第31話:冷静にお屋敷訪問する
シエルさんに連れられハトファル家の前にやってきた。
外壁がとても高くて、どっかの国立公園よりもありそうな終わりの見えない外周にゾッとする。
とんだ規格外だ。
これ、家?人間の身体スケール超えてません?
(→まあ、竜人ですから。ドラゴンの姿になっても苦しくないような大きさと仕様になっているのでしょう‥)
門番はシエルさんをみるとうなずき門を開ける。
そして見えたのはだだっ広い草原、その先に丘があって大きな森がある。
急に大自然地帯が現れた。
「歩いていてはキリがないわ。あなた、どうせまだ竜になれてないんでしょう?私が連れて行ってあげます。」
そういうと、彼女は目を瞑り手を胸でクロスさせた。
すると彼女の真下には紫色の魔法陣が展開されみるみるうちに空に向かってシエルさんが上がっていく。
(→ファイ様は何か詠唱されていたのにシエル様ほどになると無詠唱で竜のお姿になれるのですね。)
強い光の後に、そこに大きな紅色のドラゴンがそこに居た。
「私のポシェットから、人間が入れるほどのかごを出しなさい。それに入れて運んであげるわ。」
こうやって私たちは森に囲まれた丘までたどり着いた。
竜速でも5分はかかったと思う。本当に規格外の敷地だ。
私の入ったカゴをそっと地面におろすとシエルさんはまた人の姿に戻った。
「丘の上まで竜の姿であがるの無粋だから、ここからは徒歩で登るわよ。」
丘には石段が敷かれていて、なんだか山の中にある神社へ向かうような気分だ。
「ここの空気は神聖でしょ。大昔から、月人様をずっと待っているのよ。月人様がまたいつかこの国に降りたったら迷わないようにってね。」
月人様とドラゴンの両方を先祖に持つ竜人。
竜人の死後は、月の世界に行き、子孫のため月の魔力を彼らに与え続けるという言い伝え。私はまだ知らないことがたくさんあるな。
「ここよ」
たどり着いた屋敷は、歴史ある温泉旅館のような風格で、森の中にあるというのに、落ち葉一つもない、何か不自然すぎるほどの清潔感を持った場所に佇んでいた。
「ごめんするよ、春婆いる?シエルです。」
引き戸の玄関扉を引くとこの屋敷には誰もいなく、シエル様の声だけこだました。
すると、奥から黒い小さな影が近づいてきた。
現れたのは、髪の毛をお団子に結んだ小さな可愛らしいお婆ちゃんだった。
鶯色の着物を着ている。
「シエル。久しぶりだねえ。100年ぶりくらいか。また、急にどうした?」
シエルさんはこの、春婆に私の事情を話した。
「春婆、提案があってここにきたのよ。
まず、紹介するわね。この子はティオ、私の母方の親戚筋の子で、理由あって私に預けられてしまったんだけど、忙しくて面倒みれなくて。
ティオは、まだ竜には慣れない未熟者だけど、人間界周辺で生きてきたから人の文化には詳しいのよ。
そこで、この子を皐月姫様に人間界を教える話し相手にしてくれないかしら?皐月姫様って人間界に興味あったし、それにずっと一人で寂しいだろうし。頼むわ!」
シエル様の素の感じ初めてみたな。
いつも、色っぽいお姉さん風の喋り口調なのに、春婆の前だと頼り甲斐ある少しやんちゃなお姉さんって感じの雰囲気。きっとこっちが本当のシエル様なんだと思う。
春婆は、じーっと私の顔を覗くと頷いてくれた。
「じゃ、そういうことで!ティオ、皐月姫様と仲良くね。後、春婆をくれぐれも怒らせないこと、怖いんだから!」
そう言い残すとシエル様は風のように消えて行った。
「ついてくるのじゃ」
後ろから声がした。
****
階段をあがり、とてつもなく長い廊下を渡りきり、別棟に移ってまた階段を上り、途中座敷を横断して、また長い廊下を渡り…先ほどから皐月姫さんの元に向かっているらしいんだけどめっちゃ遠すぎやしませんか…。
「ここじゃ。」
ようやくたどり着いたそこは何やら普通の部屋だった。
それに誰もいらっしゃらない。
突然、春婆がこれまた変哲のない襖を開いた。
ホーホケキョ。
鶯の鳴き声、小川のせせらぎ、桜の花ビラがくるくる回って、座敷に舞い落ちた。
襖の中には、驚くことに晩春の世界が広がっていた。
その時私は日本で読んだ物語を思い出す。
鶯女房という話だ。
***
ある日、怪我した鶯を助けた若者のもとに若い娘がやってきて、恩返しさせてほしいという。
そんな彼女についていくと森の中に立派な屋敷があって、しばらく滞在することになった。すると彼女は、用事があるのでしばらく留守番をしていて欲しいと若者は頼まれる。そして不思議なことにこの屋敷には100もの襖があり、開くと違う世界とつながっているのだと聞かされる。
「それでも見て時間を潰していてくださいな。でも、一つだけ開けてはいけない襖があります。それだけは、何があっても開けないでくださいね。」
そう言い残して若い娘は去っていった。
見事、”開けないでくださいフラグ”を回収する任務を果たした若者は、その襖の奥で鶯たちが飛び回っている光景を目にする。そう、私の元に現れた若い娘は、あの時助けた鶯だったのだった。
***
ざっとこんな話だ。
もしかして、ここ鶯の館??春婆って、もしかしてあの話に出てくる鶯だったり…。深い詮索はやめよう。
もう一度襖の奥をよくみると、そこには小さな家がある。
春婆に連れられて、その家に入った。
薄暗い部屋に通された。あの御簾ごしにいる女の子が皐月姫様なのかな?
「姫様。あなたの話し相手を連れてまいりました。この者、名をティオと申し、シエルの遠い親戚の娘になります。そして人間界について詳しいとのこと。また何かありましたら、この婆に報告ください。それでは。」
すると春婆は鶯色の鳥になると飛んで行ってしまった。
部屋には私と皐月姫様の二人だけが取り残されていた。
「私は、皐月。ハトファル家へようこそ、ティオ。」
御簾を手で持ち上げ出てきた少女に息を呑む。
星砂を巻き留めたような美しい白銀の髪に、少し虚な目には似合わない燃えるような新緑の色。私の妹も超のつく美人だが、この子には恐怖を覚えてしまうほどの高貴な美しさ、風格を思わず感じてしまった。
「単刀直入で申し訳ないけど、一つ質問よろしいかしら?」
彼女の瞳に急に強い光がさす。
「ティオ、あなたはファイ様とはどういうご関係でして?」
えっ…
私は突然、今最も聞きたくない人物の名前を出され固まってしまうのであった。
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