第18話 精霊自魂交

村人達はカイサの周りで漂う白金色の光――光の精霊の光覆を目の当たりにして瞠目する。村人達の中でどよめきが起きた。


「何が起きた⁉」

「カイサの周りで何か渦巻いているぞ」

「侶死は光の精霊がどうとか言っていたが……」


目の前で起きている怪奇な現象に当惑して、村人達は必死に現状を理解しようと次々に言葉を発していくもそれらは宙を彷徨ったままだ。


混乱と情報が錯綜する中、カイサの後ろで伸びていた不死が赤い目を光らせて立ち上がった。村人達は再びライフルを構える。


「カイサどけ!撃つぞ!」

「もういい!撃っちまおう!」

「カイサに構うな!撃て!」


男達の嵐のような怒号とともにライフルが火を噴き、銃口から硝煙を巻き上げて裂魂弾が放たれた。


不死へと裂魂弾が襲い掛かりその巨躯の表皮が削られていく。不死は身を庇いながらたじたじと後退した。


カイサの体にも数発の裂魂弾が突き刺さる。鉛が潰れて裂魂液が飛散、カイサの腕や肩が破壊された。カイサはその場で膝をつく。


「やめて!」

「怪力が死んじゃう!」


イチナとリンがカイサの元へと駆け付ける。幸いどの銃弾も胸の魂胞には命中していなかった。損傷箇所はすぐさま再生する。


「カイサ大丈夫?」

「大丈夫、ありがとう」


カイサは膝をついたまま足元の瓦礫の中から『Cold Heart』の本と写真立てを拾い上げる。


「二人ともこれ大事な物だから持ってて」


リンは顔を輝かせた。


「……怪力、あなた変わったね」


リンのその目から涙が零れ落ちる。カイサがクイネを許したことがよっぽど嬉しかったらしい。イチナが全身に裂魂弾を受け怯んでいる不死に目を向けた。


「カイサ、これからどうするの?」

「不死の影を消滅させる」


カイサは立ち上がると不死へと身を翻した。


ふと不死の足元に投影された影法師が形を変えてライフルを放っていた村人達の影法師へと伸びていく。


そして恐怖に顔を引きつらせてたじろぐ村人達の影法師と不死の影法師が交じり合うと、結合した影が沸騰。


逃げ遅れた数人の村人達が悲鳴ととともに、底なし沼に沈むように地面の影へと引きずり込まれていき、そのまま影を伝って不死の元へと吸収されていく。


ついには不死の体を食い破って出現していた影の光覆が蠢くように成長して不死の全身を包み込んだ。


「イチナ、リン下がってて」


二人は目を合わせて引き下がった。影の光覆、そのベールの中で不死の姿形が変わっていくのが見える。


「カイサ気を付けるんじゃ!恐らく不死は変異するぞ!」


侶死がカイサに注意を喚起する。


そして影の光覆が消え去り、カイサ達の目の前に再び姿を現した不死は――この世の物とは思えない異形へと変わり果てていた。


見上げるほどの巨体と背中まで裂けた大口はそのままに、その大口を開けるとカメレオンのような伸縮自在のざらついた長い舌が姿を現す。そして体の表皮は鋭利な歯のついた口でびっしりと覆いつくされ、大合唱と言わんばかりに歯をカチカチと打ち鳴らしている。腹部に大きく垂れ下がった半透明の胃には胃液が並々とたまり、そこから供給される胃酸は体中の口から蜜を垂らして触れる物質を瞬間的に溶解させていった。


突然の出来事に顔を青ざめさせたまま自失した村人達へ向けて不死が大口を開ける。そのまま空を切ってしなる鞭のようにざらついた舌を射出。豪速の勢いで村人達へと翔る。


一人の村人の顔に吸い付くように巻き付き、すかさず引き戻すと村人の頭部と胴体が引きちぎれ、残った半端な首から声にならない悲鳴が血の泡となって立ち上り、間をおいてばたりと倒れた。


不死は捕食した村人の頭部を口内で転がすと奥歯で噛み砕き、裂けた大口を吊り上げ気色の悪い笑みを漏らす。


体中を覆いつくす口も不揃いにカチカチと開閉させる音を発すると、不死に呼応するように一斉に口の端を上げて見せた。


その惨たらしい惨状を目撃した村人の何人かが絶叫して逃げ出した。他の村人達も裂魂弾を撃ち尽くしてしまったらしく誰も不死に向かって銃を構えていない。


一面、口だらけの山のような怪物を目の前に皆一様に絶望して立ち尽くし、為す術がないとばかりに諦念の声を吐き出した。


「裂魂弾はもうないのか?」

「駄目だ。俺達じゃ敵わない」

「畜生、俺達は全員ここで殺されるんだ」


不死の全身の口が一挙に開かれ胃酸が散布された。触れるもの全てを死肉の残骸へと変えてもなおそれらを蝕みながら徹底的に溶解させる――まさに死の宣告にも等しいその胃酸は辺り一帯を飲み込むように満遍なくばら撒かれる。


カイサは持ち前の機敏さで咄嗟に飛び退いたおかげで、幸いにも右脚に礫のような小さな火傷痕が出来ただけだったが村人達は間に合わない。


絶望に打ちひしがれたまま立ち尽くし、玉切れになったライフルを抱え、怖気づいている村人達に死の胃酸が襲い掛かる――がしかし――カイサの光の精霊の光覆がその間に割って入り障壁となって村人達を包み込んだ。


光の精霊の光覆は接触した胃酸をたちどころに〝消失〟させる。


その場でへたり込んだ村人達は状況が飲み込めず当惑しつつも、渦上に流動する白金色の光覆に包まれたカイサに注目を移した。


カイサの口からまるで別人のそれのように美々しくも冴え冴えしい声――明瞭な発声が混沌としたその場に朗々と響く。


「光の精霊の魂交は自分の正義を具現化する。そして私の正義は成長。一度受けた攻撃を光覆によって一定時間だけ無効化する」


村人達は怯えて困惑しつつも体を硬直させたままかすれた声を絞り出した。


「カイサが俺達を守ってくれたのか?」

「……なんで」

「俺達はカイサを撃ったのに……」


カイサは不死へと直進する。不死が再び胃酸を吐出。しかし先ほどと同じように光の光覆が障壁となり胃酸を消失させた。光の光覆に覆われたカイサには全く通用しない。


カイサが骨剣で不死の体を切りつけるとそこから影の光覆が湧き出す。カイサはそこに光の光覆を付与して影の光覆を打ち消していく。


不死の長い舌が鞭のように大地を強かに打ってカイサに叩きつけられるも左半身で受け止め、続けざまに舌の鞭が飛んできたがそれは一度受けた攻撃。カイサの光の精霊の光覆が跳ね返した。


カイサは更に不死に手傷を負わせると、その傷口から湧き出た影の光覆を光の光覆で中和していった。


体から影の光覆が取り除かれていく度に不死はどんどん小さくなっていく。その様は全身から毒を抜かれていくようでもあった。


そして不死も最後には元々の死狼の大きさにまで縮んでしまった。


不死はその場でうずくまり苦しそうに身悶えしている。影の光覆を失い反撃の力はもう残っていないようだ。


村人達が喜悦に沸き立ちカイサに熱を持った鼓舞を送る中、イチナとリンが嬉々として駆け寄ってきた。


「やったね怪力!」

「カイサ、まだやることが残ってるんじゃない?不死さんは大切な人なんでしょ?」


イチナが写真立てと『Cold Heart』の本を差し出してきた。カイサは写真立てだけ受け取ると不死へと歩み寄っていく。


カイサは写真立てに入った手帳の切れ端――そこに書かれた名前を愛しそうに見つめた。そこにはクイネの苗字の『サクミ』とカイサの名前の『カイサ』が書かれている。


カイサはその『サクミカイサ』の文字を人差し指で優しく撫でた。



――親子みたいでしょ?



「今から私の〝お母さん〟の話をするね」



「その人普段は凄くお世話焼きで良心の押し売りみたいなことばっかりしてて、ハッキリ言ってそんなに好きじゃなかった」



「でもその人の善意は確かに私を救ってくれた」



「誰かがくれた善意は、きっといつかまた誰かに移って、その人を変えるんだよ?だからあなたに今から私の本当の善意を上げる」



「あなたのために、トキさんのために、私のこの体をトキさんにあげる」



「私はトキさんの中からあなたに話しかけて、トキさんよりずっと後ろからあなたを見守って、それでもトキさんよりずっとずっと近くであなたの温もりを感じて、あなたが私を覚えてくれている限り、永遠にあなたのそばにいる」



「それが、私があなたにあげられる――本当の善意」



カイサの光の精霊の光覆が不死の体を包み込む。浮遊した光の光覆は輝く粉雪をその場に降らせた。


そして不死の体が光の集合体になってカイサの体を優しく包み返した。光が消えると人間の姿になった不死がカイサを抱きしめていた。


「お前の善意、確かに受け取った」


不死は優しく囁く。


「俺はお前という存在が怖かった。トキよりも大きな存在となりつつあるお前が――この半年間ずっと怖くて、会うべきではないと、そう思っていた」


不死の温かさが、死狼のときとはまた少し違う感触が、カイサの肌に染み渡っていった。


「トキの自我も心もまだ不完全で、お前との魂交でトキと直接話すことなんて出来ない。断片化した記憶に触れるのがやっと」


不死はカイサをより一層強く抱擁する。


「それでもお前に嘘をついて、その上に突き放したのは、トキにすがり続ける俺のただの〝見栄〟だった。許してくれ。カイサ」


ドッと何かが爆ぜたように、村人達の歓声が二人に向かって押し寄せてきた。村人達は二人に賛辞の言葉を贈る。


「妬けるぜ!カイサ!」

「今回ばっかりは俺達が悪者だったようだな」

「カイサは村を救った英雄だ!」


カイサはその後も村人達の喝采の中で、不死が死狼の姿に戻るまでの短い時間、不死の温かい腕の中で、失われたはずの半年分の甘いひとときを過ごした。

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