女王陛下の特命令嬢 リリス・バレンタイン ~「ハートの女王」と呼ばれる高慢令嬢が婚約破棄しようと王子をたぶらかすヒロインをスカウトしたら、よりによってとびっきりのバカが来た~
第29話 クライマックスで崩落はお約束ですね
第29話 クライマックスで崩落はお約束ですね
中まで見に来る気が無い依頼人を外に置いたまま、男爵邸へと踏み込んだ男たち。
鍵をこじ開けて入った屋内は、外見同様に荒れ果てていた。
「これ、本当に住んでるのかよ? 中に入ってもまったく人の気配がしないぞ?」
「少なくとも娘はウロチョロしてるって話だ。使用人はいなさそうだが」
皆が不審がる中で、一人がそっとしゃがみ込んで床を明かりで照らした。
「いるにはいるみてえだな。最近のものっぽい女の足跡が残ってる」
「それで、なんでこんなに空き家みたいな感じなんだよ?」
立ち上がった男は肩を竦めて失笑を漏らした。
「おそらくだが……こいつら使用人が雇えなくて、屋敷の使ってねえところは放置しているんじゃないか」
「それで普段立ち入らない部分は、この荒れ放題ってわけなのか……」
廊下の掃き掃除さえしていないようで、ほとんど廃墟の床にいつも歩く部分だけ足跡が残っている。
「コイツをたどればいちいち探さなくても済みそうだ」
「手間が省けるのは助かるな」
一応は物音に気を付けつつ、五人は埃に浮いた女の足跡を頼りに屋敷の奥へと進んで行った。
「そのお偉いさんを怒らせたとかいうガキ、顔だけはなかなかいいそうじゃねえか」
今日のは楽な仕事だという思いが彼ら全員にある。そのせいで緊張感もなく、歩く間も囁くような小声だが雑談を続けている。
話題は今回唯一期待できるオマケ、リリスとか言う小娘を弄ぶ話だ。
「本当は朝まで楽しみたいところだな」
「こんな地域だし、ただの強盗ならそれもいいけどな。今日のは請負仕事だからやるだけやったらすぐに引き上げないとなあ」
「アイツらが不景気ヅラで待ってるからなあ。どうせなら一緒に楽しんで行けばいいのにな。ストレス解消に持ってこいなのにさ」
「小汚ねえ所でヤるのが嫌なんだろ? ありゃ、お貴族様んとこの使用人で間違いねえな。下っ端のクセに気位ばかり高くていけねえや」
「ははっ」
小さい屋敷なのでそれほど歩く必要もなく、足跡はひときわ立派な両開きの扉につながっていた。
(どうやら元は応接間かなんかだったところみたいだな)
泥棒・強盗の経験が豊富な一人がそうアタリをつけた。もう誰も訪れる者が無いので、一番豪華な部屋を居住区にしているわけだ。
さすがに実行直前とあって、リーダー格の男が他の四人に念を押す。
(手順は大丈夫か?)
(簡単すぎて忘れようがねえだろ)
踏み込んだら、向こうが起き出す前に棍棒でオヤジをぶん殴る。
続いて娘をさんざんに弄んだら証拠に髪を一房切り取り、とどめを刺す。
そして証拠を依頼人に渡して終了。
後は依頼人どもが油を撒いて火を点ければ、現場に何も残らない。
以上だ。
(行くぞ?)
(おう)
五人が目配せで確認し合うと、リーダー格の男は自ら部屋の扉を蹴破った。
◆
お嬢様のワガママに振り回されるのはなかなかにしんどい。
特にこの手の、裏の手配りが必要になる仕事は。
激怒して帰宅するなり指令を出した侯爵令嬢の不興を買わないよう、彼らは遅滞なく外へ飛び出した。お嬢様が「すぐになさい!」と言うのならば、それは「今すぐ全てに優先して」ということだ。
大身貴族の使用人というのは、機転と忍耐、危険回避の嗅覚を持っていないとやっていられない。
彼らはその事を嫌というほど分かっていたので、屋敷を出た後は迅速に動いた。
この半日は男爵家の確認に走り回り、ならず者たちと交渉して人数を掻き集めた。かなり速い仕事ぶりだったと思う。
後は奴らが問題の男爵令嬢を始末したのを確認したら、さっさと「事件現場」を焼いて帰る。それで終わりだ。
外で通行人の見張りをしつつ完了を待つ彼らは、任務達成の嬉しさよりも、やっと休めるという解放感の方が上回っていた。
「正直、さっさとやつらごと焼いて帰っちゃいたいんだが……」
「証拠が無ければ、お嬢様も納得されないでしょうしね」
「そこだな。それは受け取らないとならん」
執事と従僕が暗がりに身を潜め、そんなことを話していたら。
ドォオンン!
「……なんだ、今の音は?」
いきなり屋敷の中から聞こえた、何かが崩れる音。
二人は思わず手元の油を見た。まだ何もやっていない。
しかし、現実は時として想定を超越するものだ。
慌てて振り向いた二人の目の前で、バレンタイン男爵邸が地響きを立てていた。
「地震!?」
いや、自分たちの足元は揺れなかった。
そうじゃなくて……。
バレンタイン男爵邸は見た目通り老朽化も進んでいたらしく、中で起きた何かの衝撃で崩落をし始めていた。
屋根が揺らぎ、内側へ沈みこむように崩れていく。夜目にも白い粉塵が巻き起こり、重い物が滑りながら叩きつけられる音が付近一帯に響いた。
「あいつら、何をやらかしたんだ!? 屋敷を叩き壊せとまでは言ってないぞ!?」
「いや、棍棒しか持ってなかった。あれで家なんか壊せるわけがない!」
彼らが誘発したのは確実だろうが、わざと壊したわけではないだろう。
老朽化が進んでいたところへ多人数で押しかけ騒いだので、微妙なバランスを保っていたのを崩してしまったか……。
いくら寂れた地区でもさすがに屋敷が倒壊すれば目立つ。
周辺住民がワッと集まり、だけど何をできるわけでもなく……。彼らは目を丸くして、バレンタイン男爵邸が完全に潰れるのを眺めていた。
(おい、これは良かったかもしれんぞ)
周りの目を気にしながら、侯爵家の執事は隣の同僚に囁いた。
(令嬢を始末した証拠は用意できなかったが、これなら生きていることは無いだろう)
(まあ、確かに)
この大量のがれきの下敷きになって、生きている人間がいるとは思えない。
実際に令嬢より丈夫なはずのならず者が五人もいたはずなのに、助けを求める声どころか悲鳴さえ聞こえない。一緒くたに押しつぶされたようだ。
(確実に始末できたうえに、捨て駒どもに残りの報酬を払わなくても良くなった。こっちには得しかない)
(そうですね。後は一応落ち着いた頃に見て回って、生き残りが本当にいないかどうかだけ……)
確認を、と従僕が続けようとした時。
ガチャ。
彼らの立っている場所からすぐそこ。
男爵邸(跡)の門番小屋の扉が開いた。
そして……。
「ん~? なんなんすか、このデカい音?」
「…………えっ?」
二人が呆然と見ていると、聞いた扉から若い女が出てきた。金髪の頭に筒みたいにきつく巻き込まれた縦ロール。話に聞いた男爵令嬢の特徴だ。
その女はこんな騒然としている中で、呑気に大あくびをした。
「門番小屋は狭くて暖房の周りが早いのはいいんだけど、おトイレは母屋に行かないとならないのが面倒っすよね~」
そこまで言いながら屋敷を見た女が硬直し……。
「……わお」
一言だけ、言葉を漏らした。
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