第53話:冷静に選択する
球体状の空間の中心で、椅子に縛り付けられたアンジュとジェイを飲み込んだ禁書を見つけた。
「アンジュ、ジェイ!!!」
その光景にお母様と私はとっさに叫んだ。
「フハハハハハ!!!!」
突然、女の甲高い声とかちこち鳴らすヒールの音が響いた。
「元気そうだな?ラフラ。よくも前は妾を出し抜いてくれたのう。母親と、そして己の娘にも嘘をついて、ロクでもない女だね、お前は。」
チエの表情は憎しみとこれから起こることへの期待なのか、悦びを合わせたようなものだった。
「まあそれもこれも今日まで。妾は決めた、お前に報復する。
こっちへ来い、ジャミン。」
暗闇から、意識朦朧フラフラと歩いてきたのは、顔が真っ白いジャミンだった。
「このジャミンとアンジュは、竜人の血をひく者たちだ。
妾もこやつらを使って、竜人の血を再び奮い立たせ、人間を竜人に変えて見せてやろう。
お前は、『竜転人永』を一度に一人にしかかけられなかったようだがな、妾は二人でも何人にでもできる、なぜなら、妾が特別だからじゃ。最高魔術師は、この妾なのじゃから…!!ハハハハ」
お母様は今までみた事もないような鋭い視線でチエを睨んでいる。
「そうそう、供物となる竜人の心臓がいるのう…。ヒカエス、あやつらをここにお招きしてやれ。」
そういうと、中央付近に二人の男の影が現れた。
「一体、ここはどこなんだ…」
聞き覚えのある声、こここれは
(→(ノイズ)あ、アクエス…なぜここに)
それともう一人はピンク色の髪の毛、ジュリアスだった。
チエは満面の笑みを浮かべて二人に頭上から話しかけた。
「こんにちは、お二人は昔から面識があるのかのう?」
ジュリアスは首を横に振ったが、アクエスは俯いたままだ。
「ジュリアスと申すものよ。お前は竜も竜人も嫌いだな。妾はなんでも知っているぞ。お主の父上を殺した現場にいた雄竜の正体すらもな。」
ジュリアスは真剣な表情でチエをみた。
「本当なのか。教えてくれ。私は誓ったのだ。父の遺体の前に転がっていたこの鱗を使って作ったこの魔剣で、そいつを貫くことを。」
チエはニンマリ笑った。
「そう言っているぞ?アクエス?」
チエはジュリアスの隣の男を見て言った。
「お前に会いたかったなど…お前が生きている間にエフィス以外で言ってくれる人間がおったのじゃのう。よかったな。」
ジュリアスは隣を見て、明らかに動揺している。
腰元の剣がガタガタと揺れている。
「そ、そんな。あなたは、竜人?しかも父上を見殺しにした、いや殺したドラゴン…」
「ああ。その魔剣の鱗は私のものだ。そうか…」
(→(ノイズ)アクエス、ダメです。そのような誤解を受け入れては…あなたはなぜ…アクエス…)
側にいたヒカエスがチエに何やら耳打ちする。
「なに?殿下たちが入り込んだじゃと?邪魔じゃ、始末してこい。ふふふふ」
いよいよ耐えきれなくなったお母様はスッと立ち上がると、チエに怒鳴りつけた。
「あなたの思い通りになどさせません。私はあなたをこの場で処分します。決着をつけましょう、チエ。」
「フハハハハ!!!妾に勝てるとでも思っとるのか。まあ良い、ちょうどいいからお前を妾の手で送ってやる、さあ来い」
一気に空気が張り詰める、今から二つの復讐をかけた争いが始まるのだ。
両者の状況が悪化する中、私は冷静だった。冷静に打開策を考えていた。
この場でまずいことが二つある。一つ目は、アクエスが丸腰でジュリアスになら殺されてもしょうがないと思い込んでいることだ。アクエスの命が危ない。そして二つ目は、チエの後ろにいる身動きできないアンジュと、禁書のジェイのこと。二人はお母様とチエの攻撃から逃げられない。当たってしまったら二人とも危ない…。ジャミンは…動けそうではあるからここではまずいの要因から省かせていただきます…。どうしよう、私が二人いたら両方助けられるのに、選べない。どうしよう、ああ、お母様が炎の球をチエに向かって投げつけている、やばい…このままだとあの炎が確実にアンジュと本に当たってしまう…ほら、あの憎たらしいチエの笑みがそれを証明している…きっと避けるつもりね…(→(ノイズ)あ、アクエスが危ない、美琴、早く選んでください。どちらを助けるか。お願いします、アクエスを助けてください。お願い早くして、ほらジュリアスが剣を抜きました、振り上げてる…!!!!お願い!!!美琴動いて!!!!!)
*******
そのとき体に起こった二つの衝撃。
空気が弾かれたように私の体は弾み、破壊されたような気がした。
最初に私を襲った、一つ目の衝撃は、指から始まり、赤い光が光線のようにアンジュとジェイの方向に突き進んでいく。怯えたアンジュとそしてジェイを、お母様の火の玉よりも速く、紅く丸い膜が包み込んでいた。
「ちっ!!!」
そして、私の体を弾ませ破壊した衝撃はそのすぐ直後に起きた。
私の周りに白銀色の文字がびっしり描かれた円盤が現れ、全体が眩しい光で満たされていく。
「ゔっう…」
血の噴き出す音、鋼が床に叩きつけられ音を鳴らして床に転げ落ちている。
(→アクエス!!!)
*****
光のトンネルから抜けた私たちは、天高く、この光景を見下ろしていた。
赤い球体のそばで私たちを信じられないものでも見るように見上げる、お母様とチエ。
そして、赤い液体が円く広がるそばで、血の気のひいたジュリアス。
バッサバッサと後ろから聞こえる翼の音と、そして、私の瞳から流れる一筋の液体…。
(→い、いいいやっっっっっっアクエス)
私たちはゆっくりとアクエスの元に舞い降りた。
彼はアオ向きで寝ている。
「こ、こいつがいけないんだ。僕の、父上の敵なんだ…」
ジュリアスが下を向いたままそう吐き捨てた。
その時だった。
「アティス様」
この優しい声は、もしかしてエレーナ?
思わず見上げるとそこには黄金色の鳥と、そして堀の外にはファイ様と皐月様が見えた。エレーナが連れてきてくれたのだろうか…。
「アティス様。まだ間に合います。アクエス様に治癒を施しください。竜の姿になることができたあなたならできます。その鱗をとってアクエス様の出血部におかぶせ下さい。さあ、早く」
「な、何をする?こ、こいつは」
「おだまりなさい!!」
先ほどまで優しい声色だったエレーナが、大声でジュリアスにいった。
アクエスがジュリアスの父を殺したわけではないこと、殺されたドラゴンが実は竜人でしかも、アクエスの娘であったこと。それはそれは優しく強い竜人で、二度と生えてこない鱗のほとんどを、竜人や人間に薬として渡して来た竜人であったこと。そしてファイ様のお母様であること…。
エレーナは、とても大切な方を語るようにスフェナさんのことを話した。
その話を聞いてジュリアスは立ってはいられなかった。
糸を抜かれた操り人形のようにその場に倒れ込んでいた。
私たちは自分の白銀の体から、一枚鱗を引き抜いた。
鳥、には転生したことはないけれど、鳥が羽を一枚掻い摘む感覚だった。
その、透明でいて七色に光る硬い鱗をアクエスの傷にそっとのせる。
鱗は湖のそこに静かに沈むように彼の体に吸い込まれて言った。
『お願い…アクエス…間に合って。今度はあなたが私を置いていくの…?』
荒い足音がこちらに駆け寄ってくる。
ケルピーに跨る(またがる)ジュノー殿下とクシュナ、そしてその後ろには動けなくなったヒカエスが乗っていた。
どこか清々しい顔をした二人は躊躇なくチエを拘束し、ジェイの術を解かせ、アンジュとジェイはやっと解放された。二人が意気投合しているのは初めて見たのになんだか昔からそうだったように馬があっていた。
*****
腕を後ろで縛られたチエは恨めしそうに、ラフラを睨みつけてから私をじっと見た。
「呆れたもんだね。まさか妾の娘が、『魂転憑依』の術まで使っていただなんて。
お前、いよいよバケモノだね。魂を動かす禁術なんて、人間にはできっこないよ。月人のみが扱えた技だっていうのに…なんだい、お前は月人の生まれ変わりだとでもいうのか?それも、竜転人永の裏でこそこそと…」
ラフラは不意を突かれたようにチエを見た。
「チエ、あなたボケてしまったのではなくて?私がかけた禁術は『竜転人永』の禁術のみ。『魂転憑依』なんて、魂の生贄が必要なんでしょ?そんなこと私にできるわけないし、魂ってまずどうやって手に入れるのよ。」
困った様子のラフラを見てチエがケッケとあざ笑う。
「フハハハハ。妾たちは何者かにまんまとはめられたのか。
竜人の心臓が手に入る情報はな、妾の部屋にあった置き手紙から知った情報だ。そして、それをお前にまんまと横取りされ…何かきな臭いと思っていたが…ククク。
どうせ、お前もあの情報はそいつに無理やり知らされたのだろう?親子共々利用されて惨めなもんさね…
それにお前気づいとらんかったのか?
ほれ、あのアティスがアクエスにいっとったことを思い出してみろ。
自分を置いて今度はあなたが先に逝くのかと問うておった…ククク、あれは間違いない、エフィスの魂がアティスに入り込んでいる。しかも、あの小娘の中にある二つの魂…どうも妾たちの世界の者と波長が違うようなきがするのじゃが…」
すると白くキラキラした粉がチエの前にバサっとかかった。
「ぐ、ぐあぁ〜」
水蒸気を立てて現れたのはよぼよぼな、白髪頭の痩せこけた老婆だった。
「くっ、な、なにをした〜」
「餞別です。私や、ジェイを危険に晒しただけでなくお、お母様やお姉さままで愚弄しようとなど、許しませんわ。ですから元のお姿に戻して差し上げたまでです。」
粉薬をチエに振りかけたのは、意外にも妹アンジュだった。
「そ、そうだ。僕たちの家族の幸せをこれ以上壊すな!」
ジェイも果敢にチエを断罪する。
「こ、この薬。妙におとなしく捕まると思ったがまさか…」
*****
その後、チエそしてその従者ヒカエルは捕まり、エレーナは自首をした。
エレーナは、私のところに近寄って昔のように優しく私を抱きしめた。
エレーナの優しい匂いがした。
「アティス様。私は確かにあの悪党の手先でした。
しかし、スフェナ様を襲ったあの夜、鱗をほとんど残さないのに美しく気高いスフェナ様をお見受けして以来、今までの正行を悔い、改めることを決心しました。あの方の心臓が、悪用されることは決してあってはいけないと思った私は、その後アティス様たちを観察していました。そんな中、ファイ様があなた様を霧月国へ連れて行った時は焦りました。もしかしたらアティス様が殺されてしまうのではないかと思ったためです。しかし、取越し苦労だったようですね。
あなた様は、アクエス様を救うために選択したのです。竜になられることを。
あんなに怖がっていらっしゃったのに…
アティス様、あなたは…スフェナ様の意志を尊厳するにたる人物だと心より、エレーナは思っております。
それと…最後に一つ弁解させてください。アンジュ様たちの薬を横流ししたのは私ではありません。もう一度、ジャミンの周辺を洗ってみてください、家紋を自由に使える人間は限られていると思います。」
そう言い残し、彼女は深く頭を下げてからこの場を去っていった。
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