第6章 カチコミのお時間ですよ

第28話 バレンタイン男爵邸の襲撃

 護衛の女騎士は立ち入りできないお茶会中に起きた事件のあらましを聞き、ベッドにうつぶせで倒れている主をジト目で睨んだ。

「お嬢様……なんでそこで好感度を稼いじゃうんですか」


 アホが暴走した結果、想像もできない事件が起き……上手くその場を捌い(てしまっ)た許嫁に、王子様は大いに信頼を高めた。

 普通に寵愛を得たいのなら、これは願ってもないチャンスをものにしたと言える。フィアンセの危急を救った。なかなかの高得点が期待できる。

 普段ならナネットも「うまくやりましたね!」と称賛しているところだ……相手から今でなければ。

「ご自分で立てた計画を忘れてかばっちゃうとか、バカですか」

「だって……ミシェル様の身に危険が迫っていたのよ? 他の人間が止めないんだから、私が動かないと……」

「拾ったお菓子を食べたぐらいで死にゃしませんよ。心配し過ぎです」

「ナネットはアレを見ていないからそんなことが言えるのよ!」

「多少怪しい代物だって、大丈夫ですよ」

 ナネットはお嬢様カテリーナの言い分に取り合わなかった。

 お嬢様マジラブの女騎士にとって、恋敵ミシェルの生き死にはどうでも良い。雇用者は王国ではなくて侯爵家だし。

 だから適当に嘘を教え込んだ。

「男の子はそう言うものを食べて胃腸を鍛える生物なんです」

「まあ! 男の子ってすごいのね……」




 同じく話を聞いた侍女も同じ感想を抱いたけれど、彼女は主人の本音を知るが故に特にお小言は言わなかった。作戦がこの先上手くいくと思えず、ため息をついただけだ。

 クララベルはむしろ、事件を作った問題児の方に頭を痛めていた。

「王太子殿下に、地面に落ちてた菓子を食わせるって……マナー教育はそんな所から始めないとならなかったの!? アレは三歳児!? 『良い子は拾い食いをしちゃいけません』って!? それを社交界デビューしていてもおかしくない令嬢に一から教えるの!? おかしいでしょ!」

 激怒して吠えている工作員の教育係クララベルに、女騎士は肩を竦めた。

「仕方ないじゃない、クララベル。はそう言う生き物だよ。気にするだけムダ」

「無関係に生きてるなら、私だってどうでも良いわよ! でもアレを何の為に雇ったと思ってるの!? 王侯貴族の間で泳がせて、殿下を籠絡しなくちゃならないのよ!?」

 投げやりな同僚にクララベルが喰ってかかっていると、後ろでお嬢様も今日見聞きしたことを思い出した。

「あ、でもクララベル。今度の騒ぎでも、殿下もヨシュア様もダントン様も、みんな同じことをアレはそう言う生き物だと言っていたわ」

「それで良しとしないでください、お嬢様!? 珍獣枠の生き物を使って、どうやって殿方たちを誘惑させるおつもりなんですか!」

「……バカな子ほどかわいい、とか」

「アレが意志の通じなくとも仕方ないペットか何かだとしても、私なら普通に犬か猫を飼っています!」

「私もバカな子がかわいくてハアハアしちゃう……」

「おまえもご主人様に向かって何を言っている!?」

 侍女はクズい騎士の頭を両手で掴み、その額へ思い切り膝を打ち込んだ。もんどりうって倒れるナネットに主人が悲鳴を上げるのを放っておいて、クララベルはイラつきながら舌打ちする。

「まったく、どいつもこいつも!」

「ク、クララベル……」

「何よ!」

「私、誰のことってカテリーナのことだなんて言ってないんだけど……」

「それはさておき!」


 ズレまくっている極秘の計画こんやくはきを今後どう軌道修正をするか。

 侯爵令嬢たちが不毛な議論をこんなふうに戦わせていた頃……。


 その珍獣リリスの身に、危険が迫っていた。



   ◆



 押し入る予定の「男爵邸」を見て、リーダー格の男は思いっきり嫌そうな顔で依頼者に振り向いた。

「旦那、本当に冗談じゃねえんだな? 今のうちなら『実は道を間違えた』って言われたって俺は笑って許しますぜ?」

「冗談だと思いたいのは我々のほうだ」

 ふざけてんのかと言われて、憮然としている二人組の男はゆっくり首を横に振った。

「昼間に下見に来た時、こっちも散々確認したとも。地域の住民がグルになって俺たちをかついでいるのかとさえ考えた。……正真正銘、コレがバレンタイン男爵邸だ」

「マジかよ……」

 依頼人に保証され、「強盗」として雇われた五人のならず者は目の前の建物をしげしげと眺めた。


 都の中でも辺鄙な場所に立つそれは、屋敷と言えば屋敷だった。

 瀟洒な門扉が付いていた正面入り口は門番小屋もついている立派なもので、狭いながらも庭もあり、小さいながらも建物もいかめしく立派に作られて

 ……全て過去形なのは、今現在は全然手入れも修理もなされていないからだ。

 灯りは全くついておらず、生気もない。あばら家というより、廃墟。あばら家ならまだ生活感があるだけマシだ。

 薄暗い一帯の中でもそこだけ街に穴でも空いているのかと思うぐらいに、明るさも人の気配も感じられない場所だった。


「旦那。何度も念押しして悪いが、本当にここが今『標的』の住んでいる場所なのか?」

「我々もどうしても信じられないから、貴族の家柄を管理する紋章院へ男爵家の情報を調べに行った。……本当にここが都での屋敷の住所として登録されていた」 

 聞いた男は帰ってきた答えに呻き、別の男はすっかりやる気をなくした顔で呟いた。

「俺、押し込み強盗って聞いたんだけどな……お化け屋敷で肝試しの間違いじゃねえのか?」

「『ここに盗みに入りました』って警吏に自首したって、いくら説明しても信じてくれ無さそうだぜ」

「盗むものがあるのか? この家」

 男たちが口々に感想を言い合うのを、雇った二人組が打ち切らせた。

余得ついでが無いのは気の毒だが、やって欲しいのは別に家財道具の盗み出しじゃない。おまえらの報酬は現金で用意している。分かってるだろう?」

「へいへい。押し込み強盗に見せかけて、男爵親子をバラシちまう殺してしまうって筋書きっすよね」

「そうだ。『男爵家の者は抵抗した為に強盗に殺され、放火で家は全焼』……残り半分の報酬は証拠と交換だ。男爵令嬢の髪でも切り取って持ってこい」

「ついでの稼ぎもねえんだ。そのお嬢ちゃんぐらい……いいっすね?」

「ああ、構わん。出来るだけ惨めな最期が良いらしいからな。だがこっちもここで待ってるのもツラいんだ。楽しむのもいいが、さっさと仕事を終わらせてくれ」

「へへっ、承知……じゃあお前ら、行くぜ」

 ダメ人間二人の抹殺。

 警戒するほどのことも無い、簡単で儲かる仕事だ。


 下卑た笑みを浮かべたならず者たちはおのおの武器を手に、獲物がいる筈の屋敷へと踏み込んで行った。


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