第12話 決死の作戦
不死が背中まで裂けた大口を貝のように開閉させてカイサ達ににじり寄る。
不死の赤い目は変異後の永死と同じくその狂気を物語るように赤く塗りつぶされていた。
「いかん。あれは紛れもない死影病じゃ。あのままでは不死の心が影の精霊に食い尽くされてしまう」
「死影病を治す方法はないの?」
そう尋ねたカイサの視線は終始、不死のおぞましい姿に釘付けだった。
「魂湖に落とせば沐浴をしたことになり影の精霊から解放されるかもしれん。あるいは光の精霊ならば……」
「光の精霊?」
「そうじゃ。影の精霊を根本から倒すことは出来ん。しかし光の精霊ならば元の持ち主の影へと影の精霊を戻すことは可能じゃ。しかし光の精霊の霊契約は他の精霊と勝手が違う」
「どう違うの?」
「それがワシにもよく分からんのじゃ。というのも光の精霊は霊聞の力を持つ者がその者にとって一番の〝正義〟を示した時に姿を現すと言われておるからじゃ」
その者にとっての一番の正義。
幸い霊聞の力は持ち合わせているものの、肝心の自分の正義が何なのか分からない。
そのため光の精霊は今の苦境を乗り切るには全くの論外だった。だとすればやはり不死を魂湖に落とすしかない。
侶死とカイサが話している只中に不死は大口を振るいこちらへと攻勢を仕掛けてきた。
カイサの体から自魂交の光覆が現れてカイサの周りで渦巻く。それと同時に黒い瞳が死狼の目のように赤く染まった。カイサが天を突くような咆哮を上げる。
侶死達を庇いつつカイサは不死の巨体を両手で受け止めた。そのときカイサはあることに気づく。
――――――触覚がある。
不死に触れた瞬間にその衝撃が全身を強かに打ち震わした。カイサが激痛に顔を歪ませ、衝突の勢いでそのまま弾き飛ばされる。
不死の進撃はそれでも止まない。ダメ押しの一撃とばかりに不死が眼前に迫り大口を開けてカイサに食らいつこうとする。
まずい。痛覚を感じるこの状態であの一撃を食らったら……。
カイサの背中から肉体の気化が噴き上がると、気化の煙の噴出された勢いに乗ってカイサの体が僅かに宙を浮き空中で軌道修正される。
間一髪――不死の大口は脇を逸れてカイサは攻撃を回避することに成功した。
それから軽く地面を蹴って後退。不死の大口の挟撃は空間を切り裂き、金属を擦り合わせたような音を上げて空虚のみを噛み砕く。
「カイサ無事か?」
獅死がカイサに近づく。助太刀してくれるようだ。
「ちょっとまずいかも。不死から痛覚を感じる。迂闊に近づけない」
「不死を魂湖に落とすぞ。雷死も手を貸してくれるらしい。まだ戦えるか?」
「大丈夫」
それを聞き獅死は頷く。
「よし。見たところ今の不死にはあの大口以外に攻撃する手段はない。大口の攻撃さえ警戒すれば無力化できない相手ではない」
「分かった。気を付ける」
「行くぞ。俺に続け」
掛け声とともに獅死が飛び出した。前進しながら軽やかなテンポで左右に反復して駆け回り影の不死の懐へと潜り込む。
そして大口の噛み付きに気を配りながら飛び上がると不死の背中に食らいついた。影の不死が痛苦の絶叫を上げる。
続けてカイサが不死へと打ち掛かる。
今にも飛んできそうな大口の襲撃に注意しながら回り込むように移動。影の不死の脇腹へと光覆をまとった拳の痛打を繰り出す――と――そこには不死の体躯を食い破り、体の内側から迸った影の精霊の黒い光覆が待ち構えていた。
繰り出された渾身の一打が不死の脇腹の黒い影に、その拳の衝撃とともに吸収される。
ゼロコンマ遅れて肉を焼くような激痛が走った。影の光覆がカイサの腕をズルズルと引き込み、彼女の肉体内部にも侵入していく。
どうやらその黒い光覆は触れたものを自分の影へと取り込むらしかった。影の光覆は不死の背中にとりついた獅死にも強襲する。
獅死はすぐさま影の光覆を避けるように跳躍。しかし回避は間に合わず獅死の足は影の光覆に侵襲されてしまった。さらにその影は獅死の胴体もじわじわと蚕食していく。
獅死は一旦戦線離脱。魂湖へと向かいそのまま魂湖の水に豪快に飛び込む。すると獅死の影の光覆は魂湖へと溶けていき完全に消え去った。
侶死の仮説は正しかったようだ。不死を魂湖まで誘導出来れば影の光覆を除去出来る。ならば――。
カイサは影が浸食した腕を抜き去るとその場で腕を気化。浸食しつつあった影を腕ごと消失させた。
その後、光覆を足に灯らせて迅速に退避。雷死へと指示を飛ばす。
「雷死、私が不死を魂湖のすぐ近くまで誘導して動きを封じるから、あなたは雷道で不死を魂湖に突き落として!」
「うん!分かった!」
雷死の明朗な返答は張り詰めた魂湖の空気に良く響いた。
不死がカイサの目の前に立ちはだかる。カイサは不死の気を引くように雄叫びを上げ、じりじりと魂湖の方へと後ずさって行った。
時が止まったように睨み合う両者。
カイサの威嚇に不死が気を取られている僅かな隙に、雷死の体がバチバチと青白い光を帯びて帯電していく。
雷死は雷道で雷になるためには体中に電気を帯電させる時間が必要なのだ。
機を見て不死がカイサに驀進してきた。しかしその巨体がカイサに接触する一瞬――カイサは体から肉体の気化を巻き上げて不死の視界を奪った。それは肉体の気化を応用した目くらましだった。
怯んだ不死の顔にカイサは飛び付き、顎をがっしりとホールドして不死の大口を封じる。
影の光覆が激痛とともにカイサの体に流れ込んでくる。カイサはその痛みに意識を手放しそうになるが、しかしこの黒い光覆も魂湖まで行けば不死の影ごと打ち払われるはず。
そう、玉砕覚悟の戦法である。
カイサは暴れる不死の顔に取りついたまま再び肉体を気化。気化の煙で不死の視界を奪う。後は雷死が雷道で不死を自分ごと魂湖まで突き落としてくれれば――。
「雷死!」
合図とともに腹の底から轟くような霹靂が不死へと直進した。雷の矢が不死の背を突き刺し、そのまま三人は魂湖へと吹き飛ばされる。
しかし、そのとき、予期せぬ事態が起こった――。
カイサの体を侵していた影の光覆がカイサの腕を〝操った〟のだ。
影に覆われたカイサの両腕は意思とは関係なく独りでに動き、不本意にも不死を魂湖の軌道上の外に放り投げた。
――そんな。もう少しだったのに。
決死の作戦もあえなく失敗に終わり不死は魂湖の場外へ、カイサと雷死は獅死が力なく横たわる魂湖の浅瀬に着地した。
不死はすぐさま立ち上がる。侶死が不死の行く手に立ち塞がるが、不死はそれを意に介さず魂湖から遠ざかるように巨大な魂器の森の中を駆け抜けていく。
「不死!待つんじゃ!」
侶死の声もむなしく不死は直立する石の建造物を物凄い勢いで登り始め、魂湖の天井に波打つ湖に飛び込むと、そのまま上の水面へと泳いでいき果たして魂湖の外へと姿をくらました。
カイサ達は結局、不死が逃走していくその様を目で追うことしか出来なかった。もう満身創痍で戦う余力が残っていなかったからだ。
「なんということじゃ。不死が魂湖の外に逃げてしまいおった」
侶死が目を白黒させたまま言う。獅死は立ち上がり不死が逃げ去って行った天井の湖を見上げた。
「死影病に罹った者は人の影を食べて大きくなり、変異を重ねていくと聞く。今頃、上の死狼の森では大変なことになっているはずだ。そして人の影に手早く有りつける場所と言えばこの森では一つしかない」
獅死はカイサに鋭い眼光を向けた。
「カイサ、今すぐ村に戻った方がいい」
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