第42話:冷静にハーベル家を調査する



私はクシュナの家に来ていた。

クシュナは騎士団長息子であり攻略対象のジュリアスの腹違いの妹で、王都から南の市街地の屋敷に住んでいた。


今日、私はお忍びで来ている。

本当に、一人だ。侍女のエレーナさえも連れていない。


「よく、来てくれたわ。アティス。約束通り一人みたいね。」


クシュナの部屋に通され、侍女がそそくさと温かい紅茶の入ったポットと簡単なお菓子を置いて出て行ってしまった。


クシュはな終始無表情、いや、彼女にとっては真剣な表情を作っているつもりかもしれないが…なんだか緊張感のある雰囲気だ。



「で。アティス。わかったの?あなたにスフェナ様の心臓を食べさせた犯人は…」


クシュナは同じ転生者であり、長年支配人によって苦しまされ続けてきた同士であるため、私の秘密は洗いざらい話してある。そして同じく彼女も、例の魔術師と支配人は必ず関係しているのではないかと予測し、さらに、心臓を食べたことを覚えていないアティスのことを踏まえると、あのハーベル家の住人が何かしら知っているのではないかと勘ぐっていた。ファイ様も、ハーベル家に私を一人残すのはずっと心配だったと言っていたし‥。

でも、私はあまり家族を疑いたくなかった。

お父様はあんなに冷たいけど本当に悪い人ではないし、お母様はいつも陽気で世話焼きたがりだし、弟ジェイや妹アンジュは悪役顔の私を怖がらず助けてくれる頼もしい兄弟だし…。


クシュナは、私の悶々とした表情を見て、はぁ〜とため息をついた。


「アティス。あなたの気持ちはわかるけど時間は限られているの。少しでも支配人の尻尾をつかまなくちゃ。そこまで家族を疑いたくないのなら、まずハーベル家の歴史について調べてみたら?だって、あなたのお父さんも妹も白銀の髪の毛だし、ハトファル家の血縁者なんでしょう?そこをまず調べてきなさい。」



*****



私はハーベル家の図書室に来ていた。

思えばここで初めてファイ様と会った。

彼はここで何が探し物をしていると言っていた気がするけれど…もしかして、我が家の家系図とか、ハトファル家との関係を示す書物であったのだろうか。



我が家にある書物を一段残さず見た。

しかしやはり見つからない、我が家の歴史に関係する書物が。

私は、決心してお父様に聞いてみることにした。


(→美琴。支配人がわからないのですから闇雲に詮索するのは良くないのでは?)


確かにお父様が魔術師や支配人じゃないとは限らない。でも、それならそれできっと彼も動くはずだし‥。



***


その晩、お父様の部屋を尋ねた。

我が家の家紋は、三日月を守るようにして立つイーグルのエンブレム。

彼の扉にはその紋章が刻まれている。



「入れ。」



低い声と同時に重たい扉を開けた。

お父様の部屋は薄暗かった。月明かりだけがお父様の書斎を照らしている。

お父様はとりあえず私をソファーへ腰掛けさ、温かい紅茶を手渡してくれた。



「アティス自ら私の部屋に来るとはめずらしいな。どうかしたのか。」



私は紅茶に目を落とした。表情は少し曇っている。



「お父様、私、聞きたいことがございます。我が家ハーベル家についてです。

私が竜人の国に行っておりました時、ハーベル家と霧月国のハトファル家がゆかりのある間柄であると聞きました。お父様や私、アンジュが白銀の髪を持っているのは、我が公爵家に竜人の血が流れているからではありませんか。お父様はそのことに関して何かご存知ではありませんか。」



お父様は私をまっすぐに見た。

どこか寂しそうな表情をしていると思うのは気のせいだろうか。



「どうしてそのことが聞きたい。アティス、お前はすでに巻き込まれているのか…?」



「巻き込まれるって、何にですか?」



「とぼけているのか、それとも騙されているのか…。

確かに私たちハーベル家は竜人の血が流れていると聞く。このエンブレムもその竜人を尊重して作ったものだそうだ。それに、我が一族にゆかりあるものはよく治癒の加護を受けやすい。それは竜人が持つという鱗の名残であると。

私が知ることはそれだけだ。アティス、あまり深く突っ込むな。私はお前のことを思って言っている、だから‥」



「旦那様、夜も更けてございます。アティスお嬢様をお部屋にお返しいたします。」



突然現れたのは侍女エレーナだった。扉が開いた音もしなかったし、私たちの背後に立ったことさえも気付かなかった。エレーナはなんだかいつもより少し硬い表情をしていた。



「そうだな。アティスおやすみ。」



私とエレーナは部屋に戻った。

エレーナは部屋に入るとすぐに私を抱きしめた。



「お嬢様、何か旦那様にされませんでしたか?大丈夫ですか?」



「え、ええ。」



エレーナは、体をゆっくりと離し、私が無事であるか確認すると静かに下がっていった。



お父様の言い方、エレーナの行動、それらを見ると何か私に家族が隠していることは間違いなかった。



(→美琴、ここからが肝心です。お父様やエレーナが何か動き出すかもしれません。あなたは冷静にそれをも分けなくてはいけませんよ。)



お月様はこんなにも優しく私を照らしてくれるのに、なんだか体が暖かくならない、そんな夜だった。




****



「よ、エレーナじゃないか。よく来たな。それでどうだ、あのバカ公爵の反応は。何か動いたか」


「い、いいえ。特には。」



薄気味悪く笑う男どもの声。

月夜の風情をかき消す霧月国の裏どおりにエレーナは来ていたのだった。

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