第7話 精霊魂器

魂湖の入り口に辿り着いた。魂湖の仕掛け――その滝つぼへと不死が近づく。すると水面が凍り滝の流れが止まった。カイサは首を捻る。


「前にも侶死に聞いたんだけどこれ一体どうなってるの?」

「精霊魂器だ」


聞いたことのない言葉だ。カイサはオウム返しで聞き返す。


「精霊魂器?」

「ああそうだ。『王族の魂を受け継いだ人間」と『不死身の死狼』、そして『精霊』の三者魂交によって作られる魂器だ」


カイサはまたしても首を捻る。正直、不死の言っていることの意味が良く分からない。


「魂湖の仕掛けを見て何か気づいたことはなかったか?」


カイサはしばしの間、熟考し――まさか。


「……自然の力を利用した仕掛け」


急に燃え盛る松明、凍る滝つぼとそれに連動して止まる滝、これらは全部自然の力ではないか。


「そうだ。魂湖の仕掛けは全てこの精霊魂器の力によって作動している」


言われてみればそうだ。この他にも昇降用の地底湖なども自然の力によって動いている。おまけに巨大な建造物も石製ときていた。


なるほど自然界の精霊は古代文明にはなくてはならない存在だったようだ。


また不死身の死狼も精霊魂器を作るために必須とあって両者は古代人と密接に関わっていたようだ。


昇降用の地底湖に飛び込むと地底湖の側面に散りばめられた魂器が赤く光り仕掛けが作動する。カイサと不死の顔を大きな泡が包み込んだ。不死が水を隔ててカイサに説明する。


「ここにある魂器は全て〝水の精霊〟と精霊魂交をして作られたものだ」

「もしかして不死がさっき言った『〝王族の魂〟がどうしても必要』って――」

「察しが良いな。精霊魂器を作るためだ。トキの魂が魂砕されたお前なら〝トキの代用〟が出来るだろうと踏んでいたが、さっきの魂交でそれが確信に変わった」


……え?カイサは耳を疑った。


「トキさんの代用ってどういうこと⁉そんな物を扱うみたいな言い方……」


しかし不死はそこから黙ってそっぽを向いた。どうやらこれ以上会話をしたくないようだ。何なんだ全く。カイサは小さく舌打ちをする。


不死が発したその『代用』という言葉は裏を返せば〝私じゃなくても良い〟ということになる。半年も待たせておいて、これはあんまりではないだろうか。


先程からの塩対応にも不満は募るが、状況がまだまだ不透明な中では不死に大人しくついて行くことしか出来ない。


下に降りて岩の裂け目を潜ると楽園の大地が目の前に広がった。


雄大な草原。上から絡み合って大地に伸びるのは巨大時計塔のごとき大樹の根。天井の湖から射し込んだ光のカーテンは大地に大きな集光模様を描く。そしてクリスタルの森とでも形容できる魂器の群。それから地底空間上部にまでそびえる石の巨大な建造物。


この光景は本当にいつ見ても圧倒される。



『クスクス、クスクス、クスクス』



幼い女の子の笑い声――。


カイサは辺りを見回した。不死以外に誰もいない。


「ねえ不死、もしかして雷死もここに――」


そこでカイサは気づいた。雷死がいるなら静電気で不死の体毛も逆立つはずだ。


「――ごめんやっぱりなんでもない」


不死はカイサを気にも留めず走り出す。


「こっちだ」


不死が石の建造物の前で止まった。近くでその巨壁を見上げると本当に圧巻としか表現のしようがない。幾つもの小窓があいたその建造物は天辺が見えなかった。


不死が石の建造物の壁を軽い頭突きでノックでもするように叩くと石の建造物の前面に〝切り込み〟が出来た。そのまま横にスライドして入り口が現れる。


どうやら見た感じ壁のどこを叩いても同じような『切り込みの入り口』が出来るらしい。


石の建造物の中に入っていくと通路が押し広げられるように〝開いて〟いった。


凄い。石が粘土細工のように移動して通路へと形を変えていく。


「お前を獅死達のところへ連れて行く。ついてこい」


不死とカイサは通路を歩いていく。時折、石の壁に四角い穴が開きそこから通路へと光が供給されていった。


どうやらこの建造物は窓も自動で作られるらしかった。


そのまま通路の突き当りに辿り着き自動で生成された階段を上ると――〝部屋〟が現れた。そこにいたのは獅死と侶死だ。


「久しぶりだな、カイサ」

「すまんなカイサ。ご足労に感謝するぞ」


いや、二人の体毛が僅かに逆立っているのを見ると雷死もいる。懐かしい面々が一つの部屋に集結したというわけだ。


部屋には例によって自動で点火する松明があり、死狼の石の彫刻――恐らく獅死の石像だが、それと魂湖から汲んできたであろう赤い水のジャグジー、その他にも暖炉や座り心地の悪そうな石のソファーがあった。


カイサが部屋に足を踏み入れようとしたそのとき――。


「それ以上よるな!俺の大事なフサフサの毛に万が一でも、悲劇が起きたらどうするつもりだ!」


部屋に入ったときに気づいたのだが獅死の毛が前より、そう異常なほどに増えていた。死狼特有の首周りのたてがみはライオンを思い起こさせるくらいにまで伸びている。


「獅死、まあよいじゃろうて。カイサは大事な客人じゃ。ワシらのためにわざわざ魂湖まで足を運んでくれたのじゃぞ?」

「ここまでたてがみを伸ばすのにどれくらい苦労したと思っている⁉お前はことの重大さが分かっていない!」


バチバチィイイ!


窓から雷道が走ると獅死の目の前に雷死が着地した。


「毛はまた育てればいい!私が手伝って上げる!」


雷死が獅子の体にすり寄ると静電気で獅死の体毛が針金のように直立した。


「ほら、毛が元気になった!ハリネズミみたい!」

「雷死、俺のフサフサの毛で遊ぶのはやめろ!」


雷死も相変わらずだ。カイサは半年間過ごした我が家よりも居心地の良い〝その空間〟を味わい、そして噛み締めた。


侶死は暖炉に近づくと薪にフウっと息を吹きかける――ゴオっと音を巻き上げ炎が独りでに燃え盛った。侶死はうやうやしくお辞儀する。


「自分の家だと思ってくつろいでくれ。あまり良いもてなしは出来んがな」


獅死が薪を暖炉の脇から口で咥えて拾い、メラメラと燃え盛る炎の中にくべた。そのまま獅死もカイサに頭を垂れる。


「よく来てくれたなカイサ。ゆっくりしていけ。だが俺には近づくな?俺にとってこのたてがみはお前の命と等価だ」


獅死はさらっと笑えない冗談を言うと石のソファーに飛び乗った。カイサは苦笑いの後に部屋を見渡す。


「この部屋は獅死の部屋?」


さっき見つけた悪趣味な死狼の石像が目に留まる。その石像はオリジナルより少しばかり、いや大分長めに毛が生えていた。本人の願望だろうか。


獅死はその視線の先に気づいたのか自慢げに胸を張る。


「ああそうだ。どうだ?見事な石像だろう?」


そう言って獅死はからからと高笑いする。


「これどうやって作ったの?」

「気になるか?造作もないことだ」


獅死は得意げに鼻を鳴らすと侶死に目配せする。侶死は「よかろう」と嘆息。石像に近づくと鼻先で軽く触れた。すると石像は姿を変えて侶死そっくりの死狼を形作る。


カイサは目を丸くして感嘆の声を上げた。


「凄い」

「こんなことも出来るぞ」


カイサの反応に気を良くしたのか、侶死はいたずらな微笑を浮かべて鼻先でさらに石像を叩く。


すると石像は永死の磯巾着へと変貌した。これはどうやら触れていたときに思い浮かべた姿をそのまま投影するらしかった。


「私もやる!」


雷死が軽やかに飛び跳ねて石像まで近づき触れた。雷死が形作った石像は不死とカイサがキスをしている石像だった。


カイサは顔を真っ赤にする。ませがきめ。カイサは雷死を石像から追い払った。


獅死が石像に触れて自己の姿を石像に投影し、毛の長さの微調整を終えるとカイサに探るような眼差しを突きつけた。


「それで、不死から話は聞いたか?今からお前がすることだが……」

「精霊魂器ってのを作るんでしょ?」


カイサが不死へと振り返って確認する。不死はカイサを一瞥――しかしそれには答えずすぐに獅死へと向き直ると静かに頷いて見せた。


「カイサの中の王族の魂は精霊魂交が出来る状態だ。問題はないだろう」


依然として不愛想な不死にカイサは肩を落とす。無視しているとも取れるその行動に全く傷ついていないと言えばそれは嘘になるだろう。


しかし半年前も不死とはそこまで話に花を咲かせて語らっていた仲ではなかったのを思い出し、侶死達の前でそれを指摘することも出来ない。


気のせいかもしれない。カイサはそう思いなおし目の前の問題に意識を戻す。


「精霊魂交にトキさんの魂が必要ってことは不死から聞いたんだけど……」


侶死はそれにほっこりしたように微笑んだ。


「ああそうじゃ。トキの魂が壊れておると不死から聞いておってな。心配じゃったが問題ないようじゃな。うむ。良かった良かった」


獅死もそれに満足したように高笑う。


「カイサ、俺も嬉しいぞ!特別に後でこのフサフサの毛を触らせてやってもいい。人類で初めての体験をお前は手にすることが出来たんだぞ?さあ、喜べ!」


カイサは苦笑いする。本当に獅死は毛のことになると人が変わる。侶死はそんなカイサ達を尻目に歩き出した。


「ではカイサ行くか。精霊魂交はここでは出来んのでな。魂湖に場所を移すぞ」


侶死の先導の元、一行は魂湖へと向かった。

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