第07話 リリスちゃん、絶体絶命

 五分後。


 芝の上で大の字になってのびている王太子に、取り巻きたちが必死に呼びかけている。

「殿下ーっ! 殿下っ、しっかりなさって下さい!」

「おい、医者はまだか!」

 その近くで、殺気立った者たちに真剣を突きつけられてリリスが泣き喚いていた。

「みゃーっ!? たまたまぶつかったんですぅ! 悪気はなかったんですよぉ!」

「嘘つけ! あれだけ器用に護衛を避けておきながら、たまたまなんて言い訳が通用するか!」

「コイツどこの暗殺者だ! 拷問にかけろ!」

「助けてーっ! 冤罪で殺されるぅ!」

「現行犯だろ! どこが濡れ衣だ!」

 もう、大騒ぎ。


 ハチの巣をつついたような騒ぎになっている現場を遠巻きに見て、憮然としている侯爵令嬢はお供の騎士を振り返った。

に私が口を挟みに行きますの?」

「そう……なりますねえ」

 騎士も思いっきり信じられないものを見た顔をしている。

 というか実際に一部始終を見ていたのに、自分の見た物が信じられない。

「あのバカ……『うっかりぶつかっちゃった』を演出するだけでいいのに、なんでこんな大きな騒ぎになるんだ」

「正直に申して、私もあのアホを縊り殺したいところなんですけれど」

「私もいっそこのまま放置して、次の娘を探したい気持ちがあります」

 でもリリスが本当に拷問にかけられて、カテリーナの関与をしゃべっちゃったら……婚約はのぞみ通り破棄されるだろうけど、カテリーナもリリスと一緒に処罰されかねない。

「おおごとにならないように、取りなさざるを得ないですね……」

「失礼をした女を殿下の御前で貶して不興を買うはずが、なんで正反対のことをしないとならないのよ……」

 



 事前の(杜撰な)計画ではこうではなかった。

 リリスが王子とぶつかって「怪我はないか?」などとチヤホヤをされているところに、カテリーナが登場する筈だった。

 そこで「男爵令嬢ごときが」と身分をわきまえろ発言をして、「いびられるリリスが可哀想」からの「王子が庇う」という筋書きだったのに……。


 カテリーナとナネットは顔を見合わせ、ため息をついた。



   ◆




 問題の男爵令嬢の方は、剣を突きつけられながらジタバタ言い訳に足掻いていた。

「皆さん、まずは落ち着きましょう! こういう時はパニックになってはいけません!」

「その原因が偉そうな口を叩くな!」

「短気は損気って言うじゃないっすか。ほら、可愛いリリスちゃんを見て気持ちを落ち着けるんす」

「見れば見るほど今すぐ首を落としたくなってくる!」

「おい、地下牢の準備はまだか!」

「みゃーっ! 誰も話を聞いてくれないぃぃ!」

「当たり前だ!」

「これだから今どきの若者は!」

「世代の問題にするんじゃない! おまえはいくつだ!?」

「いーやーだー! だーれかー!? 助けてくれる人、カモンッ!?」


 そこへ。

「……まあ、待て」

「殿下!」

「殿下!?」

 呻き声と共に蘇生した王太子に、周りの者が一斉にワッとにじり寄る。

「大丈夫ですか!?」

「まだ動かないで下さい!」

「ああ、うむ」

 頭を振りながらなんとか身を起こす王子様に、側近たちは一斉に安堵の息を漏らした。

 もちろん、この人も。

「よかったー! 肩が当たってちゃったんで、申し訳ないなーと思っていたんす!」

「あれが『肩が当たった』ってレベルか!?」

「転ばせたって、全身でぶつかりに行っていただろうが! よくもいけしゃあしゃあと……!」

 リリスがホッとしてエヘヘと笑ったら、なぜか周囲の兄ちゃんたちがいきり立った。




 支えられて起き上がり、芝生の上に座り込んだ王太子の前に騎士団長の令息がひざまずく。

「ミシェル殿下、ひとまず医者を呼んでおりますので」

「うむ。世話をかけるな、ダントン」

「もったいないお言葉! このダ……」

 と、ねぎらいに感謝の言葉を述べ始めた令息を押しのけて。

「大丈夫っすか、イケメンの旦那! すいませんね、この駄犬ダントンがだらしないもんだから!」

「なんだおまえは!?」

 いきなり横に押されたダントン君が怒るが、リリスは今それどころじゃない。

 ここで王子様に好印象を持ってもらわないと、お嬢様カテリーナに課されたミッションが成功しない。

 というか、それ以前に。

「きさま、さらに無礼を重ねるか!」

「早く引っ立てろ!」

 ここで王子に許してもらわないと命が危ない。


 そこで周囲を囲んでいた取り巻きの一人が、一番肝心な事を思い出した。

「そう言えば……コイツ、誰だ?」

 言われた一同が押し黙り、注目がリリスに集まる。

「え? 何? みんなでリリスちゃんに首ったけ? のわりに賞賛の言葉がまだなんですけど?」

「コイツ、頭がどうにかしてるぞ……」

「そもそもおかしいんじゃないのか?」

 なかなか、いい所を突いている。

「こんなやつ見たこと無いぞ? 誰かの使用人というわけでもないようだが……おまえ、何者だ!?」

 やっと出てきた身元を問う声に、リリスは含み笑いをしながら立ち上がる。

「ふ、ふふふ……その言葉を待っていたっすよ!」

「何!?」

 怪訝そうに騒めく周りを囲んだ人々に、得意げなリリスは見栄を切った。


「何を隠そうこの私、なんとお・貴・族・様! 男爵令嬢のリリスちゃんでーす!」


 白けた空気が漂い、皆がリリスを見つめたまま無言で時が過ぎる。

「……あれ? えーと? あの、控えおろうも言った方が良いっすか?」

「いや……あのな」

 おかしな雰囲気にキョロキョロ周りを見回すリリスに、最初に詰問した少年が拍子抜けした様子で周囲を指し示した。

「ここに男爵令嬢なんて位が低いヤツ、おまえぐらいしかいないから」

「……なるほど」

 リリスの爵位(持ちの身内という立場)は、全く身を助けてはくれないと。

 そこまで理解した当の男爵令嬢は。


「すいまっせんでしたぁ!」


 土下座した。

 もうこれ以上ない気迫で土下座した。

 ワインの瓶をケースで割っちゃったときより真剣に土下座した。


「初めて王宮に来たもんで、ちょっと勝手が分からなかったんですぅ!」

「勝手がわからなくて猛スピードで殿下に突っ込むってなんだよ?」

「いや、それ以前にやり直しをしたのはなんなんだ」

「トイレで開かれるパーティーに遅刻しそうになっちゃってですね? お花を咲かす舞踏会が会場以外で随時開催されそうな気配が濃厚で気が急いていたものですから、おっとコイツは最速で探さにゃならねえと」

「婦女子がそういうをあからさまにするな!」

「ひぃっ、すいませーん!? ……あれえ? こういう時はお花がなんたらって言えって、マナーの先生クララベルに聞いたのに」

「全っ然隠せてないぞ、貴様の隠語!?」


 身元を問うてきた彼が、リリスが吹けば飛ぶような下級貴族と分かってより厳しい目で問い質してくる。

「その男爵令嬢がトイレを探して恐れ多くも殿下にぶつかった。そこまでは分かった」

「あ、ふかこーりょくだって分かってもらえました?」

、そうかもな。だが、なぜやり直した?」

 明らかに故意。たまたまだの偶然だのうっかりだの、そんな言葉でごまかせはしない。そういう意思を込めて睨みつけて来た彼に、特に悪いと思っていないリリスはあっけらかんと言い放った。

「なんか偉そうな人にぶつかったけど、ちょっと最初のイメージが悪かったかな~と思ってやり直しました」

「よりひどくなってるじゃないか!?」

「結果論で言うと、そうかもしれないっすね」

「トイレはどうした!」

「人生には、それより優先しないといけないことがあるっす」

 周りを囲む殺気立った男たちが微妙に遠巻きになったのは、リリスがをまだ抱えていると思ったからだろうか。


 王太子の取り巻きたちがボソボソ相談を始める。

「とりあえず、コイツどうしよう」

「やっぱりひとまず、地下牢に放り込んでおこう」

「身元も分かった。動機も分かった。あとは知りたいことも無いから、そのまま処刑人に引き渡して終わりじゃないか?」

「ちょっと皆様、お待ちになって!?」

 後始末の相談がどんどんヤバい方向へ流れていくので、リリスは慌てて待ったをかけた。

「なんだ」

「なんだじゃないですぅ! ほんのちょっとしたドジじゃないですか!? 死刑になるほどのことはしてません!」

「王子に二回も危害を加えたんだ。どう考えても死刑だろ」

「正論で殴ってくるヤツは好きじゃないな!?」

 

 この状況は、かなりヤバい。

 一人もリリスをかばってくれる人がいない。

「くそう、れでぃーふぁーすともできないオコチャマどもめ」

 レディーファーストを取り違えているのは、リリスの方。


 リリスはもう一回土下座した。

「ごめんなさい! ホント、悪気はなかったんです! ていうか失礼をするつもりも怪我をさせるつもりも無かったんですぅ! 肩を揉むのでも靴を舐めるのでも、何でもするから許してくださいぃぃ!」

「コイツはプライドも全く無いのか?」

「悪気が無ければいいってもんでもないだろ……」

 リリスの誠意ドゲザはあまり効力が無かった。


 どう処分しようか、周りが再度ざわざわし始めたところへ……新しい声がかかった。

「あら。それほどまで言うのなら、本当に靴を舐めていただこうかしら?」

 その一言に、リリスを吊るし上げていた人々が一斉に静まり返る。


 女騎士ナネットを連れたカテリーナ・クロイツェル侯爵令嬢が立っていた。

 

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