第16話 集会
クイネの遺体が回収されたのは夜になってからのことだった。
この目で見たわけではなかったが遺体は無残に食べ散らかされていて、クイネの最期を見たリンの証言がなければ本人の確認はほぼ不可能だったらしい。
またクイネが持参していたバスケットの中には二人分のマフラーが入っていて、イチナによると不死とカイサのために編んだものらしかった。
その証言もまた不死とカイサに対する村人達の怒りを募らせた。
不死に襲われた者達の葬儀は簡略化して執り行われた。不死の影の光覆に取り込まれてしまったため遺体が回収出来なかった者もいたがその者達は遺体の代わりに遺品を埋葬した。
葬儀が終わる頃には午後八時を回っていた。一度解散してその一時間後に村の広場で集会が開かれた。
村の集会には村人達のほぼ全員が参加した。
先ほどの村長の力説も功を奏したが、一番の理由は今回の一件についてカイサの口からどんな説明がなされるのかみんな知りたがっていたということだった。
また集会には死狼を代表して普段から村人達と付き合いのある侶死、鴻死、期死の三匹も出席した。
カイサは村長とともに登壇してことの成り行きを事細かく説明した。
魂湖に行ったこと。不死と喧嘩をしたこと。精霊魂器を作ろうとしたこと。自分が沐浴を怠ったこと。不死が影の精霊に憑りつかれたこと。不死を止めようとしたこと。そして不死が魂湖から逃走したこと。
話が進むにつれて村人達は段々と不機嫌になっていった。カイサもまた自分が今回の痛ましい事件の真犯人であることを十分に自覚していた。
この件については自分が真っ先に責任を取らなければいけない立場にあることをカイサ自身、誰よりも良く理解していたのだ。
「カイサ、今回の一件をどう解決するつもりだ」
「お前にこの事件を落着させるだけの力があるのか?」
「不死を殺せ!」
「責任を取ってもらうぞ!」
聴衆の中から「殺せ」の掛け声と一緒に無数の拳が振り上げられる。そんな村人達とカイサの間に侶死が割って入った。
「待つんじゃ。これには色々と事情があってな。ワシが目を離したばっかりに――」
「はい。私に責任があります」
真っすぐな目でそう告白したのはカイサだった。侶死はその発言に恐慌をきたすが慌てて取り繕おうとする。
「カイサ、待つんじゃ。お前が全て悪いわけでない。これは死狼の森の問題じゃ。ワシらにも責任が――」
「私がこの手で不死を殺します」
カイサは毅然として告げる。不死を殺す腹積もりは出来ていた。それだけのことを自分はしでかしたのだ。
「待て。殺さなくともことを丸く治める方法はあるはずじゃ」
村人達は侶死に牙をむく。
「侶死、お前にそれが出来るのか?」
「出来るならやってみろ。俺達は手を貸さないぞ」
「俺達はあの化け物がこの村を襲わなければそれでいい。しかしそんなことが可能か?出来るのか⁉お前に⁉」
聴衆の面前――カイサのすぐ隣で黙していた村長が重い口を開いた。
「ワシは数時間前、お主らに『責任をみんなで分かち合うだけの器の大きさを持って欲しい』と言ったはずじゃ。そしてこうも言った。『この村の未来のために命を投げ出すだけの覚悟を決めて欲しい』と」
村長はカイサの肩にゆっくりと手を置いた。
「カイサだけに責任を押し付けつけてはならん。皆で手を取り合ってこの苦境を乗り越えて行こう」
鴻死が眉をひそめた。
「何か考えでもあるのですか?」
村長は顎髭を撫でてしばし熟慮。横に控えていた側近に声を掛ける。
「村に裂魂弾はどれだけある?ライフルは?」
「大丈夫です。村の人間が戦うだけの数は確保できます」
村長はそれに「良いじゃろう」と告げた。
「明朝にあの化け物を死狼の森の入り口で迎え撃つ。今からカイサを主力に班を分ける。ライフルなどの武器を使える者達はワシの側近に進言して欲しい」
村長は不安げな面持ちの村人達を見回した。
「この世には人一人の力ではどうにもならないことが沢山ある。しかし人々が一丸となってその問題に取り組めば、そのいくつかは見えてくる未来が変わると信じておる。だからお主らも自分達の仲間を信じて欲しい。それはカイサも例外ではない。なぜなら仲間の力を信じるということは大成を成し得たとき、後で他の誰かが同じく自分の力を信じてくれたという事実に気付くことが出来るからじゃ」
村人達の目に希望の光が宿った。
「やれる気がする」
「俺は仲間を信じる」
「ありがとう、村長」
「俺は命を賭けてこの村を守る」
それから村長は最後にこう付け足した。
「……明日、あの化け物に目にもの見せてやろう」
*
カイサが家に戻ったのは不死討伐作戦の決行一時間前のことだった。
紅蓮のような朝日が地平線から顔を出して深青の夜空は駆逐され西の空へと逃げ去っていく。
カイサはワイン木箱の中からトキの首飾りを取り出すと暖炉へと捨てた。
そしてふとクイネおばさんのことが頭をよぎりクイネとの思い出の品を棚から引っ張り出す。
『Cold Heart』の本と写真立てに飾られたクイネの苗字とカイサの名前が書かれた紙――それは文字の練習をしていたときにカイサが書いたものだった。
『親子みたいでしょ?』
クイネの言葉が蘇る。
『でも私は、人が持つ心の『影』はきっと変われると、そう希望を持っている』
何が人の影だ。何が親切だ。カイサはその二つを暖炉に放り込んだ。そしてマッチに火をつけ薪の中に投げ入れようとして――。
「待って!」
カイサが振り返る。そこに立っていたのは意外にも村長の孫娘のリンだった。
「それ、クイネおばさんとの思い出の品なんでしょ?」
カイサはぶすっとして返す。
「だから何?」
また冷やかしに来たのだろうか。それとも自分の罪を責めに来たのだろうか。どちらにしろ望まれない客人だ。
しかしリンが来た理由はそのどちらでもなかった。リンは少し戸惑う素振りを見せてから顔を蒼白とさせて言った。
「クイネおばさんは私のせいで死んだの」
カイサは僅かに驚いて目を見張った。それからマッチの火を消して床に捨てる。だから何だというのだ。クイネおばさんが死んだことに変わりはない。
「ごめんなさい。私……」
「まあ、座ってよ。そこ」
カイサはテーブルを指さした。リンは遠慮がちに椅子に腰かける。そのまま殺風景な家の屋内を見渡した。
「考えてみればこんなに長い時間村で一緒だったのに怪力の家の中に入ったのこれが初めてかも」
「あまり時間がないから手短に話して。私これから討伐作戦の攻撃班の人達と合流しなくちゃいけないの」
リンは頷き若干の居心地の悪さに身をすくませながら言った。
「……私、今まで周りの人達に迷惑ばっかりかけてきた」
リンは視線をすぐ目の前に漂わせ汗ばんだ手を揉みながら続ける。
「今更、私が普段からしている仕打ちを許してくれとは言わない。でもこれだけは分かって欲しい」
その顔はどこかしおらしさと生真面目な雰囲気を漂わせていた。
「イチナから聞いたの。怪力とクイネおばさんが喧嘩別れしていたって。でもクイネおばさんはとても良い人だった」
リンはカイサの目を食い入るように見る。
「クイネおばさんは親切の本当の意味を私に教えてくれた。あの人がしてきた親切は無駄じゃなかった。怪力もそう思うでしょ」
リンのその目からボロボロと涙が零れ落ちた。声を震わせてそれでも一本芯の通った声を絞り出す。
「だから怪力もクイネおばさんのことを許してあげて欲しい。それが、私がクイネおばさんに出来る最後の〝親切〟だから」
「嫌だ」
カイサは即答した。リンは目を伏せて椅子から立ち上がると涙を拭き、口を真一文字に引き結んだ。
「私はクイネおばさんのために戦う!今回の作戦にもイチナと一緒に志願した」
「どうぞご勝手に」
それでもリンは一歩も引かない。
「怪力は誰のために戦うの?不死のため?それともイチナのため?」
「誰のためでもないよ」
カイサは欠伸まじりに言う。
「私はクイネおばさんのおかげで目が覚めた。人は助け合うことで自分達の存在の意味をお互いに示すことが出来るんだって。怪力もそう思うでしょ?」
「さあ」
「私は……」
そこでリンは言葉を切った。そしてゆっくりと口を開く。
「私は……その意味をあなたに問う資格はないかもしれない。でも親切ってそういうものなんだと思う。人が人の中でより良く暮らしていくために。人と人が認め合うために。人の……なんていうか……誰もが心の奥底に蓄えている普遍的でどうしようもないエゴを変えるために……親切は存在するんだって……」
「クイネおばさんみたいなこと言うんだね」
ふと、カイサがリンから目を逸らすと家の入口からイチナと侶死が顔を覗かせているのを見とがめた。
いつからいたのだろうか。もしかしたらリンの話を初めから聞いていたのかもしれない。二人は気まずさを滲ませつつもカイサに声を掛ける。
「時間じゃ」
「カイサ、そろそろ行かないと」
ついに作戦を決行する時間が来たようだ。カイサは暖炉に捨てられた、今は亡き者達の遺品を確かめた。
あれらを処分するのは全てにけりが付いてからでいいだろう。カイサはリンを家に残し、不死の待ち受ける死地へと赴いた。
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