第10話 不死の元へ
洞窟を出ると先導する侶死は大きな唸りを上げ水面を激しく打ち付ける滝の前にゆっくりと近づく。
侶死が滝に触れるぎりぎりの所で、さっきここに入って来たときと同じように滝が止まり水面が凍った。
「これ、どうなってるの?」
この死狼に心を開いたわけではなかったが聞かずにはおれなかった。この摩訶不思議な現象を探るために自分はこの洞窟に入ったのだから。
侶死は『死狼という生き物は人を食べる』という至極当たり前のことを、まるで自我を持って間もない我が子に告げるかのように声に色をつけて言った。
「この場所には魂湖の力が満ちておる」
「魂湖?」
「ああ、魂湖じゃ」
そう言うと侶死は満足したようで、変な掛け声とともにその年に不相応な力強い跳躍を見せ氷の上を走り出した。
待って、とカイサは氷の上を滑りながらついて行く。
「あの場所は何?」
「ここには昔、死狼と人間が共存しておった。ワシが生まれるよりも遥か昔のことじゃ」
人間と死狼が大昔に共存していたということは以前から耳にしていたが――まさかその話に懐疑的だった自分がずばりそれを裏付ける非日常的な光景を目の当たりにするとは思ってもみなかった。実際、今もかなり動揺していた。
「そして魂湖はその古代人達が少しずつ魂器を入れて作ったものでな」
魂器というのは狂死達が取引で使っていたあの赤いクリスタルのことだろう。
察するにあの中には人間の魂が入っていて、それをあの湖の水に溶かすことで魂湖というものが出来上がったようだ。
しかしこの死狼がここまで自分に親切な理由が分からない。
「なぜ私に協力してくれるの?」
警戒していることを悟られないよう声音を柔らかくするカイサ。
侶死は滝つぼの氷を渡り終えると前足を温めるように息を吹きかけながら言う。
「永死は魂湖をワシら死狼から奪い、この森の死狼達を騙しておった」
そんな悪い奴ならなぜいままで他の死狼は永死を倒さなかったのだろうか……という問いは、しかし瞬時にこの死狼が解消してくれた。
「その上、永死はこの森全体に肉根を張り巡らせておる。建前上は人間からこの森を守るためということじゃが、もしやつの気に入らないようなことをするやつがいれば死狼でもただでは済まん」
そこで侶死はふとカイサを見て「待て」と声を上げた。
カイサが驚いて氷面で滑り尻もちをつく。侶死は尻尾でも噛まれたかのような形相を見せていた。
「お前、永死のトゲが刺さっておる」
侶死の目線を追うと、確かに。左腕の二の腕にトゲが突き刺さり血が腕を伝っている。
それは完全に腕を貫いていた。しかしカイサはコバエでも払うように涼しい顔でそれを引き抜くと何事もなかったようにトゲを捨てて立ち上がった。
その傷口は一瞬で塞がる。侶死は開いた口が塞がらない様子だ。
「お前もしかして痛みを感じぬのか?ワシの知る限り、死狼餌でも痛みはあるはずなんじゃが」
侶死の好奇の目を払うようにカイサは目を背けた。
「あなたには関係ない」
「まあ良い。お前、他に怪我はないか?」
そう言って侶死は完全に元通りになった腕の傷を見て照れ笑いを浮かべた。
「ああ、そうじゃった。うっかりしておった。お前は死狼餌じゃったな」
村の入り口まで辿り着く。
カイサは振り返るが狂死達が追ってくる気配はなかった。侶死もそのことに胸を撫で下ろしたようで歩調を緩める。
「カイサ、ワシが魂交でお前の足に魂交の力を授ける。普通に行くと人間の足で三時間ほどかかるがこれで三十分ほどで着く。分かったか?」
魂交……。
これ以上質問するのは自分が馬鹿みたいなので癪だったが仕方ない。
「魂交、というものをすれば不死という死狼のいる場所まですぐ行けるのね?」
「ああ、そうじゃ。お前は魂交で超人的な力を得られる。足がとてつもなく速くなるんじゃ。その効力はすぐに消えてしまうがな」
超人的という言葉に反応し、カイサは少し面白そうだと思った。
「足が速くなるだけ?」
「何を期待しておるんじゃ?勿論、魂交の〝光覆〟を腕に付与すれば怪力を発揮できるが……」
「全身にその光覆ってのを与えることは出来ないの?」
「魂交の最中は勿論、光覆で全身を覆うことも可能じゃが、魂交が終わればやはりその力は限定的になってしまう。魂交で体に残った生命力を腕か足のどちらか一方に移す、ということは可能かもしれん」
カイサは少し落胆する。腕か足のどちらかだけじゃ。永死や狂死とは戦えない。しかしそこでふとあることを思いつく。
「侶死、私と共闘して」
「何じゃと⁉」
余りに突拍子な発言に侶死は目を白黒させる。
「魂交しながら永死や狂死と戦う」
「お前は魂交というものを分かっておらん……」
侶死が苛立たしげにその場に突っ伏し目を閉じた。
「カイサ、ワシに触れろ」
侶死は魂交というものをするつもりなのだろう。大人しく言うことを聞く。
侶死に触れると接触部分が光った。そして声が聞こえてくる。
――この光が、光覆。ワシの魂じゃ。
侶死の声だったが彼の口は閉じたままだ。カイサはキョロキョロと辺りを見回す。
――今、お前の心に直接話しかけておる。
「この光はあなたなの?」
――そうじゃ。ワシの魂は既に肉体から出ておる。一応繋がってはおるが、肉体は動かせん。
なるほど、そういうことか。
「つまり魂交中、あなたは動けない。魂交中に私が永死や狂死と戦おうと思ったら、あなたを担いだまま戦わないといけないってことね?」
――飲み込みが早いな。そういうことじゃ。
「分かった。もういい。魂交で戦うことは諦める。早く済ませて不死のところまで行きましょう」
――よかろう。
カイサの体が光った。
そして光の渦が体を覆う。巻雲のような光が幾つもカイサの周りでフワフワと浮き、渦巻いている。
これが光覆と呼ばれるものなのだろう。しかしその光は足ではなく左腕の上腕に蔦が絡むように集まっていく。
――お前、まだ怪我があったのか?
「分からない」
カイサは光覆の集まっている場所を見る、と感嘆の声を上げた。死狼餌の紋章が消えていく。シミが抜けるように薄くなっていく。
「紋章……紋章の烙印が……何度も、何度も、自分で何度も、肉ごと削ぎ落しても絶対に消えなかったのに」
――魂交には不思議な力がある。生まれつきの難病でも治せるからな。
魂交が終わりカイサは軽く地面を蹴る、と瞬き一つで目の前の景色が消え去った。
すぐ目の前を列車が通りすぎるように景色が移動していき、次から次へと視界の対象が目まぐるしく変わる。
「ま、待て!」
侶死も慌てて駆け出す。
「少し速度を落とせ。魂交直後の人間はどんな生き物でも追いつけん」
「何これ!めちゃくちゃ楽しい」
草原を縦横無尽に駆け回る。風を切り裂き、大岩を飛び越え、大地の土を抉りながら走る。
「そっちではない!こっちの方角じゃ。ついて来い」
「もう少しだけ」
カイサはあちこちを駆け回り魂交の力を謳歌した。そんなカイサを見て侶死はその場に腰を下ろし和んだように微笑んだ。
「少しませていると思ったが、やはり見た目通りまだまだ子供じゃな」
※
二人は森に入った。侶死があまりに遅いのでカイサは木を縫い、蛇行するように走る。そんなカイサを見て侶死は迷惑そうに首を前に傾げた。
「初めての魂交で気分が上がるのは仕方のないことだが、少し落ち着くんじゃ」
カイサは侶死の前に回り込むと余裕を誇示するように〝後ろ走り〟をしたまま――
「人間と死狼が魂交で魂を交わすってことの意味がよく分からないんだけど」
――と藪から棒な質問をした。
「なぜじゃ?」
「だって異種間……」
「そうじゃが?」
侶死は質問の意味が分からないとばかりに口を尖らす。自分がした質問は何かおかしいだろうか?
「まあ魂交の起源が知りたいのならば、大昔に死狼は魂交をして人間に求愛行動を示したという。もしお互いの間に愛があれば死狼は真の心の姿――」
「待って!その先は言わなくてもいい!」
危うく地雷を踏むところだった。とドギマギするカイサ。侶死はカイサを睥睨し「まあ、良いわい」と言う。
「後、これも前から知りたかったんだけど。死狼が人間の心を食べることと生命力を食べることは全然違うこと?」
「同じ、じゃが、違う」
あまりにも説明不足な回答に首を傾げた。そんなカイサを見て侶死はしばし思案。口を開く。
「死狼が食べる生命力はときに意志の力とも呼ばれておることを知っとるか?」
「生きたいという強い意志のこと?」
カイサの口からその言葉が出たのは、やはりミチとのあの夜のことが今でも忘れられなかったからだ。
ミチは「生きたいという強い意志」が魂から肉体へと伸びて二つを繋ぎ止めていると言った。
死狼は魂に存在する『生きたいという強い意志』を食べ、肉体にもその生命力が痕跡として残り続けるのだと。
「そうじゃ」
侶死はほくほくと笑みを浮かべた。
「意志の力とは心からくるもの。人間の魂から心を食べた死狼も意志の力を生み出すが、それは人間の心の形を真似ているだけでな」
「心の形を真似る?」
「ああそうじゃ。所詮は紛い物。意志の力を使い果たせば死狼はいずれ心の形を忘れる。死狼は意志の力を食べ続けて魂胞で魂へと〝昇華〟させることで心の形を保っているんじゃ」
ざっくりとだが分かった。
どうやら死狼の心は模擬的な物らしく、意志の力にも限りがあるらしい。
そして意志の力を食べ続けることで人間の心を失わないように再確認しているそうだ。死狼が人食いを行う理由も彼らなりの事情があるということか。
「つまり死狼は意志の力を消費するだけの生き物。死狼同士の魂交が意志の力を奪い合うだけで循環が成立しないのはそのためなんじゃ」
侶死の説明はきっと上手いし興味深いが――少し話が長い。そろそろオチをつけて欲しい。
「じゃが、何事にも例外というものがあってな」
まだ続くのか……。カイサは耳を覆いたくなる気持ちを抑える。
「死狼の中には意志の力を無尽蔵に蓄えたことで〝不死身〟になった死狼がいるんじゃよ」
ようやく食指の動く話題になりカイサはほっと一息。
「それが不死ね?」
「ああ、そうじゃ。不死身の死狼は特別な魂を持っておる。沢山の人間の意志の力を魂胞で永い年月をかけて自分の魂へと〝昇華〟させたからな。僅かな意志の力だけで心の維持やより大きな力を生み出すことが出来るんじゃ」
不死が本当に不死身ならば助っ人としては申し分ない。が、しかしそもそも不死は人間である自分を助けてくれるのだろうか。
途中で死狼達の焼け焦げた無数の死体がある場所を通り過ぎた。昨晩、雷死という死狼に助けられた場所だ。
夜が明けてからこの場所を見ると改めてその死狼達の量にゾッとさせられる。
雷死に助けられなければ死狼餌の肉体再生に必要な、心臓のすぐ横にある魂胞も間違いなく損傷していただろう。
「全く、あの問題児め」
雷死のことだとカイサは思った。侶死は走りながら一瞬、目をくれただけだった。
※
大きな岩の絶壁にたどり着いた。ゴツゴツとした岩肌が露出している。そしてそこに明らかに人工物と思われる入り口があった。
周りに岩や砂袋が積み上がっていて大人二人が丁度並んで通れるくらいのトンネルだ。
カイサの魂交の力は少し前になくなっていたので最後は自力で走らなければいけなかった。カイサは息切れして汗まみれだった。その場にへたり込む。
「ここは昔、人間が使っていた要塞の跡じゃ」
「よ……要塞?戦争があった……の?」
息も絶え絶えに言う。
「ああ、半世紀前にな。と言っても人間と死狼の間でじゃが」
半世紀前と言えばまだ死狼餌がこの世で存在していないほど昔のことだ。こんな場所で死狼と戦って昔の人間は何がしたかったのだろうか。
「まあ、今となっては死狼達が人間の盗品や死体を隠す場所として使っておるんじゃがな」
カイサは深呼吸して上がった息を整える。
「で、その助けてくれる死狼はどこにいるの?ここに住んでるの?」
「不死はこの要塞で牢獄だった場所に幽閉されておる。今は死狼達が人骨を隠す場所になっておる。牢獄には狭い抜け道がある」
侶死が入り口に近づいた。カイサも立ち上がり侶死の後に続こうとしたが止められた。
「抜け道は要塞の中にあるがここは死狼も出入りする。安全確認のために入り口付近に誰もおらんか見てくる」
確かに人間である自分が死狼達に見つかれば、たちまち彼らの格好の餌食になってしまうだろう。
「私はどうすればいい?ここに居ればいい?」
侶死は案ずるなと笑って見せた。
「すぐ戻る。そこの草むらに隠れておけ」
カイサはトンネルのすぐ近くの草むらの影に隠れて侶死を待った。
しかし侶死は、ここは死狼の出入りがあると言っていた。侶死が来る前に他の死狼がここに来ないだろうかとやはりカイサは不安に思った。
自分はこんな所に隠れていて大丈夫だろうか。侶死は本当に戻ってくるのだろうか。そんなことを考えていると侶死が出てきた。
しかし侶死は一匹ではなかった。連れがいる。侶死の隣にもう一匹変わった死狼がいた。
そいつは体毛が無かった。いや、あるにはあるが不自然な生え方をしている。
所々毛が抜け落ち、赤く炎症を起こしたような痛々しい皮膚が露出していた。病気持ちのドブネズミのようだ。
侶死はその見るからに哀れな死狼となにやら深刻そうに話をしている。
侶死が目でカイサに合図を送り首を振った。まだ隠れていろということだろう。どうやらこの死狼は不死ではないようだ。
「いや、しかし――それには賛成出来ない――待てそのことではない――お前もこの森の当主としての復権を――」
「ワシはもう老いた――そうじゃ獅死――これからはお前らの世代の――やれやれお前もまだまだ青いな」
そこで二人は小気味よく高笑いした。どうやら侶死はこの獅死という死狼と旧知の仲のようだ。
「ところで侶死、いつもお前が面倒を見ている村の村人がこの付近の情報を、魂胞を狙う密猟者達に売り渡したと聞く」
「何かの間違いじゃ。村人達はワシに恩がある」
「そんなことは分かっている」
「じゃあなぜ」
獅死は侶死に背を向けた。遠方の山々に赤い宝玉のような澄んだ眼差しを向け、何かを思い詰めるように息を吐く。
「密猟者の話が嘘か本当かはどうでもいい。問題はこの付近に人間の村があるということだ」
「またその話か……」
その死狼は後ろ脚だけで軽く立ち上がり、侶死に自分の腹を見せた。腹には完全に体毛がなかった。
「この体を見ろ!!俺は人間アレルギーだ!おかげで人肉もろくに食べられない」
この死狼の抜け毛の原因は人間アレルギーのようだ。
「まだ魂湖の水を飲めたときには俺には滝のように流れる美しいたてがみがあった‼だが今はどうだ⁉侶死、お前よりも俺は〝禿げて〟いる!」
死狼特有の背中と首回りの白いたてがみは確かに見る影もなかった。
「おかげで俺は部下の死狼達の笑いものだ。一匹も雌の死狼が寄り付かない」
咳払いを一つ。
「話を戻そう。つまり死狼達の統率が取れなくなってきている。不信感が高まっているのだ。俺や人間に対して」
どうやら獅子という死狼にとって〝禿げ〟はとても重大な問題のようだ。
「魂や魂器が足りていない。死狼は定期的に人肉や魂から力の源である人間の生命力を食べないといずれ心を失ってしまうからな」
侶死はさっきの獅死の異様な取り乱しに全く動揺していない。獅死とは元々こういう死狼なのだろう。
「その死狼達を統率するのがお前の仕事じゃろう」
「それだけではないのだ。噂によると村人の魂と魂湖の水を永死と取引しようと画策している過激派の一党もいるらしい。これは絶対に村人に知られてはいけない。村人との間に軋轢を生む」
そこで侶死は何かを思い出したように声を落とし周りを警戒しながら言う。
「それじゃがな。永死と魂湖のことなんじゃが」
「俺はもう行く。仲間を引き連れ西の戦地に死体を漁りに行く」
獅死は聞こえていない。
「聞け、獅死、大事な話なんじゃ」
「待て」
獅死の目が大きく見開かれた。何かに恐怖しているように顔を引きつらせる。尋常ではない様子だ。
「どうした?」
「まずい、人間だ。話を聞かれた」
獅子を見ると体に斑点が出来ていた。カイサに反応して出来た物だろう。侶死が焦った。
「そ、そりゃそうじゃ。ここは人間の盗品が沢山ある。と、当然じゃろうて」
獅死が遠吠えをする。
「いや違う。体が死ぬほど痒い。生きた人間だ。また俺の毛が抜ける」
獅死がカイサの方へ来た。カイサは急いで後退する。
死狼達が連なるように遠吠えしたのが聞こえた。この付近にいる死狼達だ。彼らは獅死に応えたようで恐らくこちらに向かってくる。
カイサは身を屈め、目立たないように林を抜ける。
そこから開けた場所に出てた。あちこちから死狼達が林を掻き分ける音がする。どの方向の森に入っても恐らく死狼達に見つかってしまうだろう。
カイサがそこであたふたしていると、ふと地面に開いた〝穴〟を見つけた。
大穴だ。井戸のように低く石が積み上げられた、直径がカイサの身長ほどもある地面に開いた穴。
カイサは少し考えてからその穴の縁にぶら下がった。穴の底はかなり深いようだ。しばらくして死狼達が話す声が聞こえてきた。獅死の声も混ざる。
「どこ行った?」
「獅死本当にいたのか?」
「間違いない。俺の毛が抜けた。体が痒い。皮膚を脱ぎ捨てたいくらい痒い」
「ここは不死の牢獄だ。人間の骨も沢山ある。恐らくそれに反応したんだ」
「違う。お前達は分かっていない。この苦しみを、人肉を食べる度に――」
そこで獅子の声が止まった。
「そうか!不死の牢獄に落ちたんだ」
見つかってしまった。
カイサは下を見た。真っ暗で底が見えない。普通の人間が落ちれば死ぬ高さだ。
カイサは落ちても死ぬことはないが恐らく二度と外へ出ることは出来ないだろう。万事休すだ。カイサが諦めかけたそのとき――。
バチバチッと電気が走った。
「やっほー獅死」
外で聞き覚えのある声が聞こえてきた。雷死だ。
「すまない雷死、悪いがお前と遊んでいる暇はない」
「遊んで欲しいわけじゃないの。ただ不死に用があって来ただけ」
不死?ここにいるのだろうか?獅子達と一緒に上にいるのだろうか?
「友達が出来ないのは仕方のないことだが、不死とつるむのは止めることだ。不死はいずれ魂湖と引き換えに永死の生贄になる」
「分かってる。でもそれまで傍にいたいから」
「まあいいだろう。とりあえずそこをどいてくれ」
電気が走る。
「嫌」
声色は威嚇している感じではなかった。軽く跳ねるような声。今日あった小さな武勇伝を母親に自慢する子供のような声だ。
「お前の雷道は〝戦いに使えない〟そのことはお前自身よく分かっているはずだ」
「そうね」
また高い声が跳ねる。
「まあいいだろう。おい、ここは後回しだ。他を探すぞ」
獅死達が遠ざかって行く音がした。雷死は依然としてそこにいる。
腕がそろそろ限界だ。落ちるか上がるかしないともう持たない。そこで雷死が上からひょっこり顔を出した。
「カイサ、大丈夫?」
「え?」
雷死はカイサがそこにいることを知っていたのだ。
「私を助けてくれたの?」
「ちょっと違う」
「でも獅死達を追い払った。そうでしょ?」
「そうね!」
雷死のその小さな顔から溢れんばかりにいっぱいの笑顔が広がる。
しかしそこで雷死の笑顔は不気味な笑顔へと豹変した。カイサは突然、雷死に蹴り落とされた。
「不死によろしく!」
え?なんで?
その疑問をそこに浮遊させたままカイサは地に開いた大口に飲み込まれていく。
伸ばした手で掴めるほど小さくなってしまった円光に雷道の影が走った。
そしてそこでカイサの意識は途絶えた。
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