第52話:冷静に追う



カンコンカンコン。二つの走る靴音が洞窟に響く。

息切れする二人は、苦しいのに話すことをやめない。


「アティスちゃん。あなたはもう知っているのかしら。あなたが竜人であること。」


「はい。」


「あなたを竜人に変えたのは私。それは本当よ。あなたに魔術師としてのプライドとそして私個人の大きな夢を勝手に押し付けてしまった。ずっと謝りたかった…アティスちゃん…ごめんなさい。」


私たちの荒い息遣いと鈍い音になりつつある足音だけが痛いくらい壁に反響する。


「人を竜人に変える魔術『竜転人永』は禁忌であると同時に、最も実力のある魔術師しか行うことが許されない術なの。そのかわりに竜人の心臓が代償という、それを手に入れること自体が難しい魔術でもあるんだけどね。古代に数度やられたのち葬り去られた術。その術を母であり、悪人の心しか持たないチエが己自身に施そうとしていることに私は焦りと恐怖を覚えたの。あの人が竜人になったら、長寿を得たら、ますますこの世は悪化し、竜人と私たち人間との関係は絶縁されてしまうと。

昔から私は、人間と竜人がもっと関わり合って、両国が古代以前のように再び開きあう世界を願っていた。私が生きている間に見られたらどんなに素敵だろうって。でも、それをあの人は完璧に壊そうとした。

私は、そんな母を止め、そして未来を繋ぐため、アティスちゃんにその願いを託したいと本気で思ってしまった。


ある日ね、私の机の上に真っ白な封筒が置かれていたの。そこには、母が竜人の心臓を霧月国の悪党から入手しようと計画していて、うまくすればそれを阻止できると書いてあったの。私はダリスに頼んで、母よりも高額で引き取る算段をとってもらった。もちろん、その時にそれを使ってアティスちゃんを竜人にする話もした。ダリスはすごく考えていたけど結局、見方をしてくれたわ。


そしてあなたが8歳のとき。

あなたを部屋に呼んで私は術式を施した。」


お母様は無理やり走りながら喋っていたためか、すごく苦しそうだ。

私は一度足を止め、水魔法でさっと清水を出すとお母様の手中に汲み渡した。

お母様は勢いよくごくごくと飲み干し、小さくため息をついた。


「アティスちゃん。あの日以来別人のように変わってしまったのよね、こう子供とは思えないほど冷静な女の子に…竜人になると性格まで変わるとは書物にはなかったから、私があなたの精神まで壊してしまったのか…と思い悩んだ事もあったの。またその後性格が急に明るくなったりもして…?ううん、何でもないわ、それよりもアティスちゃん。何の相談もなしに…本当にごめんなさい。」



荒い息遣いを落ち着かせ、お母様は私に真摯に謝罪してくれた。



お母様になんと返せばいいだろう。

私が起きる前にいた、エフィスは今私の中にちゃんといるし、もし昔の冷静沈着ガールの性格の方がお好みでしたら、彼女に引き継ぎましょうかとでもいうべきだろうか。


(→(ノイズ)美琴、そんな呑気なこと考えてないでまずは妹たちを助けましょう。お母様がした事には驚きましたが、私たちは今この話をするべきではありません。)



「お母様、この話、保留にさせてください。

正直驚きましたがそれ以上にジェイとアンジュのことが心配です。

私のことは過ぎてしまったことですし、二人を優先させましょう。」



お母様は、何回も首を縦に振り、瞳を手の甲でクシュクシュ擦った。



「宙郭まではもう少しです。急ぎましょう。」


「はい!お母様」




******




一方、ジュリアスはジャミンの行方を追っていた。

ジャミンが昨晩買い物をしてくると言ってから全然帰ってこないのだ。

不審に思ったジュリアスはまず、ジュノー殿下に確認を取ることにしたが、彼も彼で捜索を始めていた。

市場に出て、ジャミンを見かけたかあらゆる人に聞き回ったがいい返事はない。

ジャミンはあの合同実技試験で薬の服用がバレて以降、薬断ちのリハビリをし、兄ホーミンさんの全力サポートのおかげで以前の調子を取り戻していた矢先である。できるなら、彼の昔馴染みと会っていた、などとは勘ぐりたくなかった。


「ちょっと、そこの君。どうかしたのかね。」


後ろを振り返ると、灰色のローブを着た男性がいた。

フードからは白銀の髪の毛が見える。


白銀の髪、竜人ファイ様と同じ色。あまり近づきたくない。


何もないですよと言って立ち去ろうとすると彼が強く肩を掴んできた。

そして、自分の魔剣の方をチラッと伺うそぶりをして、何事もなかったように私をみた。


「何かあったなら、協力させてくれ。」


彼の真っ直ぐな瞳に逆らうことなどできなかった。



私は、魔法旅行のこと、そこでジャミンが昨晩から行方不明であることを言った。

男は、魔法旅行という単語に眉を少し上げ私に提案してきた。


「今回の魔法旅行で、実はアティスとジェイも行方不明になっている。私は二人を探している最中だった。もしかしたらジャミンも例外ではないかもしれない。

ともに3人を探し出さないか。私のことは通りすがりの、アティスとジェイの知り合いだと思ってくれて構わない。どうだろう。」


ジュリアスはこの男と協力することに決めた。


**


二人は市場を抜け人通りの少ないエリアにやってきた。

すると、路地の隙間からふわふわと舞う水色の髪の毛が見えた。

その男が途端にその方向に走り出す。


「どうしたんだ?急に。」


「もしかしたら、あの人はアティスの母上かもしれません。あの人を追いましょう。」


「ええ?」


こうして二人はアティスの母ラフラに見つからないようにこっそりと後をつけ始めるのだった。



ラフラは周囲の目も気にせずガムシャラに真北の崖を目指しているように見えた。確か、この辺りは魔術師たちがかつて猛威を奮っていた魔術場があると聞く。


ラフラは変哲もない崖を手探りで触りはじめた。その辺りは、崖の前に立つ巨木の木漏れ日が落ちている辺りで、そこを必死に確かめている。

そして、彼女は小さな瓶を取り出すと、何やら魔術を唱えはじめた。

辺りが薄空色に染まっていく。


ギギギギ。

鈍い音とともに崖の一部が扉のようにえぐられ穴があいた。


そして彼女はその奥へ急ぐ。


私たちもその後を追うことにしたが、洞窟内は予想以上に暗く、足音も反響して彼女を正確に追跡できない。私たちは道に迷いながらも足を進めざるおえない状況になっていた。




*****




「どうだ?入り口は見つかったか?」



その頃、シエルがアティスに持たせた鱗の位置を頼りに、入り口の目星をつけはじめていた。竜人が使えるという空間転移魔法で、アティスのところに行ければ楽なのだが、一度行ったことのある場所でないと使えないようで、やはり入り口を探すしか術がなかった。



「みなさまお聞きください!」



そんな最中、上から優しい鳴き声の黄金色の鳥が話しかけてきた。

それは、行方不明中のアティスの侍女、エレーナだった。



「聞いてください。ジャミンがこの洞窟に一人入って行くのを見て、怪しいと思い後をつけましたら、奥にアンジュ様が囚われておいででした。私のことを信用して欲しいと言っても難しいかもしれません。しかし、アティス様もきっと今お辛い状況のはず…ついてきてください。私に案内させてください。」



以前は悪党共のアジトに出入りしていたエレーナ。

行方を晦ませていたのにどうして彼女は戻ってきたのだろうか。

彼女の必死さは感情を読みあえる竜人たちには痛いほど伝わった。



「他に、見つけられる可能性が残っていない…。よし、エレーナ。君についていく。案内を頼む。」



思いもかけぬ助太刀が入ったファイ様一行は、ジャミンが入っていったという洞窟に潜り始めるのだった。



***



どれくらい歩いただろうか。


「お、おかしいです。先ほどならもう着いてもいい頃なのに…私たち同じところをグルグル回っていませんか?」


エレーナが質問してくる。確かにその通りだ。私たちは何度も同じ空間にいた。


「うかつでした。こんなところに虫が入り込んでいたなんて。」


暗闇から音もなく現れたのは、耳までつり上がった目に、恐ろしいほど大きな口を開けた七本の尾を持つ妖狐だった。


「主人から、お前たちの相手をするように言われたので、ここでおとなしくしていてもらいましょう」


一同が彼の恐ろしい姿を見て怯む中、彼女だけは違った。そう、クシュナが真っ先に皆の前へ躍り出た。


「生憎のところですけど、こちらはずっと中に入れなくて、とってもイライラしておりましたの!この気持ち、腹いせにあなたに叩きつけてしまいますけど、許してくださいまし!!」


妖狐はニタニタ笑いながら術を始めた。


『常夢呪縛』



「炎縛」



魔術と魔法でできた二本の縄が現れ、あたり一面が膨大な魔力の満ちた空気に一変する。それらは互いに絡まりあい、解けてはまた結びを繰り返し拮抗している。


「エレーナ、ファイ様と皐月様をこの先へ早くお連れして。早く!アティスが待っているわよ。」


少し苦しそうな表情でクシュナは笑って言った。


「ジュノー殿下も、ファイ様たちとお逃げください。ここは私とケルピーでなんとかしますので。」


強く抱きしめれば壊れてしまいそうな華奢な体で、小さな心臓を大きく震わせながらも、笑顔で私を助けようとする彼女。


クシュナ…君は…なぜどこまでも勇敢なんだろう。

私は…なぜ勇敢になることの意味を今まで考えていなかったのだろう…

そうだ、クシュナはいつでも私を守ってくれた、大切にしていてくれた。

幼い頃やった鬼ごっこでは、ジュリアスから逃げるためと言って、自分をおとりに逃してくれたこともあった。実技大会でも、きっと私の身を案じて一人で戦おうとしたのだろうか…。そうだ、私はいつもそんなクシュナの勇敢な理由の中心が自分で、それに甘えていることを自覚するのが嫌で逃げてきた。私はどこまでも臆病者だった。私は自分が弱いから強いものに憧れ、弱いのに強がれる勇敢さにどこまでも負い目を感じていたんだ。自分はただ弱い者だったから。

しかし、もうただただ生まれながらに強い竜人のことなど今の私にはどうでもいいのだ。

なぜなら、弱い私を強くさせてくれる存在こそ、今の私が真に望む。私が今一緒にいたいのは、共に高みを目指したいのは、君なんだ、いや君と出なければならない、クシュナ。



「ファイ、皐月様、先へ行ってください。私たちは後を追います。」


「分かった。ありがとう、二人とも。後で会おう」



ジュノーの言葉に驚きを隠せないクシュナの表情。

おっと、幸先厳しいな。

私の大切なひとの隣に立たせてもらうぞ。今は頼りないかもしれないが、こんな私を奮い立たせてくれたのは君なんだ、クシュナ。


クシュナの隣で王子は魔力を集中させる。



「優愛ある者に光あれ、閃光力破」




******




「ここよ。」


お母様はやっとのこと絞り出した声で、到着を教えてくれた。

宙郭。ここは巨大競技場のような場所だった。洞窟が球体型に切り抜かれ、中央に円状舞台、その周りは堀のように彫り込まれて、落差100mはありそうだ。つまり円状からはじき出されたら死んでしまう。道は左右に一本ずつ。そこ以外からはあの場所へは行けなかった。そして中心には大きな椅子に縛り付けられたアンジュとテーブルに置かれたジェイを飲み込んだ魔術書があった。



「アンジュ、ジェイ!!!」



お母様と私は同時に叫んだ。


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