第49話:冷静に魔法旅行〜お母様の故郷〜



「おはよう、ねえさん!あれ?ねえさん今日はいつもと雰囲気違うね。

このストール、とてもねえさんに似合っている。」


出発を控えた私たちを家族が見送りに来てくれている。


「まあ。お姉さま!そのストールはどこで手に入れられたのですか?透明なのに、七色に見る角度によって光る布…!素敵です。」


妹アンジュが目を輝かせて私のストールを褒めてくれた。


「竜人の国の友人にもらったんです。今度またその方に会ったらアンジュの分もいただけるか聞いてみます。」


「竜人の国で…!ぜひよろしくお願いしたいですわ。」



隣でジェイがつまらなさそうな顔しながら「ファイ様からではないよね。」と小さく呟いた。



お母様は、すごく心配そうな表情で私たちを見送ってくれた。



「チエによろしくお願いします。二人とも気をつけて行ってきてくださいね。」




*****



王都から北に離れ、馬車の車窓から見えたのは青く澄んだな空と松林。そして、感じる潮風は、この崖下に広がるターゲル海のせいだろう。

このアーバン領地は、海食崖の上にあり、高いところで落差は250mもある。農業は痩せた土地や塩害であまり発達せず、昔から羊やヤギの放牧、漁業で生業を立ててきた人々の子孫たちが住むと聞く。ここに来る前に読んだ本には、そのヤギの角やヒズメ、魚の骨を代償として占いや魔術が盛んに行われていたとあった。彼らにとって、こういった生き物たちは食べるためだけでなく、魔術にも必要な存在だったのだろう。



この土地でお母様は育ったのね。

ふと脳裏に浮かんだお母様のふわふわとした水色の髪とここの空色とが重なった。



****



アーバン家が見えた。

一際高い崖の上にそびえ立つ屋敷。

遠目でもわかる蔦が絡む古いレンガの壁、曇りきったガラスに錆のある窓枠。

敷地にある巨木が私たちを手招きするように屋敷へと迎えているようだ。

正直に言おう、



(→想像よりホラーなお屋敷でした。ここに一週間泊まるのか…幽霊に会ったらどうしよう、エフィス…と言いたげですね。)



はい、その通りです。

そして最も恐れているのは月光浴のことです。昼間でさえこんなに怖いのに、私は真夜中ここで月を浴びなければいけないとか…無理です(白目)



もうすぐ敷地内に入るという時、あの巨木の下にふと痩せたの男性が現れた。タキシード姿に、マルメガネを片方にだけかけた色白い男だ。


「ようこそ、いらっしゃいました。アーバン家へ。私は、アーバン家筆頭執事、ヒカエスと申します。以後お見知り置きを。」


彼は、私たちを歓迎すると薄暗い屋敷の中へ案内した。

まず客人用の部屋がある二階へ通され、食堂、図書資料室、風呂場など、生活に必要な部屋のありかだけささっと説明すると、最後に彼は人差し指を口に当て私たちに小声で言った。彼が急に狐のような顔をするので私もジェイもドキッとする。


「いいですか。一つ私から忠告です。

この家の地下、つまり崖の下には、古代から行われてきた魔術場、そしてそのための代償の部屋があります。そこは普段立ち入り禁止となっておりますのでご注意ください。いいですね。」


彼はそういうと消えてしまった。廊下にある蝋燭の炎が風ボワッと揺れる。




「ジェ、ジェイ?なんか予想とちょっと違う感じだったわね。おほほほ。地下にはいくのやめましょうね。あははは。」


ジェイは私をじとっとみた。


「ねえさん、もしかして怖いの?

こういう、怖い系が好きなのだとばっかり思っていたのに。なんで怖がりが禁忌の術なんて調べようとするのさ。」


彼はため息をついて話を続ける。


「チエお婆様には会わせてもらえないし、さっきから、あのヒカエスさん以外の人間には会ってないし。本当にここで一週間生活できるのか僕も正直不安ではあるけど。魔術の本は、図書資料室にたくさんありそうだよ。とりあえずそこに行ってみよう。」



図書室に向かいながら私は反省していた。

お母様の言うことちゃんと聞いておけばよかったわ。



(→美琴、まだ着いて1時間もしていないというのに根を上げるのは早すぎます。大体あなた、少しはジェイの姉らしく堂々としたらどうですか?ジェイは怖がっていないように振る舞っていますが、本当は怖いはずです。あなた以上に。だから、ファイトです!美琴!!)


ガラガラ。鈍い図書室の引き戸を開けた。

たちまち漂う冷気、それに伴いホコリとカビそして古本の匂い。そして暗くてよくわからないが、この部屋に一歩踏み入れただけで反響する足音から推測するに、この部屋は相当広いように思えた。


「ね、ねえさん。暗いね。電気はないのかな…」


私たちは電気のスイッチを探すが全然見当たらない。



そういえば私、全属性魔法使えるのよね。こういう時出し惜しみしてもなんだし、光魔法使っちゃおう。



「光栄えよ、光天」



すると、空気中に小さな光のシャボン玉のようなものが現れ、ふわふわ、ゆらゆらと広がっていった。漂うシャボンを目で追うと、二階、いや五階ほどの巨大な吹き抜け空間が円筒状に続き、その壁面は全て書物で埋められていた。


ジェイがびっくりした顔でこの光景を見上げている。



「ジェイ、なんだか予想以上に本たくさんあったね。これなら調べ学習も余裕余裕!!」



「ねえさん。そんなことより光属性魔法使えたの?」



あはははと誤魔化すアティスであった。



その後、ようやく彼の追求を振り切り、私たちは魔術の調べ学習を始めていた。

そのうちにわかってきたのが、魔術というのは大きく三タイプに分かれていること。それは占術、呪術、そして妖術の三つで、全て代償となる何かが必要なこと、古代言語を用いるものだった。


代々魔術師の家系だけあって、書物は大変充実していた。

例えば、占術なら、天気予報から未来予測までできるらしいし、呪術なら悪夢を見せたり、心理を操作したりもすることができるそうだ。妖術は、幻想を見せたり、代償の能力を自分のものにできたりするもので、竜人たちの鱗を代償とする魔術は、この妖術に当たるものだと勝手に私は理解していた。


私たちはその勢いで三日間、禁術に関する本を探した。

一階から五階の棚までくまなくみたが、見つからない。私たちはお手上げだった。


「ねえさん。そんなに禁忌の術が調べたいの?ねえ、もしかして地下に行こうとか言わないよね?それだけは僕、ごめんだよ。いくらねえさんと一緒だからって…」


地下に行く気は私にもなかった。だって、あの話しているときのヒカエスさんの顔が怖かったし、よくある”行ってはいけないフラグ”なのだ。それにまんまと引っかかりたくはない。



(→もう禁術のことはいいのではないですか?それに、調べ学習の内容はだいぶ深まってきましたし…少し休憩してはいかがです?美琴。)



結局、私たちは今日は休むことにした。ちょうど一週間のうちの中日であるし、領地にいるというファイ様たちとも会えていないことが気になった。



「で、ねえさん。休憩するってなにするの?」


「アーバンの町にでも出かけましょう!」



この時の私は、町に出てファイ様たちと合流できればと本気で思っていた。

しかし、事情は変わり今日が散々な1日になることをまだ知らないのだった。


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