジャーマンスープレックスをかまして完全に沈黙させた。
「意外としつこく起きてくるっすね……もういっそ息の根止めたろうか」
「いやいや待て待て、ヨシュアを殺すな」
リリスを止めてから、王子は考え込んだ。
「そうだな……カテリーナがどう思っているのか、私もきちんと話をするのを怠っていたかもしれん。こちらだけの思い込みで何事もないなどと判断してはいかんな」
「そうっすよ!」
「いや、リリスと言ったか? 蒙を啓いてくれた。ありがとう」
「ハッハッハ、これぐらいなんでもないっすよ」
王太子とリリスは笑い合い……少し真顔で王太子が寝ている側近を指した。
「ところでリリス」
「はい?」
「ヨシュアが目を覚ます前に帰った方が身の為だぞ?」
◆
王太子のせっかくのご厚意なので、リリスは
「うーん、ちょっと偉そうなことを言い過ぎちゃったっすかねえ」
王子を相手にイキリ過ぎただろうか。
「うん、でもまあ、あのカップルにはお互い話し合う時間が必要だわね」
あのままでは不幸なすれ違いになるに決まっている。
やっぱり良いことをしたと、リリスは満足した。
そしてリリスは何の為に雇われたかを忘れている。
そんな鶏系男爵令嬢が門を目指して廊下を歩いていると。
「やあ! バレンタイン家のリリスさん!」
なんだか爽やかな青年にからまれた。
「お? おお?」
見たことがないヤツだ。後ろに仲間らしい、同じような雰囲気の者たちを引き連れている。
「ミシェル様のところへ行った帰りかい? ハハハ、僕たちと入れ違いだね」
なんだかしきりに王太子と近い関係を強調する男だが……。
本当に覚えがない。
そういうヤツが声をかけてくるとなると、目的は大体分かったようなものだ。
リリスはドレスの隠しポケットに手を入れると、たまたま持っていた銀貨二枚を差し出した。
「すんません、警吏の旦那。今手持ちがコレしかないんで、コレで勘弁して下さい」
「通行料を取ろうと声をかけたんじゃないよ!?」
声をかけて来た青年は王太子の取り巻きの一人で、バーモント伯爵家のレオナールという男らしい。
「知ってるかな? マイオーラ地方の大規模開拓に成功して伯爵位に躍進したバーモント家なんだけど」
「よく知らないっす。なんせまだ王宮も十回と来たこと無いんで」
「あ、ああ……そう……」
なんか言って欲しい言葉と違ったらしく、レオナール青年はちょっと引いた様子だったが……。
仲間同士なにやら目くばせをしていたと思ったら、急に満面の笑顔が復活した。そのまま仮面くさいイイ笑顔でグイグイ押してくる。
「いや、じつは最近殿下の覚えめでたいキミの歓迎会をしようと思ってね! どうだい、何か食べたい物でもないかい? ささやかながらパーティをしようじゃないか。もちろんお代は僕らの方で持つからさ」
「え? ホントっすか!?」
奢りらしい。
ならば。
「それなら、ぜひとも行きたい店があるんす!」
リリスは彼らの提案にありがたく乗ることにした。
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