―終― Cold Heart

第19話 正しい行い

「クイネおばさんまた来たよ」


カイサは真新しい墓石の前――イチナとリンと一緒に『サクミクイネ』と『何が正しい行いかを知ること』と彫られた墓標を見下ろす。


この墓標はあの悪夢のような一件が落着してから三人で彫ったものだった。


「カイサね。クイネおばさんのことまた〝お母さん〟って言ってたんだよ」


イチナが目じりを下げて言う。


「ちょっと、恥ずかしいから止めて」


カイサが頬を朱色に染める。


「怪力も変わったよね」


リンの言葉にカイサは笑みをこぼしながら言った。


「リンもかなり変わったと思うけどね」


三人はまるで互いを良く見知った幼馴染のように笑い合う。そのまま三人はクイネが眠る墓へと黙とうを捧げた。


「じゃあ、そろそろ行こうか」


イチナの言葉とともに三人は歩き出す。


黄昏時の秋空はどこまでも高く澄んでいて、地平の西から射す夕日が三人の細長い射影を形作った。


あの一件以来、不死は村を出禁になった。村の復興にはきっとまだ多くの時間が必要だが村人の中には若い世代の人間も沢山残っている。


幸い家屋や畑にそこまで甚大な被害は出ていないため、残った若人達が村を引っ張っていけばすぐに元の生活を取り戻せるとのことだった。


村長は村人達に決して希望を捨ててはいけないと何度も念を押すように言った。この事件のおかげで村の団結力が一層高まったとも言っていた。これは仲間の力を信じたことで勝ち得た勝利だと。


その甲斐あってか最近、村人同士の間で小さな〝親切〟が見受けられるようになった。そしてその結果、以前よりも村が活気づいたのだ。


クイネおばさんは人が持つ善意には不思議な力があると言っていた。人を変える力があるとも言っていた。


そのことに村人達が今になって気づいた辺り、やはりクイネおばさんは凄い人だったんだとカイサは思わず感慨に耽ったものである。


また大方の村の復興を終えた後、カイサは村を出ることになった。やはりカイサに恨みを抱いている人間も少なからずいるため一旦村人達と距離を置いた方が良いとのことだった。


今日をもってカイサは村を離れて不死達のいる魂湖に移り住む。今日という日が楽しみでもあり不安でもあった。


不死と一緒に生活出来ることはこの上ない喜びだが、やはり死狼と人間では生活の勝手が違うし戸惑うことも少なからずあるはずだ。


人間に理解のある侶死や元人間の不死がフォローしてくれるらしいが、それでもこれから起こることは苦難の連続だろうと思う。


でも今回のことで自分は文字通り成長した。他者を想いその人達に善意を示すこと。そしてその人達の善意に触れその人達を理解すること。


心とは鏡のようなもので自分の行いがきっと、いつしかその人達を変えて自分への接し方も変わっていくのだろう。



善も影も同じだ。一人ひとりの行動によって周囲に広がって伝搬していく。


その時その時に皆がいかに〝本当の善意〟を示せるかにかかっている。


もし仮にそこに偽善が混じればきっと善の伝搬は阻害されてしまうだろう。


それでもクイネおばさんが私に〝本当の善意〟を示してくれたように、誰かが影を断ち切れば再び善は伝搬していく。


そしてその思いを皆が真摯に受け止めれば、自然とその波紋は広がっていくものなのだ。





死狼の森の前でカイサはイチナやリンと別れた。ここからは侶死と不死が魂湖まで付き添ってくれる。


「では行くぞ、カイサ」


侶死が踵を返す。


「カイサ、乗れ」


不死がカイサの横で背中を明け渡した。カイサはその背に跨ると身を沈める。ふと侶死が思い出したように口を開いた。


「カイサ、そう言えばまだ精霊魂器を作る仕事が残っておったじゃろ?」

「不死と魂交するんでしょ。分かった、分かった」


少し不機嫌そうに聞こえたのだろうか。不死が申し訳なさそうに首を萎れさせた。


「すまないカイサ。今回のことは……」

「もう大丈夫。怒ったらまた影に憑りつかれちゃうから」


カイサは星の降るようなどこまでも澄み渡る秋の夜空を見上げる。


漆黒の大海に浮かぶ星々は誰かが宝箱をひっくり返したように散りばめられ、一つ一つが力強く、そして燦然として輝いていた。



きっと、自分ならやっていける。

クイネおばさん。いや、お母さん。

私なら、きっと本当の善意を示すことが出来る。

だから、そこから私のことを見ていて欲しい。

そして、私がそれを見失いかけたときにはその輝きで道を照らして欲しい。

だって、私はあなたのおかげで〝正しい行い〟を知ることが出来たのだから――。

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〝食べられるために〟生まれてきた不死身の少女と人食い死狼が出会う感動のラブストーリー 荻原トリン @ogiwaratorin

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