第50話:冷静に秘密の塔に入る
私とジェイは屋敷から出て、あの巨木のある門を目指して歩いていた。
やっと、この屋敷から出て新鮮な空気が吸えるぞ!!しかもファイ様たちに会えるかもしれない!!気持ちが勝り歩く速さがどんどん速くなっていく。
「ちょっとねえさん、どうしたの?ワッ」
ジェイの声を聞いて振り返ると彼が何かにつまずき、その何かを拾い上げていることがわかった。彼が興味心身に見ているそれは、古びた鍵だった。
その瞬間のこと。地面が震えだし地形が変わっていく。石畳が急に現れ、ロール絨毯が転がるように道が作られていく。そしてその先に現れたのは、小さな塔だった。
周りを見渡すと、今まであった屋敷も門も何も無くなっていて、崖の上には昔から塔とあの巨木だけしかなかったかのようだった。
私とジェイは仕方なく、あの塔を目指すことにした。
ここからの出口は見当たらず、深い霧に周囲一帯閉じ込められていた。それにここはもともと崖っぷちだ。足を踏み外す可能性を考え、大人しくこの鍵で開ける場所、あの塔の部屋に行ってみることにした。
塔の真下には、木の扉があって、開けてみると階段が頂上まで続いていた。
たぶんこの塔も図書室と同じ五階建くらいの高さがある。
”光天”の魔法で塔内を明かりで満たし、上へと急ぐ。
「僕は今日剣も携えてきたし、何かあった時のため、ねえさんは僕の後から来て。」
先ほどジェイがこんな頼もしいことを言ってくれた。
なんだかんだで、ジェイとペア組んでここにきて良かったかもしれない。
「着いたよ。」
ジェイの言葉が下までこだまする。
頂上階には可愛らしい扉が一つだけあった。
あの鍵を使って施錠を回した。
***
扉の向こうは予想外の空間だった。
まず私たちを呑み込む甘い香りに、このホラーなイメージをかき消すように埋め尽くされたピンクの小物や家具たち。カーペットやお姫様ベットに転がる人形やクッションはユニコーンや妖精などのファンタジーなものばかりだった。
この部屋、見覚えがある。
私たちは確信した、ここはお母様の部屋だということを。
「お母様の昔の部屋みたいだなここ。ほら、昔はピンクで部屋をごちゃごちゃにしていたよね。それにファンタジー大好きなところはずっと変わらないんだ…」
ジェイが辺りを見回すと本棚の上に置かれた写真たてに、若かりし頃のお母様の姿があった。今のお母様と全く変わっていない。美魔女だ。
本棚にはたくさんの本が詰まっていた。背表紙のタイトルを自然と目で追うと、やはりあった。
お母様の大好きな本、“竜人とお姫様のものがたり”が。
私は軽い気持ちでこの本を手にとった。
あれ?前部屋にあった時の本よりも、この本分厚くて重くない?
そう思った瞬間、部屋がぐるっと回る。
「な、なにが起こったの?ねえさん??」
*****
「ねえさん大丈夫??」
私たちが今いるのは洞窟のようだった。円状にくり抜かれていて、蝋燭の光で割と明るい。
「おい、そこのお前。お前が持つ本は、禁忌術『竜転人永』の書かれた禁書だ。なぜお前が持っている?答えろ。」
若く妖艶な声色がした方を向けば、闇のなからすらりと背の高く美しい女性が現れた。
濃紺の爪先まで付くローブを纏い、フードから出た濃い水色の髪は、カーブを描きながら腰まで流れていた。
「お、お言葉ですが、この本は禁書なんかではなく、竜人とお姫様のただの童話ですし、これはお母様の部屋にあったものです。何か誤解されているのではありませんか…それにあなたは一体どちら様でしょう?」
私はその女に投げかけた。
「ほぉう。お前がラフラの娘か。顔をよく見せろ。」
そう言いながら女はフードをとった。
少し釣り上がった黄金色の瞳に、小さく形の良い口元の横にあるホクロがセクシーな美女がそこにいた。私とジェイを舐めますように見てから「ヒカエス、来い。」、そう呟くとヒカエスさんが闇の中からスッと現れた。
「チエ様。何かご用でしょうか」
(→美琴!今チエ様ってあの女性に向かって言いましたよ!チエ様はあなたたちのお婆様ではなかったのですか??)
エフィス、私も今、目が飛び出しそう。
そんな私とジェイを無視してチエ様は続ける。
「お前だな、余計なことをしたのは。禁書を手にできぬように妾が魔術をかけていたのを知ってのことか?出過ぎた真似をしてくれたな。ラフラの部屋に、まさかお前がその子供らを通すとは。お前には代償を支払ってもらうぞ。」
そういってチエ様はヒカエスに冷たい笑みを投げた。
「さあ、ヒカエス。あの娘から禁書を取り返してこい。」
すると人間だったヒカエスさんはみるみる姿を変え、七本の尾を持つ妖狐になっていた。
「ね、ねえさん!!」
『悩夢霧獄(のおむきりごく)』
*****
「ね、ねえさん!!」
私の目の前に飛び出し庇おうとしたジェイは不意に私が手にする禁書に吸い込まれた。
急に消えたジェイに私は驚き、声がする方を見ればそれはこの本…!!
「フハハハハハ」
女の甲高い声が洞窟内で反響する。
「お前のかわいい弟は禁書の中だ。今から妾たちはお前から、禁書と弟を奪い取る。覚悟しろ。」
女は広角を上げてニヤリと笑った。
それを皮切りに妖狐の周りに風渦が巻きおこる。
「風花嵐」
この風を使って、本とジェイを奪い取る気だ。
そんなことはさせない。生憎、私は全属性持だ。風魔法で打ち消してやる。
「無空音」
強く巻き上げる風にそれと逆向きの力の風がぶつかる。
しかし、妖狐のかける術は私よりも強く、こちらが押されている。このままだと、奪われてしまう。
(→美琴。相手は風、つまり空気の流れです。火魔法で室内の温度を変え、風の流れを熱によって誘導させられればこちらが指導権を握れます。)
でも、それだと本が燃えちゃうかもしれないよ。そしたらジェイが…。
(→それならば水で自分自身に結界を張った上で火力魔法を発動させましょう。)
「水膜壁宙 同時展開 炎凰殿上」
さらっとした淀みが私を優しく包み込むと、その水面越しに現れたのはマグマのような灼熱の液体。ジュージューと水を蒸発させ辺りを取り囲む。
「フハハハハ!!!面白い。やはりな。妾はこの目で見た。確かにお前は全属性の魔法が使えるようだ。良い。さすが竜人になりし娘よ。ハハハハハ。」
腹を抱えて高らかにチエは笑った。
そしてどこからか小瓶を取り出し、恍惚な笑みを浮かべてそれを見ている。
「だがな娘よ。お前はまだ甘い。
これが、何かわかるか?これは竜人の鱗じゃ。これでしまいじゃ。」
そういうと、チエはなにやら小さく唇を動かし、小瓶を握りつぶした。
「宙展逆下」
その瞬間、懐にあった本が彼女の手に、そして彼女が握り潰した血痕が滴る小瓶が私の手中にあった。
「教えてやる。妾は負けたくないのじゃ。禁忌の術を妾よりも先に成功させた、娘にはな。そうだな、ラフラとともに”宙郭”に来るが良い。お前のかわいい弟と妹を返して欲しくばな。フハハハハ」
そして私一人だけが暗闇に残された。
あたりは真っ暗でとても静かだった。
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