第44話:冷静に合同魔力実技試験に出る〜後編〜


「な、何これ?ホーミンさんの技??」


クシュナは術をかけたまま私たちを振り返る。


「いいえ、私は今何もしていません…一体どこから…」



濃い霧のような闇はクシュナとケルピーの間で収束しはじめだんだん人型になっていく。そこに現れたのは、狂気な笑みを浮かべたジャミンだった。



闇よりも恐ろしさを感じる黒い霧から漏れ出る、蛍光色の気色悪い魔力の光…これは、ジャミンがジョーカールートで暴走した状態に限りなく似ている。



「ははははは!俺も混ぜてよ、兄さん。」



彼の目は完全にいかれていた。

彼の様子はとてもキミが悪く、一度画面越しで見たことがある私でさえも後ろに一歩下がってしまった。


「兄さんの術がかかったと思えば、急に熱くなるんだからどうしたかと思えば、君かクシュナ。俺と兄さんの邪魔をするとは…大した度胸だね」


ぐるっと首を回し、クシュナをみる。

クシュナは無表情でジャミンを見ていた。



ケルピーがジャミンの空気に当てられたのか一層激しくいななきはじめた。何度も何度も鳴き声をあげる。



「ちっ…うるさい馬だな。まずこいつから殺しちまおう。」



ジャミンはケルピーに体を向けその前に手をやる。



(→このままではケルピーが本当に殺されてしまします!)



この試合はあくまでも捕獲試合で、殺すことを目的にはしていない。

鎖につながれ戦わさせられるかわいそうなケルピーを私は死なせたくない!



そう思ったと同時にクシュナがケルピーのもとに動いていた。


「ケルピーは私の獲物よ。あんたになんか絶対渡さないんだから。」


クシュナは、炎縛をケルピーから解き逆にジャミンにかけはじめた。


「こんなんで俺を抑えられるつもりか?かいかぶりもいいところだ…」


ジャミンはギラリと目玉を光らせ、怒鳴った。


「黒葬」


彼の背後から真っ黒い無数の腕が生えはじめた。それが一気にクシュナのもとに向かう。


「やめろ、やめるんだ!!」


ジュノー殿下とホーミンさんが声を張り上げ魔法を解放する。


エフィス、どうしよう。私何ができるんだろう、このままだとクシュナが…



その時、強い大きな光に私たちは包まれた。視界が全く見えない。

クシュナ、無事で…


****


光の直後に見えた光景は意外だった。

背中から黒い腕が生えたジャミンの胸に飛び込み抱きしめる、ヒロインクシュナの姿がそこにあった。


ジャミンは力が抜けたような顔をして呆然とクシュナを見ている。

回りにいる私たちも目を疑った。

ホーミンさんの魔法も解かれて会場にいる観客たちは私たちの様子を見て困惑している。



そしてクシュナが聖女のような涙を浮かべて優しくジャミンに語りかける。

競技場の天空から光が差し込み後ろから照らし出した。

彼は膝を折り地面にへたりと蹲み込んでいた。

そこへ、先ほどまでいななき怯えていたケルピーがそっとクシュナに近づき首を垂れ、当り一面慈愛に満ちた雨の匂いで満たされる。

後に聞くと、これはケルビンが魔獣契約を自ら人間のクシュナに施すと言う珍しい行為であったらしい。



この神聖な光景に私たち会場にいる一同は目を奪われていた。



「クシュナ。キミは…」



ジュノー殿下はそう呟き、一人小さく頷くのだった。






*******



あの後、クシュナは気を失った。と言っても彼女が地面に体を打ち付ける前にジュノー殿下が抱き上げていたけど。そう俗に言う、お姫様抱っこ!


彼女を抱えて彼は保健室に向かった。


クシュナ、あなたはよくやりました。とてもかっこよかったです。

そして今は私の治癒魔法よりも王子との時間があなたを回復させてくれるはず…だから保健室にはいかないけど許してね!


それよりも問題なのは、魔力暴走を起こしたジャミンの方だ。

なぜ、ときわすれの花を使った薬を過剰摂取した状態になっていたのだろうか。

あの薬はドリスさんたちに任せて管理してもらっていたはずなのに…


ジャミンも気づけば気を失っていた。あんだけ魔力を一気に放出すれば誰でもそうなる…。ホーミンさんはジャミンをお姫様抱っこすると、一度家に帰りますと言って姿を消した。


(→ホーミンさんは賢いです。あの状態で保健室の先生に詮索されれば薬のことがバレて一大事です。)



一時騒然としていた会場も、整理され人はいなくなり、

魔獣捕獲試合に出た私たちは学園の会議室に通されていた。



あの試合で何があったのか、私たちは一部の漏れなく話した。

先生方は信じられないように話を聞いていたが、最終的には、けが人が出ずよかったと言う結論に達し、会は終わった。




****



この状況に全く納得のいかない、ジュノー殿下とジュリアスそして私は学園の中庭で、静かに肩を寄せ合っていた。


そんな私たちの沈黙を破って話しはじめたのは意外にもジュノー殿下だった。


「クシュナは…あんなに強く美しかったのか。

彼女の勇ましさはまるで英雄のようだった。私は…彼女に負けたと思ったよ。」


殿下が小さくつぶやいた。


「ジュノー、君はクシュナのことをよく見ていなさすぎだよ。兄の僕が言うのもなんだけど、彼女は人一倍誇り高く、広い心を持った優しく強い女性だ。しかし、今日の試合には驚いたな…あの様子じゃ実戦に連れて行っても大人たちに引けを取らずに戦えそうだった…僕もクシュナに勝てる自信はないし…負けてはいられないな。」


ジュリアスでもクシュナに勝つ自信がないと?

クシュナってやっぱり、主人公特権でバリチートキャラなんだな。今更だけど。



その時学園の鐘が鳴った。夕方の下校時刻を知らせる鐘だ。

ゴーン、ゴーン。木枯らしが吹いた。



「皆さんお揃いでどうかされましたか?下校の時間ですよ。」



「神官長?」


アクエスは静かに私たちに微笑みかけた。



(→美琴。アクエスに聞いてみましょうよ、ジャミンのことを。あの子のこと何か知っているかもしれないわ。)



私たちは思い切ってアクエスに相談してみることにした。

私が、今日あったことを話だすとアクエスは真剣にうなずき聞いてくれた。

周囲の攻略対象たちは、あまり人に話さないほうが…と止めてきたが構わず話した。話終えるとアクエスは手をそっと顎に添え俯き何やら考えはじめた。



(→アクエスの考える表情も仕草も…なんと素敵なんでしょう。夕焼けをバックに悩む麗人…きゃー!)



エフィスさん、落ち着いてください。


アクエスは、はっと顔をこちらに向けると徐にに話始めた。


「今の話を聞いて気になることがあります。アティス、確認です。ジャミンは本当に「黒葬」と言う術を使ったのですか?」


私は首を縦にふった。


「黒葬と言う技は竜人が使うとされる竜技の中でも、最も死の危険が伴う禁忌の一つだと聞いたことがあります。もしかしたら、ジャミンは竜人の国霧月国と何かしら関係を持っている可能性があります。それに急に暴走しだしたと言う話も気になります…」


「な、なんだって?ジャミンが竜人と関わっていると言うのか?」


ドラゴンという言葉にジュノー殿下もジュリアスも飛びついた。

彼らにとっては短かな人間が霧月国と関係を持っていたと聞けば驚くのも無理はない。


「竜人といえば、殿下はファイ様と仲がよろしいと聞いたことがあります。今度お会いなさった時に伺ってみてはいかがでしょうか。」



******



私はあのあと帰路についた。

エフィスはアクエスと二人っきりでまだ会話をしたがっていたが、攻略対象たちの前で不要な行動はなるべく控えたほうがいい。


(→アクエスと私の会話は不要ではありませんよ!)


屋敷に着くと、侍女エレーナが私のところに飛んできた。



「大変です、ファイ様がお越しです。」

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